3話 「ヒュルツの漁村」
元の住人たちが住む集落は、少し小高い丘の上に点在するようにあった。
そこまで来てると、工事関係者らしき人の姿をまったく見かけなくなった。
入り組んだ細い道が多く、勾配もけっこうキツい。
傾斜のある階段を使って、移動するような場所もあった。
リアンたちは、そんな高低差の激しい田舎道を歩きながら、目的地の宿まで進んでいた。
少し高い丘から見える青い海と空は、砂浜から見るのとはまた違った趣があった。
沖のほうで漁船が数隻運行しているのが見える。
おそらく地元の漁師なのだろう。
アモスも、けっこうな悪路にも関わらず、不満を口にせず今は道中を楽しんで進んでいる。
不思議なことに、村人の姿はほとんど見られなかった。
まるで、廃村のようでもあったが、家々は綺麗に手入れされているようだった。
「村人も、事業に従事してて、忙しいのかもな」
バークが、一件の家のガレージに目をやる。
「ヒュルツ観光開発」の文字を書いた、営業車らしきものを見つけたのだ。
「わぁっ! ここは人より、猫ちゃんのほうが多いいのです~。にゃ~!」
テンションが一気に上ったヨーベルが、猫の群れに駆け込む。
ヨーベルに驚いて、一目散に逃げていく猫たち。
それを見て、ヨーベルが何故かケラケラ笑う。
「実は村人は、すでにここの猫ちゃんたちに、支配されていたとか!」
あり得もしないことを、ヨーベルは口にする。
そんなヨーベルの元に、人懐っこいタイプの猫が数匹よってくる。
甘えるタイプの猫は人を怖がる様子がまるでなく、アモスにすら足元に擦りよってくる。
意外にも、よってきた猫を可愛がるアモスを見て、リアンは安堵で胸をなで下ろした。
蹴り飛ばさなくて良かった、と本心からリアンは思った。
アートンが近くにいた、やっと見つけた村人と話し込んでいた。
素朴な感じのする、穏やかそうな中年の女性だった。
背中に背負った籠には、大量の野菜が見える。
村人の女性に礼をいい、アートンが戻ってくる。
「どうだった?」
バークが、さっそくアートンに尋ねる。
「この村の人間は、観光事業に今は全力らしいよ。だから皆、何かしら仕事を抱えて忙しいらしい。この時間は、建設中の現場で働きに向かってる人が多いから、今は閑散としてるんだと。なんか働くことに、よろこびを感じてるようで、すごく生き生きしてたな、さっきのオバサンも」
アートンが、会話した村人の印象を、うれしそうに語り、彼まで発奮したようになっている。
アートンにそう思わせるほど、先程の中年女性は張り合いを持って、今の事業に前向きらしかった。
「そんなことは、どうでもいいわよ。宿はどこにあるのよ?」
テンションの高いアートンに反して、アモスが冷徹に質問してくる。
「まさか、それを訊いてないとか、ないわよね?」
アモスがアートンに対して、威嚇するように訊く。
「ちゃんと訊いてきたよ! この丘を上がりきって、左へ進めば、昔からある旅館があるってことだよ」
アートンが手前の、やや急な丘を指差す。
「これだけのリゾート地なのに、ずいぶん不便な場所にあるわね」
アモスが忘れていた疲労感を感じだしたのか、徐々に悪態をつきだす。
「リゾート計画以前から、ある宿らしいからな。それなりの老舗の宿らしいぞ」
アートンが、不機嫌そうなアモスを無視して、バークに話した。
「宿を改装する前に、この悪路をまずは、どうにかしないといけないんじゃないの。こんな昇り降りしなきゃ、ビーチにも行けないんじゃ、その宿、先行き不安よ」
「アモス、おまえ、宿でその話題話さないでくれよ」
文句をいうアモスにアートンが、苦言を呈する。
「あたしは、アドバイスをいってあげてるのよ。利用者の率直な感想を聞けないなら、客商売なんてしないことね」
アモスが、宿とは無関係なアートンに食ってかかる。
「ちょっと、ふたりとも~!」
そこに、リアンが割って入ってくる。
