2話 「白い浜辺」

 村の入り口付近にあった、森の中に入ったリアンたち一行を乗せたガッパー車。

 目立ちすぎる車なので、村にこの車で入るのは得策ではないと考えたからだ。

 林道から一般道に出た際は、奇跡的に対向車もなかった。

 しかし、村に近づくにすれ、アートンたちは不安がよぎりだした。

 目立つこの車で、人目につくことはできないと判断して、すぐさま森の中に身を潜めたのだ。

「こんな車、乗ってるヤツ限られるだろうしな。所有者も、すぐ特定されるだろうよ」

 アートンが車にあったモスグリーンのシートを掛けて、森の中に車を隠す。


 リアンたちは森から抜けでると、村の入口付近に徒歩でやってくる。

 またスニーキング行為をしようとするバークを、アモスが咳払いで止めさせる。

 例のガッパー車から出てきた場面を、見られているわけでもないので、別にコソコソする必要はないからだ。

 そのことにバークは気づくと、アモスに「すまない」と照れくさそうに一言謝る。

 リアンたちが入り口付近に来ると、大量の重機と一般車が駐車場に停めてあった。

 村の入口で、検問をしているという風でもない。

「エンドールの人は、この村には兵隊さんを送ってないのかな?」

 リアンが素朴な疑問を口にする。

「どうだろうなぁ、戦略的に重要な場所とも思えないし……」

 アートンが地図を見ながら、村の方向を確認する。


「ハイハイハ~イ! 仮にエンドール兵がいたところで、なんだっていうのよ! サイギンでやったようなお間抜け問答を、またここでもやるのか? 誰も、あたしらのことなんか、気にしないわよ。こっちのバカ大女も、今はバカメガネ大女にクラスチェンジしてんだし、みてくれもだいぶ変わったわ」

 そういってアモスは、女性にしては大柄なヨーベルを指差す。

「ネーブの件で、不安があると思ってる人、挙手!」

 アモスがいきなりそんなことをいう。

「思っているなら、その不安を具体的に述べること。アートン、バーク、いつもの不安の虫は、騒がないのか? 文句がないなら、このまま村に行くぞ」

 そういうや、アモスがふたりの返事を待つこともなく、村に向かって歩いていく。

 村の入り口を抜けると、すぐに砂浜になっていた。

 右手側に建設途中の建物と、舗装中の道路が存在していた。


「手前は、建設中の建物ばかりだね」

 リアンがぼうっと、工事現場を眺める。

「村の奥の方にも、建物がありますね~。でも、どうも向こうは古臭い感じですね……。なんだか、ますます昔わたしが住んでいた村みたいです」

 懐中時計をいじりながら、ヨーベルが目を凝らし、遠方に見える丘に点在する集落を見る。

 その表情は、思いだしたくない過去のせいか少し暗い。

 ヨーベルがいうように、細長い村の奥のほうは、古い民家が丘にポツポツと点在していた。

 反面、村の入口付近は比較的デザインの良い、ペンションのような建物が多く建設されている。


「どうやらこの村、観光地化の真っ只中みたいね」

 アモスが大きな看板を見つけ、指を差す。

「ヒュルツビーチ、建設中! 青い海と空の楽園、ヒュルツはあなたを癒やします」

 看板には、そんな言葉とともに、美しい海岸線と建物群の絵が描かれていた。

 すると村の入口に、一台のバスがやってきて看板前で停まる。

 バスから降りてきたのは、スーツを着た、どこか場違いなビジネスマン風の人々だった。

 先導をする、旗を持った引率員らしき人が、拡声器を取りだす。

「ここが~、ヒュルツビーチ観光予定地で~す! 現在~! 急ピッチで建設していて~、あと半年での完成を、目指していま~す! 手前には~、様々な商店が入り~、向こうには~、高級ペンションが立ち並ぶ予定で~す!」

