74話 「迷いは大きく」 前編
リアンとヒロトの不安は、大きくなるばかりだった。
あれからナオは、フラフラとした足取りながらも、確実に市庁舎の正面フロント方面に、向かっていたからだ。
デモ隊の騒ぎと高揚感が、ナオの精神を刺激しているかのようで、チラリとナオの顔が見えるたびに、彼の形相が変化しているのをリアンとヒロトは感じる。
デモ隊など我関せずといった感じで、エンドール正規兵による警備隊は、市庁舎側の沿道で若干ニヤニヤしながら、車道の先のデモ隊を、珍獣を見るかのように眺めていた。
そんなエンドール軍の正規兵たちがザワリとする。
市庁舎から闊歩してきたひとりの大男に、兵士たちの視線が注目する。
その大男は漆黒の衣装に身を包んだ黒人で、二百センチに届きそうな長身ながら、すごくスレンダーな体型をしていた。
黒いレザーのジャケットに、独特の腕章をつけたこの男は何かと話題の「サルガ」の一員だった。
腰に幾本ものナイフを装備し、街中だというのに原始的な弓を肩にかけ、矢筒を腰にぶら下げていた。
肩や首周りにフサフサの鳥の羽根をまとい、求愛中の孔雀のような派手さが、目立ちたいのか闇に紛れたいのか、どっちなのかわからない。
この「サルガ」の隊員の名はワンワンといい、ぶらりと警備中のエンドール兵たちの前を、今回のように気まぐれでよくうろつくのだ。
最初は、この男の奇行が問題になったが、司令代理肝入りの「サルガ」の一員ということで、今ではもう完全に放置状態になっているのだ。
ワンワンは懐から水晶球を取りだし、エンドール兵の好奇の視線を物ともせず、その透明な玉を凝視しつづける。
「うむむ……」と唸るワンワンの奇行を、固唾を飲んで見守るエンドールの正規兵たち。
キワモノ揃いと噂の「サルガ」の中でも、このワンワンという変人は群を抜いていた。
「やっぱ何も見えないわ、気のせいか」
さんざん真剣な表情で煩悶していたワンワンだが、信じられないぐらい軽い口調で水晶球を懐にしまう。
「帰ろ帰ろ。やぁ、ご苦労様!」
見た目と奇行、それに反するような普通の口調のギャップが激しい、ワンワンという人物に挨拶され、笑いをこらえてエンドール兵が敬礼する。
「しっかし、連日うるさいね。誰かひとり、見せしめに射殺してやろうか? 弓で射殺されたって、別にエンドール軍の犯行とも思われないんじゃないか?」
ワンワンの突然の提案に、慌てたようになるエンドール兵たち。
「あの……。冗談なんだけど、どうしてそんなに真剣になるんだ?」
本当に解せないといった感じでワンワンがいい、堂々と市庁舎に帰っていく。
彼にとっては本当に冗談なのだが、その奇抜な見た目のせいで、とてもじゃないがそうに思えないのだ。
ワンワンは市庁舎までの道を歩きながら、遠くに見える廃タワーを視界に入れる。
「あそこから飛び降りた男、今も成仏できてないようだな。未だ霊体となって飛び降りつづけているな。いやはや哀れなもんだな。生前恨みを買いすぎて、彼への強い怨念が、あらゆる霊どもを呼び寄せているよ。あのレベルの除霊をするとなると、俺なんかじゃ無理だろうな」
廃タワーの、展望台付近を見つめながらワンワンがいう。
「ま、死んだ人間は、どうでもいいわな。なんでこんな面倒な力、俺持ってんだろな。死人なんか別に、助けたいとも思わないよ、まったく面倒な血筋だよ……」
作中でも数少ない、霊能力という力を持つワンワンだったが、本人にとっては別にどうでもいい力だったのだ。
彼自身は、隠密戦闘に特化した隊員で、投げナイフや弓の技量が随一だった。
霊能力を使うといった場面など今まで一度もなく、ある種、宝の持ち腐れのような人物でもあった。
一方、生きてなお亡霊のような表情のナオという男は、若いカップルの多い、一軒のオープンテラスのバーに入る。
そこでさらに酒を頼むと、席からずっと市庁舎を出入りする高級車を、にらむように見つめていた。
リアンとヒロトはバーに入れないが、ナオという男の動向をうかがえる場所に陣取り、じっと彼を監視していた。
すっかりリアンとヒロトの距離は縮まり、リアンが自然とヒロトの手を引いていた。
