7話 「ストプトンの危機」

 その大きな建物には、ガミル聖堂騎士団の僧兵たちが一同に集まっていた。

 村にあった大きめの講堂を、村はパルテノたちに提供したのだ。


 騎士団を構成する最下層の僧兵たちは、どいつもこいつも人相が悪かった。

 全員といっていいほど、とても聖職者には見えない面構えをしていた。

 彼らは、マイルトロンで編入したゴロツキのような連中だからだった。

 騎士団らしく規律に則った、立ち居振る舞いを何故か教え込まれていないのだ。

 本能のままに動く、ガミル聖堂騎士団たちの評判は最低最悪だった。


 本来はマイルトロン政府の圧政に苦しめられていた、奴隷のような民衆達だったのだが、エンドールの侵略により立場が変わると、報復とばかりにマイルトロンの支配者たちに反撃をくわえたのだ。

 そんな元マイルトロンの民衆の中で、過激な層がパルテノの指揮下にくわわりその兵力を増強したのだ。


 ストプトンとクルマダが講堂にやってきた。

 現れたふたりを値踏みするように、にらみつけてくる汚らしい僧兵たち。

「あいつらが例の新入りか……」

「ダノン司祭に、取り入った連中らしいな」

 ストプトンとクルマダは、そんなヒソヒソ話しを無視して進む。

 敵意を浴びせられ、ストプトンは多少の恐怖を感じるが、クルマダのほうは何も気にしていないという感じだった。

 自分が警戒されているという、可能性を考慮できていないのだ。

 この図太い神経だけは評価に値すると、ストプトンは思っていた。


「ネーブのところにいたヤツらしい」

 顔に大きな刀傷がある若者がつぶやく。

「あの生臭坊主の元手下か……」

 血の染みがついたバンダナを、巻きつけた男が吐き捨てるようにいう。

「なんで主教は、あんな連中を使うんだ。実戦経験もない腰抜けの見かけ倒しどもが……」

 右肩に血のにじんだ、包帯を巻いた髭面の男が顔を歪めていう。

「猿駆除など、ヤツらの助力などなくてもできるのによ!」

 赤茶色した刀剣を剥き身にした、長身の男が口にする。


 ストプトンは奥の部屋に移動しながら、聞こえてくるパルテノの部下たちのやっかみをスルーする。

 明確な敵意を感じて、さすがのストプトンも冷や汗を流す。

 ストプトンとクルマダが、目的の部屋の前に来る。

 すると、気になるセリフがストプトンの耳に聞こえてくる。

「で、あいつがダノンのお気に入りだって?」

「らしいな。へへへ、どういう反応するか楽しみだな」

 ストプトンを見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべながら話す、汚らしい僧服を着た僧兵たち。


 今聞こえた話しの内容が、どういう意味なのかをストプトンは考えていた。

 今回もストプトンだけ呼ばれていて、クルマダは誘われていなかった。

 クルマダは不満そうな表情をして、部下のストプトンに部屋へ入るよう促す。

 そして、そこにいた人物を見て、ストプトンはゾッとする。

 はだけた衣装を着た、端正な顔立ちをしたダノン司祭が待ち受けていたのだ。

「いかなる御用でしょうか、ダノン司祭」

 鉄仮面ストプトンが、冷徹に質問する。

 気味の悪さを気取られないように、ストプトンは必死にそれを押さえ込む。


「うむうむ、よく来たな。まずは一杯どうかな?」

 ダノンは顔を紅潮させ、テーブルの上のグラスにワインを注ぐ。

 はだけた胸元から、乳首がチラチラとのぞいている。

「わたくしは、酒は飲まないようにしております、申し訳ございません」

「おお、そうか。では別のものを用意させよう」

 冷たいストプトンの返答にも関わらず、ダノンは上機嫌そうだった。

 手下の若い男が、水をグラスに淹れているのが見えた。


「いや、司祭、明日の準備もまだ途中なので、できれば要件をお伝え願えませんでしょうか? いかなるご用件があってのお呼びだしなのでしょう?」

「ふむ、仕事熱心よの。パルテノ主教が、きみに目をかけるのも納得だ」

 ダノンは、部下から水の入ったグラスを受け取るとストプトンに渡す。

 ダノンのねっとりした視線が気持ち悪い。

 さらに、同席している若い見習い神官の視線も、どこか気持ち悪い。

 部屋にいる全員が、熱い視線をストプトンに送ってくるのだ。


(……くそ。こいつら間違いなく、あっち方面の連中か)


 ストプトンの背筋が凍りつく

 ダノン含めた部屋にいる四人の人間の、一斉に自分に向けられる視線に、ストプトンの心がかき乱される。

 全身の毛が総毛立ち、思わず臀部に力が入ってしまう。

「用というのはだな」

 ワインを一口飲みながら、ダノンが口を開く。

「きみを含めた新参者たちが、今後当騎士団でうまくやっていけるように、ひとつ手柄をあげようと思ってな」

「どういうことでしょうか?」と平常心を保ちながら、ストプトンはいつもの鉄仮面を演じる。


「うむ、部下たちの一部が、君を含めたネーブ主教からの移籍組に嫉妬していてなぁ。最初のうちは、彼らのやっかみが面倒だろうと思ってな。彼らが不平を口にできなくなるような、手柄を君に差し上げたいと思っておるんだよ」

