4話 「海の見える宿」 前編

 リアンたちが宿に向かって歩く。

 宿の入り口付近に、一台大きなガッパー車が停まっているのが見えた。

 リアンたちが乗り捨てたのとは、多少グレードは落ちる車種だが、それでも高級車として知られるバンだった。

「この宿の車かな?」

 リアンが車を指差していう。

「奥にもう一台、ボロっちいのが停まっていますね~」

 ヨーベルがガッパー車の奥に、旧式の雨ざらしになっている車を見つける。

「新しいのと古いのと、両極端な感じです」

 妙なところがツボに入り、ヨーベルがクスクスと笑う。


「あんな高級車、よっぽどの人間じゃないと持てないぞ」

 アートンが、ガッパーのバンの車種を見ていう。

「この宿、そんなに潤っているのか?」

「アムネーク観光公舎って、ロゴが車にありますよ」

 ヨーベルが、バンのサイドに書かれているロゴを見ていう。

 若干うれしそうな顔だったのは、遠くの文字が眼鏡によって、見えるようになっていたからだろう。

「本当だな、アムネークって、エンドールから来てるのか、この車」

 バークが驚いたように、駐車場にあるガッパー車を眺める。

 アムネークというのは、リアンたちが目的地とする、エンドール王国の王都の名前だ。

 そんな遠くからきたのかと、リアンたちは驚く。


「この車のことなら、宿の人間に訊けば解決するでしょ。さっさと宿に泊まるわよ。あたし、脚疲れたわ、坂道と階段多すぎなのよ、ここ」

 自分から行きたいといったのに、アモスは文句をいう。

 そんなアモスに突っ込むと、反撃されたら面倒だと思ったバークとアートンが黙っている。

 リアンたちが宿の入り口をまたぐ。

 フロント部分は、昔からつづく様式をまだ残していた。

 ここの改装は、もう少し先なのだろう。

 建設中の建物とは明らかに様式の違う、どこか古臭さを残した宿のフロントを眺めるリアンたち。

 フロントにあった古い看板には、「海の見える宿」という屋号が書かれていた。


「おやっ? お客さんかい?」

 カウンターにひょっこりと、年季の入った老人が現れる。

 古臭いこの界隈にお似合いな、腰に魚籠をぶら下げた、職業漁師のような老人だった。

「そうよ、泊めて欲しいんだけど部屋ある?」

 アモスが、カウンターにいる漁師っぽい老人に訊く。

「もちろん大丈夫ですよ。ちょっと、お待ち下さいね」

 老人はアモスにいい、カウンターにある魚の形を模したチンベルを鳴らす。

 チーンという音がしたと思うと、急に奥のほうから慌ただしい騒音が聞こえてくる。


「はいはいはい~! ちょっとお待ち下さい~! 今、お手洗いなんです~! 申し訳ないです~!」

 その声は、焦りに満ちており、声の主はまだまだ少女のそれだった。

「急いでないわよ、ゆっくり捻りだしな」

 アモスがそんな下品な言葉を返すと、カウンターの老人がガハハと笑った。

 空気が一変したことに気がつき、その後すぐに、「失礼した」といって咳払いをする老人。

「ところで爺さん、いったい誰? 宿の人みたいだけど、その格好はどう見ても漁師よね」

 アモスが、漁師っぽい格好をした老人に尋ねる。

「本業は漁師ですが、手が空いたら、なるべく宿のことを手伝うようにしとるんですわ。ここ、息子夫婦たちがやってる宿なんですが、彼ら忙しくて出払っておりましてな。今はわしと、孫娘の……」

 漁師の老人がいおうとしたら、バタバタとした音とともに、カウンターに少女が飛び込んでくる。


「お待たせしましたっ!」

 カウンターに現れた少女は、歳はまだ十五歳ぐらいだった。

 リアンよりも少し年上といった感じの、元気そうで朗らかな印象の少女だった。

 赤い貝殻の髪留めを頭につけ、髪をまとめるというより、アクセサリー代わりにつけているようだ。

 エプロンを急いで結びながら、カウンターでゴソゴソとやりだす。

「これこれ、アシュンや、探し物より先に接客をせんかい。お客さんを、これ以上待たせてどうするよ」

 老人の言葉にビクッとして、アシュンと呼ばれた少女が驚いたようになる。

「そうだったっ!」といい、カウンターにぶつかる勢いで、リアンたちに向き直る。


「これまた不安そうな女将ね、ところであなたエプロン、裏表逆よ」

 アモスの指摘に、アシュンはキャッといい、慌ててエプロンを脱ぐ。

 すると、リアンたち男性陣が一斉に顔を背ける。

 アシュンという少女の、ズボンのチャックが全開だったのだ。

 それに気づいたアシュンが、またキャッと声をだして、カウンター側の椅子に蹴躓いて、脇に置いてあった花瓶を床に落として割ってしまう。

 たちまち床が水浸しになり、またアシュンが焦る。


「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、まず、奥行ってきちんと服用意してきな。花瓶は、こっちで片しとくからさ」

