14話 「クレシェド市長の会食会」 後編
一方ホテルのテラスに、佇んでいるひとりの少女がいた。
赤いドレスをまとった彼女は、儚げな表情でカイ内海の遠くを眺めている。
今日も遠くに見えるフォール海軍が、海をせわしなく動き回っている。
そんな船団運用を眺めていると、少女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
少女はその涙を手でぬぐうと、視線をカイ内海から逸らす。
「お嬢様! やはりここでしたか」
テラスにやってきた、黒いタキシードの初老の男が少女にいう。
「そろそろお時間ですよ。来賓も全員そろったようです。お父上もお待ちですよ」
執事の言葉に、コクリと力なくうなずく赤いドレスの少女。
「エンドールの重要人物が多く参加されています。なんでもお嬢様は、先方様のご指名だったりしますので……」
「ジェドルン、やっぱり、どうしても行かないとダメなの? 街の有力者の中に、わたしが入ったところで何の意味もないと思うわ。わたしただの学生ですよ。どうしてわたしを、わざわざ指名してきたのかしら……」
ドレスの少女が、不満そうに口にする。
「不安なお気持ちはわかりますが、今日は、お父上の立場も考えて上げていただけると……」
執事の、ユアン・ジェドルンが申し訳なさそうにいう。
「……そうね。先日の件で、お父さまには迷惑かけたものね……」
少女がうなだれつつ、悲しそうにいう。
「ミアリーお嬢様、少しの間だけですので、ご辛抱を……」
ジェドルンが、ミアリーと呼ばれた少女の細い肩に、慰めるようにそっと手を置く。
「さっきからずっと、スープばかり飲んでおられますが、ダイエットですか? あなたに痩せる必要など、どこにもないようですけどねぇ。今以上に痩せたら、まるでミイラですよ。ひょっとして、ミアリーさんの傷心は、まだ癒えてない感じなのですか?」
会食中、いきなりロイがそんなことをいいだし、場が凍りつく。
ミアリーがスプーンを、スープの中に落下させてしまう。
スープが飛び跳ね、ミアリーの赤いドレスにシミを作る。
そして彼女は、発言した相手の顔を見る。
確かロイステムスと紹介された、気持ちの悪いニヤけ面の男が、ニヤニヤとしながらこちらを見ていた。
その表情に、ミアリーは怒りよりも悪寒を覚える。
「ずっと、心ここに非ずという感じですね。若く初々しいのに、まるで未亡人のような妖艶さですね。僕はそのアンバランスさに魅力を感じますよ。婚約者といわれている彼が、心からうらやましいとさえ思ってしまいましたよ」
ロイが手にしたナイフを、ミアリーに向けていう。
「聞けば婚約者は、レニエ将軍のご子息だそうですが、軍の広報官だそうですね。なあに、なら今回の戦争ではきっと大事はありませんよ。広報官を前線に出すような事例を、僕は今まで聞いたことがない。パニヤくんは聞いたことある?」
「いや。ないですね……」
上座に座るパニヤが、隣の席のクレシェド市長を気にしつつ応える。
「でも、フォールの方たち、玉砕覚悟で決戦に臨むんだっけか? 父親と同じ戦線に出てくる可能性もあるかな? にっくきエンドールを倒すためなら、漁船に火薬を積んで体当たりぐらいしてきそうだものね」
ロイの言葉に、ミアリーがさらに固まる。
「例の逃避行の顛末、おうかがいしましたよ。勇気ある行動です、賞賛に値しますよ。現実を大きく動かすのは、いつの時代も激情を発端としています。あなたの行動は誇るべきですよ。何も後ろめたい気持ちで、いることはないですよ」
ロイは笑顔ながら、目だけは爛々と輝かせて、うれしそうにいってくる。
食事会の席になんともいえない空気が広がる。
「その熱烈アピールをフォール側もうまく組み込めば、この戦争も良い結果に繋がるでしょうね。ミナミカイではこの一件、伝わっていないのが残念でなりません。僕がもしフォールの人間なら、ミアリーお嬢様の愛の強さを最大限に宣伝に使いますね。愛が戦いを動かす! 敵方のフォール側に立つと、どういう感じで立ち回るだろうかとか、僕考えちゃうんですよね、フフフ。ミアリーお嬢様は最高の戦意昂揚の素材だと思うんですよね」
ロイはわざとらしく、不敵に笑いながらいう。
「エンドールも、準備がそろうまで大人しくしてないで、もっとこう、賑やかにできないかい? 船がまだ一隻もないのは聞いているけど、せっかくマスコミも完全に味方につけてるんだし、もっと盛り上げていかないと! 盛り上がってるのが、表で馬鹿騒ぎしている反エンドールのデモ隊だけっていうのも、どうかと思うよ」
ロイが不満そうにパニヤにいう。
「わたしなりに、盛り上げようと、やってはいるのですがね……。力不足です」
