14話 「クレシェド市長の会食会」 前編

「クレシェドを差しだせ!」ドンドン!

「売国奴、クレシェドをつるし上げろ!」ドンドン!

「クレシェドのクズの首をたたき落とせ!」ドンドン!

「街を売り渡したクレシェドは、今すぐ腹を切れ!」ドンドン!


 とあるホテルを望むことができる広場で、多数のデモ隊が太鼓を打ち鳴らし、シュプレヒコールを連呼していた。

 この日のシュプレヒコールは、街をエンドールに明け渡したキタカイ市長のクレシェドを糾弾するものだった。

 クレシェド市長ひとりで決めた、街の放棄というわけでもないのだが、市民にとってやり場のない敗北への憤りのぶつけ場所が、そこしかないのだろう。


 そんな窓の外で展開されるデモなんか気にも留めず、部屋に集まったエンドールの要人たち。

 今夜は、軍が本部を置いているホテルの一室で、食事会が開かれることになっていた。

 来客はエンドールの軍幹部と、市政を扱う高級官僚たち。

 今夜の食事会の主催者は、絶賛、デモ隊に糾弾されているクレシェド市長だった。


「お招きいただき感謝します、市長」

 エンドール軍司令官代理のパニヤ中将が部屋に入るなり、さっそくクレシェド市長と握手する。

 パニヤの軍服にビッシリとついた勲章が、握手の際にジャラリと音をたてる。

「お忙しいところを、ありがとうございます。もう少しで娘がやってまいりますので、あと少々お待ちください。まずは席に着いてお待ちください。飲み物をすぐ用意させますので」

 クレシェドが、やってきたパニヤ、スワック、ステーの三将軍と佐官クラスの軍人たちを席に案内する。

 すぐさま使用人がカートを引いて、客人たちにワインを提供する。


「今夜はおふたりも、ゆっくり食事でも楽しんでください」

 席に着いたパニヤがスワック、ステーにいう。

 ふたりが席に着くと同時に、ワイングラスにワインが注がれる。

 使用人に礼をいい、さっそくワインに口をつけるふたりの将軍。

 パニヤは物分りの良い上官としての体裁を、とても大切にする人だった。

 能力もなく、実績も少ない、家柄だけがいい自分、というのを彼なりによく理解しているのだ。

 いきなり現れた司令官の代理が、デカい顔をしたら大きな抵抗に遭うと判断したパニヤ。

 だから、部下を常にねぎらって、着任当時から心をつかもうとしてきた。

 マティージャン元帥の後任を託されてから、一度として元から司令部の中心にいたスワックとステーに対して生意気だったり、高圧的だったりしてこなかったパニヤ中将。

 そうすることで余計な軋轢を避け、ここまで上手くやってこれたのだ。


 元々温厚な性格だったパニヤは、軍人というより政治家に近い性質を持っていた。

 その性格が、この司令部ではうまくハマったのだろう。

 一度として味方内で、揉め事も起きたことがなかった。

 そして、奇跡と形容しても不思議ではない、クウィン要塞の陥落まで果たすのだから。


「やあ、あなたもご招待されましたか!」

 食事会に招待されていたロイ・ロイステムスが、招待客に知っている顔を見つけると、ニヤニヤとした笑顔を見せながら挨拶をする。

「おや、お久しぶりです」と特殊部隊サルガの隊長ライ・ローが会釈をする。

 いつもは小汚い普段着のライ・ローだが、今夜は黒いタキシード姿に正装していた。

 無精髭も剃ってあったので、普段とは別人のような清潔感あふれる姿になっていた。

「え~と、確か……」

 呼び止められたライ・ローが、差しだされた手を握る。

「内務省のロイステムスですよ。ロー閣下」

 握手をしながら、満面の笑顔を浮かべるロイという小男。

「ハハハ……閣下というのは、おやめください……。今日は本職の方がいらっしゃるのに、おこがましいですよ」

 ライ・ローが困惑したように眉を下げ、ロイに懇願するようにいう。


「でも昔は、そういわれていたんでしょ?」

「仲間が勝手に、そう呼んでいただけですから……。本物の閣下たちを前にしては、恐縮しかございません」

 ライ・ローが身を縮めてロイにいう。

 実際、ライ・ローは一部のサルガのメンバーからは閣下と呼ばれてはいた。

 そんなローカルな話題をどうやって知ったのか、ライ・ローは不安な気持ちになる。

「僕の情報が確かであれば、確か昔のお仲間は、全員集合したんですよね?」

 ロイが、何故かニヤニヤしながら質問してくる。

「ひとりだけオールズ教会に属していますので、今回は不参加でしたが、サイギンで再会できましたよ」

「ストプトンくんですね」

 さらりとロイはストプトンのことをいう。

 何故そんなことまで知っているのか、やはりライ・ローは不安な気持ちになる。

 自分たちは軍だけでなく政府上層部からも、相当目をつけられているのだろうとライ・ローは思う。


「でもネーブ主教が亡くなって、今後彼どうされるのでしょうね? ロー閣下の元には戻らないのですか?」

「うむむ、どうなのでしょうね……」

 実は戻るように、ライ・ローは実際ストプトンに接触していたのだが、ここは黙っていることにした。

 ひょっとしたらこの件も調べ上げられている可能性もあったが、今はふくらませたくない話題だったのでスルーしておいた。

 ライ・ローは、ロイという男の情報の速さに内心驚いている。


(やはりこの男、要注意だな……)


 そして、チラリと同席していたヒュードの顔を確認する。

 ロイとセットで現れることの多い、ヒュードという男。

 内務省の人間と公言し、パニヤ中将同様やたらと要人アピールをしてくる男だ。

 ロイという怪しさを醸しだす男に負けじと、自身も隠密組織の幹部だということを、必要以上に強調してくるのだ。

 この男が、裏で何らかの工作を指揮しているのは、ライ・ローも耳にしていた。


(我々の動きは常に、監視されていると思っていたほうがいいだろうな)


 ライ・ローは、部下に耳打ちをしているヒュードを見ながら思う。

「で、今日は噂の彼はご一緒ではない?」

 ここでロイが、ライ・ローに訊いてくる。

「噂といいますと、誰のことでしょうか? わたし自身も恥ずかしながら、噂になることが多いので……。いやぁ、恐縮の極みです」

「ハハハ、実際目立っていますからね。同業者さんから、あなたのことを聞かない日はないほどですよ。ほとんどが、ねたみそねみですがね。今回聞いたのは、あなたの秘蔵っ子のハイハくんのことですよ。サイギンでは常にセットだったらしいですが、この街では彼、全然お見かけしませんね。何か用事でもあったのですか?」

 ロイがハイハのことを訊いてくる。


 ハイハはサルガの一員で、一番若い隊員のひとりだ。

 サイギンで車に乗っている時、賊に襲われた際に一緒にいた若者だ。

 彼はある特殊な任務を帯びていて、今日は別件があったので不在だった。

「ロイさま、彼は超がつくほど、特殊な任務を命じられていますから……。ほら、まだ公には……」

 外野からパニヤが慌てて、ロイとライ・ローの会話に参加してくる。

 柄になく困惑したような表情をしているパニヤの顔を見て、ロイがポンと手を打つ。


「そうかそうか! クレシェドさんはフォールの人でしたもんね。この案については、まだ知られちゃいけないことでしたね! これは失敬! 余計な情報を知られたら、僕らの仕事がまた増えちゃうものね。今はこれ以上、余計な血は流したくないだろうからね」

 ロイはそう笑って不敵にニヤニヤする。

 その笑顔を見て、またこの男独特の「自分は裏家業の人間ですよアピール」をライ・ローは感じ取る。

 この男は、初めて会った時からこの調子だ。

 絶対に深く関わり合いになりたくないと、ライ・ローは強く思う。

 しかし……。

 要所要所でロイのほうから、過度に接触してくるのだった。

 今後、余計な面倒事に発展するようなことがないのを、祈りたい気分のライ・ローだったりする。


「わたくしが席を外したほうが良い場合は、いつでも、いってくださってくれていいですよ……」

 クレシェド市長は、ロイという怪しい男のキャラを測りかねている感じでいう。

「あの男、ご想像通りかなり嫌な奴ですので、お気をつけください」

 クレシェド市長に、隣の席のスワックがこっそりと耳打ちする。

 それを聞き、クレシェドはドキリとする。

 そんなことを聞かされて、どう反応したらいいのか困惑する。

 クレシェドは今回ロイという男と会うのは初めてだが、薄々その性悪ぶりは雰囲気から察してはいた。

 エンドールの高級軍人を、まるで自分の下っ端感覚に扱い、常に下に見るような感じで接しているのだ。

 そんなロイの傲岸ぶりが、嫌でも目についていたのだ。

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