 バークが安心させるように、慌ただしいアシュンという少女に声をかける。

「チャック全開のまま、パンツ丸見えなのですよ~。まずは、その純白パンツを隠しましょう~。なんだかお嬢ちゃんは、わたしと気が合いそうです~」

 ヨーベルがクスクス笑いながらいう。

 アシュンは顔を真っ赤にして、前かがみになって、思わず歳が近そうなリアンと目が合ってしまう。

 リアンも目が合った瞬間、気がつかなかった振りをして、床に落ちた花瓶を拾ってその視線を意図的に避ける。

「ほらほら、お客さんもこういってくれる。お前は、毎回テンパると、どうしようもないな。叔母さんたちが帰ってくるまで、わしがいないと、やっぱりダメなようだなぁ。ほれ、奥行くぞ。すみませんな、お客さん、もうちょっとだけ待ってくださらんか?」

 漁師の老人が落ち着いてバークたちにいうと、孫娘らしいアシュンの腕を引っ張って、奥に連れていく。


 その後、戻ってきたアシュンによる、つたない宿の説明があったあと、リアンたちの泊まる部屋のカギを出してくる。

「部屋は、選ばしてくれないのかい?」

 バークの、別に困らせるつもりでいったわけでない一言で、またアシュンが混乱したようになる。

 慌ててバークのほうが、必死にフォローに回る。

 あっぷあっぷのアシュンの接客を見て、ヨーベルによるジャルダンの説法会を思いだしたリアン。

「頑張りが空回りしてるんだね、これから慣れていかないとね」

 リアンが小声で、ヨーベルに話しかけた。

「そうですね~。あれだけテンパってると、面白くてもっと観察したくなります」

 うれしそうにいうヨーベルだが、「ジャルダンの説法会では、あなたもそうだったんですよ」とまではいえなかったリアン。


 古い旅館の廊下を抜けると、その先は、別世界のような高級感あふれるホテルの廊下がつづく。

「旧館のほうもありがたいことに、ほとんど埋まっているんです。こっちの新館も、今朝、一部屋空いたばかりなんです」

 先頭を歩くアシュンがそう教えてくれる。

「けっこう繁盛してるのね」

 アモスが、綺麗な廊下を眺めながらいう。

「おかげさまで~」と、アシュンがうれしそうに返す。

「予約もなしに来た一見を、そんないい部屋に通してくれていいのかい?」

 アートンがアシュンに質問すると、アシュンは一瞬彼の顔を見てから頬を赤らめる。

「えっと……、せっかくだし、いいお部屋使ってもらいたくって」

 アシュンがちょっと緊張したようにいう。


「いちいち謙虚に遠慮するのが、礼儀正しいとでも思ってるのかよ、おまえは! 人の好意に水を差すな!」

 アモスが不快そうにいい、アートンのお尻を蹴る。

 その行為に、アシュンと老人が驚いたように目を丸くする。

「ハハハ、このふたりはいつものことだよ、気にしないで」

 バークが、驚いてるアシュンに笑いかける。

 アートンが不満そうな顔をし、アモスがニヤニヤ笑っている。

 廊下には、これからの街の観光名所になりそうな、建設予定の完成予想図が、絵画のように飾られていた。

 リアンたちは足を止めて、それらの説明をアシュンから受ける。

「うちの村って、リゾート地としては、まだまだ未開発状態なんです。お客さんのほとんどは観光じゃなくって、視察が目的みたいな感じです。お客さんたちも、似たような感じですか?」

 アシュンがリアンたちに尋ねてくる。


「あたしたちは、単純に観光よ」

 アモスがそう答える。

「わぁ、まだ宣伝とかは、それほどしてないのに、どこで村のこと知ったんですか?」

 アシュンが興味深そうに訊いてくる。

「海辺の村ってことで、興味があったのよ。ほんの気まぐれよ」

 アモスが、施設の完成予想図を眺めながらアシュンにいう。

「サイギンから、来られたんですよね? この村の宣伝をやってくれている、プロモーションチームがいるから、その人たち繋がりかな? 誰の紹介で、この村に来られたんですか?」

「これ、アシュンや……」

 ここで漁師姿のままの老人が、興奮気味のアシュンにいう。

 老人の手には、アートンがいつも持つ大きなカバンと、例の三人組の持っていたアタッシュケースがあった。

「お客さんたちの素性を、あれこれ詮索しなさんな」

 荷物を抱えた老漁師にいわれ、アシュンが謝罪しまくってくる。

 バークが大丈夫ですよ、と平謝りのアシュンにいう。

 そうこうしていると、リアンたちは一番奥の突き当りの部屋に到着した。

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