パニヤが申し訳なさそうにロイにいう。
最高司令官なのだが、パニヤは卑屈なところがあって、欠点等を指摘されると必要以上に反省してしまうのだ。
そんな恐縮した司令官代理の姿を見て、スワック中将とステー少将が顔を見合わせる。
「祭りの前だよ、ド派手にいこうよ、ド派手に!」
ロイが、ナイフとフォークの柄をテーブルに、ドンドンと打ちつけながらいう。
「そういうわけでミアリーお嬢さん、また愛の逃避行したくなったら、是非とも僕に任せてくださいよ。きっといい感じの脚本書いて、ハッピーエンドを演出してあげますよ。このショー化した戦争を飾る、最適のシナリオにできる自信が、僕にはあったりするんだ」
ロイがそういうや、ミアリーがガタンと席を立つ。
そして、ミアリーは部屋から飛びだす。
口元を押さえ、ミアリーは涙を蓄えながら食堂から出ていく。
「ロイどの……。どういうおつもりですか……。例の件をここで出すのは、彼女にとって、あまりにも不憫ではないですか」
ロイの正面に座っていたスワック中将が、困惑したようにいってくる。
「ん? あれれ? なんでだい? 僕は彼女の応援を兼ねて、好意で提案してあげたんだけど、不味かったのかい? 彼女、元気がなさそうだったからね。勇気づけてあげようと思ったんだけどさ。正直、ひとりなんか辛気くさかったからね。頑なにスープしか手をつけないのも、楽しい楽しい食事会を放棄してるようで、ノリの悪さを感じていたしね」
ロイがしれっとそんなことをいう。
ロイの言葉を受けて、クレシェド市長がまた顔を歪ませて困惑する。
「ああ、すぐそばにお父様がいたからかな?」
ロイは上座にいるクレシェド市長を見る。
クレシェド市長はたくましい立派な髭を蓄えているが、威厳というものが元より若干少なめだった。
彼は元々、強面で市政を切り盛りしていた人物ではないのだ。
市長の眉は立派な髭に反比例するように、頼りなさげにハの字に垂れ下がっていた。
「お父様もご一緒だったことを、すっかり忘れていたよ。全然発言しないから存在感がないですよ! 市長ももう少し、自己主張しなきゃ! そんなにだんまりじゃ、画角に入ることすらできなくなりますよ」
「えっと……。少し娘のことを、見てきてよろしいでしょうか?」
いいながら、クレシェド市長は席から立ち上がる。
「どうぞどうぞ。もう無理だと思うけど、できたらまた連れてきてくれます? 恋人に逢うために船を奪って、カイ内海を超えようとした破天荒お嬢様とは、もっと腹を割ってお話ししてみたいです」
「で、では……、いったん失礼します」
クレシェド市長が部屋を出ていく。
クレシェド市長が退席した後も、しばらくの間食堂には重苦しい空気が漂っていた。
「ふうん……。あんな程度かぁ。残念」
「どういうことですか?」と、ロイに尋ねるパニヤ中将。
「おや? みんなして失礼じゃないか? って感じだね。いわなくても顔にそう出てる。わかるよ~」
してやったりと、うれしそうにニヤニヤするロイ。
「僕はね、見てみたかったんだよ、愛の逃避行を決意するほどの、彼女の熱い熱い情熱ってヤツをね」
「でも……」といって、サラダをナイフでもてあそびながらロイはいう。
「こちらが思っていたほど、彼女、激情家ではなかったね。ちょっと残念さ。皿かナイフでも、飛んでくるかと期待してたんだけどね。追い詰めたら、絶対面白い行動を取ってくれるタイプに思えるんだ」
ロイは、ナイフが自分の頭に刺さったようなモーションをする。
「ここにいるみんなに、僕のキャラが嫌なヤツだって再認識させただけだったね。これじゃ僕しか得してないね。ハハハ!」
ロイは笑いながらサラダを頬張る。
(あの男、やっぱり相当な曲者だな……。内務省の人間とはいうが、いったい正体は何で、何が目的で動いているんだ……。それと、この会食会は何か別の意図があったのか?)
ライ・ローが笑っているロイを見て思う。
ロイにしたら、興味のあるミアリーという少女に会いたかっただけなのだが、深読みをしてしまいがちなライ・ローは、何か理由があったのではと勘ぐってしまうのだ。
「帰りがけに襲われでもしたら、案外笑える展開になりそうだよね。うわ、いってて、なんだか少し期待しちゃう僕がいますよ」
ロイは椅子にもたれかけ、うれしそうにニヤニヤニヤニヤしていた。
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ロイというキャラは嫌われてなんぼです。
もっと嫌われるように描写していく予定です。
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