 引率員が、そうビジネスマンたちに声高に説明してる。

 ビジネスマンたちは、手元の資料を眺めながら工事現場を見学している。


 リアンたちは、ビジネスマンたちの集団から離れる。

「あの大きな建物は、商業施設みたいだな」

 アートンが、建設中の大きな建物を見る。

「みなさん、村の地図がありますよ~」

 視力の良くなったヨーベルが、真新しい村の案内板を見つけた。

 まだまだ完成には程遠いようだが、地図に描かれた完成予想図には、ホテルやショッピングモールが描かれていた。

 海岸線に沿った、かなり南北に細長い形をした村のようだ。

 村の北部のほうに、開発事業が集中しているようだった。

 中央部には、まだ着工されてすらいないが、村の役場といった公共施設が集中する予定のようだった。


「完成したら、とてもいいバカンス地になりそうですね」

 リアンが、案内板を見ていう。

「かなりの業者がやってきて、村を開発してるんだな。なんだか、ジャルダンを思いだすな……」

 バークがそんな第一印象をいって苦笑いをし、アートンも同意する。

「この青い海を売りにしたら、いい観光地になるだろうな。この業者たちは、先見の明があると思うよ」

 アートンが関心したようにつぶやく。

 ヨーベルの僧衣の入った、いつもの大きなかばんと、先程アモスが物色していた銃器が満載のアタッシュケースが、アートンの両手をふさいでいた。


「さいわい、この地は戦禍とは、無縁になりそうだしな。エンドール支配後を、見越してかはどうかは知らないが、この決断は正解だろうな」

 バークもそういって、先程のビジネスマンたちを見つめる。

 ビジネスマンたちは、再びバスに乗り込み、今度は建設中の建物方面に向かう。

「元々、漁村だったようですね」

 リアンが案内板に書かれた、ヒュルツの村の軽い紹介文を読む。

「フォール国内随一の景観を誇る“ 白竜浜辺 ”を観光の目玉にした、観光事業に力を入れる、ですって」

「白竜浜辺?」と、アモスがリアンに訊く。

「この白い砂浜から、そう名づけられてるみたいですよ」

 リアンが目の前の、白いビーチを指差していう。

「あと、なんか関連する古い伝承とかにも、由来するんですって」

 リアンがいうと、ヨーベルが反応する。


「古い伝承とはっ!」

 ヨーベルが、そこに食いついてくる。

「詳しくは書いてないけど、白竜信仰があるんだって、この村には」

 リアンが説明文に書いてあるのを、ヨーベルに教える。

「は、白竜信仰! なんて、素敵なフレーズなんですか! どんな信仰なんですか! 白竜さまのお姿は! どこかに、祀られているのですか!」

 興奮気味のヨーベルの頭に、一発チョップをかまして、アモスが落ち着けと興奮を沈める。

 メガネがズレるが、直しもせずにヨーベルの興奮は収まりきらない。


「この辺りのことなら、村人に訊いたほうが早いかもな。どうやら、この宿しか、まだないんだな」

 バークが笑いながら、案内板の南部を指差している。

 地図には「海の見える宿」という名前の、唯一の宿が村の南部にあるようだった。

 追加で「お泊まりはこちらに!」という張り紙が地図に貼ってあり、来訪者を誘導している。

「ずいぶん遠いわね、けっこうな距離じゃない。本当に観光地化なんてできるの、ここ!」

「おまえが、この村に行きたい、っていったんじゃないかよ」

 さっそく不満そうなアモスに、アートンが突っ込む。

「まだここしか、宿が存在してないなら……」

 つづけようとしたアートンだが、アモスににらまれて黙り込む。


「まあまあ、せっかく綺麗な海があるんですし。それを眺めながら、ゆっくり向かいましょうよ。あの奥の集落を通るのも、楽しそうですし」

 リアンがアモスをなだめる。

「仕方ないわね、木偶の坊! 胸の暖かさを感じさせてやるから、あたしををおぶって楽させろよ! 尻の感触を、今夜のオカズにしてもいいぞ、ありがたいことだろ、ええっ?」

 アモスがそういって、タバコを取りだして口にくわえる。

「フン、勝手にいってろ!」

 アートンが小さく悪態をつくのを、バークがなだめる。


「ヨーベル、火はまだ?」

 アモスが、タバコをくわえたままヨーベルにいう。

 しかし、ライターを取りだしたヨーベルを、リアンが手で制してる。

「アモス、綺麗な砂浜だし、タバコは遠慮しとこ」

 リアンが、アモスに諭すようにいう。

 しばらく無言でリアンを見つめていたアモスだが、おもむろにくわえていたタバコを箱に戻す。

「しょうがないわねぇ」というアモス。

 不満そうだが、やはりリアンのいうことは、比較的素直に聞いてくれるアモス。


「開発予定地から離れた向こうの集落は、古くから住む漁村の人々が暮らしてるようだ。一軒だけある宿も、昔からある施設のようだね。そこで宿を取って、いろいろ村のこと訊いてみたらいいだろう。確かに今は焦らず、この村で静養しておくのも、悪くないだろうな」

 バークが案内板を見ながら、リアンの肩をポンとたたく。

「タバコなら、この宿で好きなだけ吸えばいいよ。まずはこの宿を、目指してみようぜ」

 バークが、アモスにいって歩きだす。

「いい感じであんたも、余裕出てきたわね。サイギンで見せた、あのテンパり具合は、少しづつ帳消しにしていってやるわ。その調子で、リーダーらしい言動、取りつづけるのよ、フフフ」

 アモスが小馬鹿にしたように、バークに笑いかける。

「あの時は、まあ……。いろいろ、余裕がなかったのは事実だよ。今はおまえのいう通り、ゆっくりと英気を養うとするよ」

 当時の不手際を思いだして、バツが悪そうな顔をしてバークは頭をかく。


「フフフン! 素直でいいわよ。脅しが、効き過ぎちゃったぐらいの素直さね。でも少しは、やりあうぐらいの気骨は残しときなよ! 従順すぎるのも、あたし退屈なんだからね」

 アモスの言葉に、バークとアートンはヤレヤレという顔をする。

 美しい青い海がキラキラと輝き、波音がとても心地よかった。

 工事現場から聞こえてくる騒音も、不思議とこの場所では、心穏やかにさせる環境音に思えた。

 リアンも、今は嫌なことは全部忘れて、この村でのバカンスを楽しもうと考えていた。

 そんなリアンの横を、大型の重機が徐行しながら通り過ぎる。

 ヨーベルが、笑顔で重機を運転している男に笑顔で手を振る。

 それに柔らかなクラクションと、笑顔で応えてくれる厳つい運転手。

 なんだかこの村に立ち寄ったのは、アモスの気まぐれだったが、今では全員が良かったと思っていた。

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