傍から見ればカップルのようでもあり、ヒロトは困惑したが、今はされるがままにしていた。
リアンにしてみると、ヒロト相手だということを忘れたわけではないのだが、ついヨーベルと同じような感じで接してしまっていたのだ。
ナオをしばらく監視する、リアンとヒロト。
ナオは注文した酒を飲みながら、ずっと手にしていた酒瓶の酒をラッパ飲みしたりと、二種類の酒を交互に飲み分ける。
かと思えば甘いスイーツを複数個注文し、それを貪り食いながらまた酒を飲む。
周囲のオシャレなカップルたちが、奇妙で貧相なナオの行動を、あからさまに笑いの種にしているのがわかる。
ナオの行動は終始支離滅裂で落ち着きがなく、傍から見ているリアンとヒロトも、彼の行為が笑われているのを目にしていると、自分たちがまるでそう見られているようで、いたたまれない気持ちになってくる。
ナオは食べ差しのケーキをテーブルの上に残し、椅子に沈み込むようになりながら市庁舎を見上げる。
そして、しきりに懐の辺りをゴソゴソとしだすのだ。
傍から見れば、ボリボリ胸元をかきむしってるようで、ナオの奇行の一種に見えたかもしれない。
ところが、ここでリアンがあることを思いだす。
「ねぇ……。アモス……、あの人から銃、取り上げたっけ?」
「え……?」
リアンの不安そうな質問に、ヒロトがひと声驚く。
そしてヒロトは、考えて思いだしてみる。
「と、取り上げてないよね?」
リアンとヒロトが異口同音、同じタイミングでいう。
ナオという男は、懐に手を突っ込んだまま動きを止め、市庁舎に出入りしてくる高級車の動きを、鋭い眼光でじっと見つめている。
「あの人、市庁舎をとにかく見てるけど、その……」
リアンはいいにくそうにヒロトに訊く。
「誰か特定の人を、特に恨んでるとかあるのかな?」
「ううん、特には……」と、ヒロトが首を振る。
「エンドールの軍人はもちろんだけど、それに与する人間も、すべからく恨んでたみたいだから……」
まるで過去の自分を反省するように、ヒロトは唇を噛みしめる。
リアンはそんなヒロトの様子を見ながら、「おしなべて」と誤用してるなと思っていた。
「とにかく、あそこの正面を出入りする人は、要人の可能性が高いんだね……」
リアンは散発的にやってくる、高級車から出てくる紳士淑女たちを眺める。
今また、高級そうなスーツを着た紳士が、市庁舎のドアマンに案内されて建物の中に入っていく。
「エンドールの要人は、マスコミの連中を連れ回してることが多いから、けっこう大所帯なのよ。だから、すぐわかるんだ……」
「へぇ~、そうなんだ」
ヒロトの言葉に、リアンが感心したようにいう。
「この国の報道機関が、やけにエンドールよりなのは、やっぱり根回しの結果なのかな? うちのバークさんが、そんな予想をしてたんだけど」
「その人すごいね、だいたい合ってるよ。最初、あなたのお父さんと勘違いした人かな?」
ヒロトは、初めてバークと会った時のことを、思いだしてモジモジする。
「うん、その人だね」といって、リアンは軽く笑う。
「マスコミを抱き込むのは、エンドール統治で重要な任務なんだろうって。フォールだけじゃなく、エンドールや他の国の特派員もいたりするみたい。あとね、今回の戦争を監視している国際機関もいたりするから、エンドールはなおさら変な行動は、取れないみたいだね。マイルトロンでいろいろあったみたいだから、国際機関も統治や戦闘行為に対しても、監視の目が厳しいんだって」
ヒロトがかつて、仲間たちが話していたことをリアンに教えてくれる。
「ヒロト物知りだね、すごいや。僕は、初めて知るようなことばっかりだよ。戦争を監視してる人、なんかがいるんだね……」
リアンは素直にヒロトの博識ぶりに感心し、殺し方の監視ってどんなだろうと、くだらないことを考えだしていた。
殺気を放ってはいるものの、ナオの動きがなくなってきたので、なんだか暇になって、リアンも注意力が散漫してきた。
リアンもヨーベル程ではないにしろ、けっこう飽きっぽくダメ人間の素養を備え、堪え性が無い人種なのだ。
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