8話 「ガミル事件とパルテノ主教」

 エンドール王国の西端、マイルトロンとの国境付近にガミル地方という森林地帯が存在した。

 人里離れたその地に、ガミル聖堂は存在していた。

 ここはオールズ教徒の中でも、原理主義者たちの集まりだと広く知られていた。

 質素倹約を旨とし、肉体的な試練を自らに課し、本家の宗派とは違う独特の教義を持っていた。

 そんな宗派なのでオールズ教会からは異端とされ、三十年ほど前、一時期本家から破門されていたりもした。

 現在のガミル聖堂一派は、ガミル聖堂騎士団、もしくはパルテノ一派と呼ばれていた。

 異端者らしく、表の舞台にはあまり姿を見せない集団だったので、オールズ教会としても特に手を煩わせるといったこともなく、ほぼ放置されていたガミル聖堂騎士団。

 そんなガミル聖堂騎士団が歴史の表舞台に現れるきっかけとなる事件が、約二年前に発生する。

 それがガミル事件と呼ばれる、歴史的大戦の呼び水となった事件だった。


 二年前のある日、ガミル聖堂が何者かによって放火されたのだ。

 ガミル聖堂は焼け落ち、ガミル一派のオールズ教徒が幾人か死んだのだ。

 この放火事件の犯人は未だ捕まっておらず、現在も解決していなかったりする。

 しかし、エンドール中に噂が広がっていた。

 ガミル聖堂に火を点けたのは、マイルトロン王国の工作員だと。

 エンドールはマイルトロンに調査を依頼するが、マイルトロン側がそれを拒否。

 ただでさえ、犬猿の仲だった両者の溝がさらに深まる。


 やがてその噂は、民族主義者たちのプロパガンダに使われるようになる。

 エンドール国内で流行の兆しを見せていた、エンドール至上主義という政治思想が、ガミル事件をきっかけに一気に高まりだしたのだ。

 そしてその矛先は、敵対国マイルトロンに向けられた。

 エンドール国粋主義者たちは、マイルトロンへの圧力を政府に要求。

 戦争も辞さないという勢いで、政府に働きかけたのだ。

 そんな時代の流れにあり、当時のエンドール王国の国家元首は大のマイルトロン嫌いでもあったりした。

 この世間のうねりを好機と見た、時の国家元首デジャネルは、マイルトロンとの戦争を決意するにいたるのだ。


 これが世にいうガミル戦役のはじまりだった。



 車中のリアンは車の教本を読みながら、今日教わったことをさっそく復習していた。

 リアンはギアを入れる練習をする。

 何度も繰り返し、身体に覚え込ませる。

 時刻はすっかりふけ、真っ暗な夜になっていた。

 車の外では、バークたちが夕食の支度をしていた。

 今夜中に、目的の観測所に着くことは可能そうだった。

 その前に、腹ごしらえをしておこうということになって、この地で軽めの食事休憩を取ることになった。


 夕食の最中、話題がパルテノ主教からガミル戦役になったのだ。

「マイルトロン嫌いってのは有名だったからね、デジャネルってヤツは。確か警察時代にケロマストで、マイルトロンの犯罪者どもと戦ってたって話しよね」

 アモスが食後の一服を吸いながら、エンドールの国家元首について話す。

「けっこう噂になってたじゃん。マイルトロン憎しのデジャネルが、自作自演でガミル聖堂に火を点けたって話しは。しかもガミル聖堂なんて、キチガイ連中の巣窟じゃない。そんなとこを燃やされたって、エンドールにしたら痛くも痒くもないわけじゃん。だから国民の民族主義を燃え上がらせるには、ちょうどいい、おあつらえ向きの連中だったんだろうってさ」

 アモスが当時の噂を話す。

 この話題は実際広く伝わっており、エンドールの民衆もかなりの数が信用している風説でもあった。


「確かに、そういう噂は島にいた時も、よく耳にしたな」

 バークも、アモスの言葉を否定することなく同調する。

「戦争のきっかけになったガミル聖堂は、エンドールの陰謀に組み込まれたんだろうって話しは、俺もジャルダンでよく聞いていたよ」

 アートンが、ジャルダンの囚人時代によく話題になっていた、戦争のきっかけについて口にする。


「マイルトロンを攻撃する口実が欲しかったんでしょうね。ガミル事件はそのきっかけだった。僕もそういう噂はたくさん耳にしてました」

 リアンが車の教本を読みながら、ガミル戦役について言及する。

「ところで、解放戦争だとか、最初の頃いわれてませんでした? あれどういう意味だったんでしょう」

「マイルトロンの民衆は、貴族や軍閥といった特権階級から、支配されていた存在だったからね。それを解放してあげるんだっていう名目で、エンドールも最初軍を起こしたんだよ」

 リアンの疑問にバークが答える。

「ああ、それで解放戦争って、いってたんですね」


「実際、戦争がはじまってみたら、マイルトロンの民衆はエンドール側について、あちこちで反乱を起こしたっていう話しらしいね」

 アートンが荷物の中から地図を取りだして、マイルトロンの辺りを指でなぞる。

「だな、マイルトロンがこうもあっさり滅んだのも、民衆による蜂起があったからってのは間違いないだろうな」

 バークは腰掛けていた岩から立ち上がり、空になった缶詰をゴミ袋に放り込む。

 アモスとアートンからも食べ終えた缶詰をもらい、それをまとめてゴミ袋に入れる。

「さて、そろそろ出発するか。例のふたりの神官見いには、日付が変わるまでに会っておきたいからね」

 バークがゴミ袋を手にしながら車に向かう。

「それもそうだな。じゃあリアン、ここから観測所まで、また運転頼むよ。安全運転でよろしくな!」

 アートンにそういわれ、リアンは「任せてください!」と、元気よく応える。


 リアンの運転する車が、再出発する。

 すっかり慣れたようで、運転技術にも問題はない感じだった。

「リアンくん、ひとつ成長したわね」

 アモスがうれしそうにリアンに語りかけると、リアンもまんざらではないような顔をしてうなずく。

「リアンは元より器用だから、車の運転ぐらいなんてことないんだろう」

 助手席のアートンが、リアンの運転技術に太鼓判を押す。


「ところでさぁ、さっきの話しのつづきだけどさぁ。マイルトロンと戦争するきっかけは理解できたけど、なんでフォールとも戦争しちゃってるわけよ」

 アモスが後部座席で、ひとりタバコに火を点ける。

「マイルトロンに援軍を送ったのが、きっかけとされているな。マイルトロンとフォールの王家は、婚姻関係だったらしいからね」

 バークがそう教えてくれる。

 実際これはそうだった。マイルトロンの国王の妻は、フォール王国の王族だったのだ。

「ふぅん。フォールにしたら、とばっちりもいいところね」

 煙を吐きだしながら、アモスが車の外の薄暗い森を見る。


「でも、どっちにせよエンドールは、フォールまで侵攻するつもりだったと思うぞ。エンドールによるグランティル地方の完全統一は、当初からのプランだったようだしな。戦争気運もすごかったからな」

 バークが当時を思いだしながらそういう。

「あの当時のマスコミの論調って、すごかったですからね。戦意昂揚を掲げて、世論誘導を全力でしていた感じですものね」

 リアンは運転しながら、当時感じていた世論への不信感を話す。

 田舎暮らしのリアンだったが、情報として入ってくる都市部の戦争気運は嫌でも耳に入ってきたのだ。


「国民全体が、フォールも攻め滅ぼして、グランティルの覇者になることを望んでいた感じだったもんな。でも、クウィン要塞の戦いで完全に足止め食らった感じなんだよな」

 アートンがまた地図を取りだし、難攻不落といわれたクウィン要塞を指差しながら考え込む。

「ほんとここ、どうやって陥としたんだろうな……」

 アートンが、解せぬといった感じでつぶやく。

「僕がジャルダンに流される前ぐらいには、クウィン要塞が陥とせなくて、かなり戦意は低下してたんですよね」


「こればかりは謎のままだよな。どうやってあのクウィン要塞を陥としたんだろうな。俺たちがクウィンに到着するぐらいには、解明されてるといいんだがな。今のままじゃ気持ちが悪いよな」

 バークが腕組みをしながら、首をかしげる。

「また軍師さまごっこをしたければ、勝手にすればいいじゃない?」

 アモスがニヤニヤと笑いながらいってくる。

 バークが不快そうに、顔を歪める。


「ゴシップ好きの、フォールのマスコミが飛びつきそうな話題なのに、どこにも報道されてないってのが、ほんと気になりますよね」

 リアンが不思議そうにいう。

「だよな、それこそ売りだし真っ盛りのパニヤ中将を前面に出して、面白おかしくセンセーショナルに報道すると思うんだよな」

 アートンが荷物の中の古新聞を取りだして、考え込む。

 記事は、パニヤ中将が英雄のように紹介されている。

「またこのオッサンかよ。ほんと目障りなぐらい、目立ちたがり屋なのね」

 アモスがアートンの持つ記事の写真を見て、うんざりしたようにタバコの煙を吐きだす。

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