 マイルトロンで編入された若い僧兵たちから、嫉妬の対象になっているのはストプトンも、今さっき感じたばかりで気づいている。

 今もここに来るまでに、必要以上の悪意を込めた歓迎を受けたのだ。


「……手柄ですか」

 ストプトンは、ダノンのいわんとしていることが何なのかを、推理しながら応える。

「表の連中は、どうだった?」

 はべらしている、手下の若い僧兵たちにワインを注いでやりながら、ダノンが質問してくる。

「どうだったとは?」と、ストプトンは質問返しを反射的にしてしまう。

「彼ら、恐ろしくないかね?」

 ニヤリと口元を歪めながら、ダノンが単刀直入に訊いてくる。


「あれらは元々、マイルトロンのゴロツキどもにすぎない低脳ばかりです。今はパルテノ主教の教義と、威厳を前にしておとなしくしているが。目を離すと、何をしでかすかわからなくてねぇ。だが、いろいろ狼藉を働いたりもするが、我が騎士団の要となる戦力でもあります」

「命令を聞かなければ、彼らをけしかける。そういうことですか? わたしに何かやって欲しい難題でもあるのでしょうか?」

 ダノンの口ぶりから、ストプトンは脅迫めいた意図を感じ取った。

「そうではない、そうではない。彼らのことを出したのが、いらぬ誤解を招いたか。では素直に本題に入ろうぞ」

 ダノンは笑いながら、ストプトンの邪推を否定する。


「この村のはるか西に行ったところに、フォール大学の研究施設があるらしい」

 ダノンが地図を広げる。

 バスカルの村の西側を、ダノンは指差す。

「その施設の周辺に、伝説のコーリオの花が咲いておるとのことだ」

「コーリオの花? あれは……」

 架空の存在、といいかけてストプトンは口ごもる。

 オールズ教会の中では、コーリオの花は実在していることになっているのだ。

 それを否定するのは、教義を否定するのと同じだったりするのだ。

 特に教義にこだわるパルテノの配下の前で、否定することなどできなかった。


「なんでも、ヨセイジャのところの若いのが、ふたり。この村に探しに来たそうでねぇ」

 ダノンは、パローンとネーティブのことをストプトンに話す。

「ヨセイジャ? 確かネーブ主教の側近だった?」

 自分の元上司なのだが、ストプトンがここは伝聞で済ませる。

「そのヨセイジャだな。君には、連中より先にコーリオの花を見つけてきてもらいたいんだよ」

 ねっとりとした視線を送りながら、ダノンがストプトンに語りかけてくる。


「……先に、探しに来ているふたりは、どうするのですか?」

「フハハ! まさか妨害や危害をくわえろとまでいわんよ。要は先に、花を見つければいいのだ。ヨセイジャは、まだカンズリーンという地を動いておらぬ。しかし、パルテノ主教はこの村に滞在しておられる。どちらが先に、このニュースを広めるか? わかるだろ」

 ダノンはそう話し、残りのグラスのワインを一口で飲み干す。

 端正なダノンの顔が、紅潮したようになる。


「ネズーが、聖ベーレの外套を見つけたのは知っておるか?」

 いきなりダノンの話題が飛ぶ。

「いえ……、聖ベーレの外套ですか?」

 鉄仮面ストプトンが、少し眉をしかめてダノンに尋ねる。

 それなら先ほどパルテノによって、廃棄されたばかりなのだ。

 しかし、そのことを話すのは面倒だと思い、ストプトンは何も知らない体をとる。


「うむ、なんとかという村で見つけたらしい。あのネズミ男ごときが、忌々しい話だがな……。しかし、このことが世間に広く知れれば、パルテノ主教の名声は高まること間違いないだろう。マイルトロンでの働き以降、主教の元へオールズの加護が集まりつつある。ここでコーリオの花をも発見すれば、その権勢はさらなるものとなるだろう」

 オールズの世界では、発見報告はすぐさま名声に直結するのだろう。

 ダノンは主の名声のためにコーリオの花を、是が非でも見つけたいと思っているようだった。


「今夜さっそく、そこへ向かうのだ。そしてコーリオの花を、ヨセイジャの手下より先に持ってまいれ。今回の任務が上手くいけば、お主らのこと良きに取り計らってやろう」

 ダノンが、ストプトンに地図を渡してくる。

 その地図を受け取った瞬間、ストプトンの肌に寒気が走る。

 ダノンが指を絡めてきたのだ。

 指先の生暖かいぬくもりに、ストプトンはゾッとする。

 鉄仮面と称されるストプトンだが、思わず眉をひそめてしまう。

 ダノンとその部下の視線が、常時気持ち悪くてたまらない……。

「わたしは、きみにはとても期待していますよ、ストプトンくん」

 そう話しかけてくるダノンの頬が、不自然にまた紅潮している。

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