「アモスもまだ見もしてない宿のことで、文句いうのは止めとこうよ」
リアンが、アートンとアモスを仲裁する。
そんな、いつものアモスをたしなめる会話を聞き、バークはさっそくあることを考え込む。
それは、この村にやってきた、「もっともらしい嘘」を頭の中で捻りだすことだった。
これはすっかり、バークの一番最初にやるべき、慣例のようなものになってしまっていた。
(やっぱりここは、無難に旅人ってことでいいか。問題は、アモスがまた妙なハッタリを、かまさないかってことか。この辺りは、リアンにも話して、あいつを警戒してもらうか)
そんなことを、バークは黙々と歩きながら考えていた。
目的の宿、「海が見える宿」は丘の頂上部にあった。
宿の前に駐車スペースと、展覧台があった。
リアンたちは宿にチェックインする前に、展覧台から海を眺めることにした。
ヨーベルがまた猫を一匹見つけると、景色よりもそちらに興味を持ち、なで回しに向かう。
猫をなでているヨーベルを見つつ、リアンは展望台の少し古臭い案内板に近づく。
「元々この宿は、南側からくる人を、対象にした宿みたいだね」
リアンが案内板を見てそういう。
「だろうな、北側は新しく開発しているリゾート地みたいだからな。でも、ほら……」
バークが、リアンに宿を指差す。
「こっちの宿も、リゾート化に備えて、改装してるようだな」
バークが、古い建物の横に増設された、少し場違いなほど近代的なデザインをした建物を指差す。
「向こうのリゾート地に合わせて、この一帯、全部改装するんだろうかな。今のこの町並みも、俺は趣あっていいと思うけどな……。でも、なんか村全体が、リゾート化に前向きみたいだし、変化は仕方ないだろうね」
アートンも、古臭い村の景観の中で、改装されてどこか浮いてる宿を見て残念そうにいう。
「じゃあ、海も堪能したし、そろそろチェックインしようか。この村で、どれくらいアモスが、滞在を考えてるのか知らないが。数日間は、ゆっくりできると、思うよ」
バークがいい、宿に向かおうとする。
「みなさんっ! あれ! ほらっ! なんでしょう!」
急にヨーベルが、驚きの声を上げる。
猫を抱えたヨーベルが、妙な祠のようなものを見つけ、ソワソワしている。
その祠は、広場の鬱蒼と茂った木々の中に、ひっそりと隠れるように佇んでいた。
リアンたちが祠の側にやってきた。
祠の前には古い看板があり、この村に古くから伝わる「白竜伝承」について書かれていた。
「白竜伝承!」
ヨーベルが歓喜の声を上げるのは、誰もが予想がついた。
「い、いいったい、どんな邪龍が、人々を焼き尽くしたのですか!」
「はい、落ち着け!」
ヨーベルはアモスのチョップを後頭部にくらい、さらに反動で看板にも頭をぶつける。
抱いていた猫が、驚いてヨーベルの腕から逃げていく。
リアンがさっそくヨーベルを介抱する。
リアンもこういう展開は、予想していたので慣れてきたものだ。
ここの祠と看板は、観光地化を目指す昔から存在していたらしく、かなりボロボロだった。
書いてある文字も、今はほとんど読めなかった。
ただ、描かれていたらしい絵には、白い蛇のようなものが、うっすらと見える。
「これが、伝説の白竜ってヤツ?」
アートンが看板に描かれた、白い蛇のような絵を見つめる。
文字と肝心の白竜はかすれまくっているが、描いた空は赤黒く、落雷が鈍い紫色で表現されている。
青いはずの白浜海岸の海も、まるで溶岩流のような壮絶な環境に変化している。
何よりも、うっすらと残る白竜とされる存在のその顔に、凶相がわずかだが残っているようだったのだ。
リアンは、どこか禍々しい印象を感じた。
「あはは、まるでこの世の終わりみたいな絵です~。白竜様を、誰かが怒らせちゃったんでしょうかね?」
不釣り合いな明るい声で、ヨーベルは物騒なことをいう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます