74話 「迷いは大きく」 後編

 しばらく動かなくなったナオを観察していたが、凶相を示したかと思えば、途端にしょぼくれた顔になる。

 交互に表情を変化させる挙動不審な彼も、やはり相当悩んでいるのは理解できる。

 当然といえば当然だろう……。

 時間が経ちクールダウンしてきたのもあるだろうし、目の前に来たことで、「怖くなった」という感情が、湧いてきても何も不思議ではない。

 ナオは、思い悩んでいるようにソワソワしている。

 自分がやろうと考えているのは、完全なテロリスト行為だという現実に直面して、自分の中の理性と戦っているのだろう。

「あの人、相当迷ってる感じだね……。諦めて、帰ってくれたらいいんだけど……」

 リアンは思わず出そうになった、あくびを我慢してヒロトにいう。


(こういう時に、アモスがいてくれたら……)


 リアンは特効薬としては最高に使える、アモスの存在をまた思いだした。

 面倒事があると、なんでもアモスに任せてしまいそうになるほど、彼女の強引で猛烈な突進力はリアンのような少年でも、切り札として頼ってしまいたくなるのだ。

 ただもちろん、劇薬としてその副作用は、強烈に残ることも自覚はしていた。


 苦悩するナオの様子を見て、自分も傍から見れば同じようなものだったんだなという、羞恥心に似た感情をヒロトは覚える。

 隣のリアンを意識してしまうと、ヒロトはさらに赤面してしまいそうになるのだ。

 そして、未だに繋いだ手を見て、ヒロトは耳まで赤くする。

「ねぇ、ヒロトはあの人と、あんまり接点がないとかいってたけど……。あの人が、最悪の行動を取りそうになったら、ヒロトが止めるってことはできる?」

 リアンがヒロトに、イザという場面になった場合の、ナオの制止をお願いしてみる。

 別にリアンがもう飽きて、面倒になったから、ヒロトに丸投げしようというわけではなかった。

 最悪の事態になりそうな場合、ヒロトにお願いできるかを、真面目に質問したのだ。


「う、うん……」

 やや逡巡したヒロトだが、これは自分にも大きく関係ある事案なので、精一杯大きくうなずいてみた。

「ナオさんが動きだして……。変な行動取ると思ったら、頑張ってみる」

 不安そうだがヒロトがいう。

 いいながらヒロトは、リアンに握られたままの手を強く握り返す。

「あっ!」

 ふたりが思わず、人通りの多い中で同時に声を上げてしまう。

 ふたりは赤面するが、誰もリアンとヒロトに注目する人はいない。


 ナオが酒瓶を持ったまま、ついに席を立ち、バーを出ようとしているのだ。

 その表情に凶相はないが、懐のあたりを相変わらずゴソゴソしていたり、不安にさせる挙動には変化がなかった。

「釣りはいらないよ……」

 なんだかそんなことをいってみたナオだが、声が小さくか細いので、店員が普通に釣りを返してくる。

 バツが悪そうな顔をして、返された釣り銭をポケットにしまうと、ナオは店を出る。

 リアンとヒロトは、ナオの行方を再び追いはじめると、不安がまた込み上がってくる。

 ナオはフラフラと千鳥足のまま、明らかに市庁舎の入り口付近が、見やすそうな場所に向かっているのだ。

 ナオの向かう市庁舎入口付近は、口だけやたら攻撃的な反エンドール勢力が罵詈雑言を浴びせており、太鼓をたたきながら中指を立てて、気狂いパフォーマンスをしていた。

 それを警備するフォール警察と、物珍しげに眺める見物人とカメラを構えたマスコミたち。

 車道を挟んだ反対側は、屈強なエンドール兵が完全武装で、市庁舎入り口付近で鉄壁の警備をしていた。


 ナオは、その近くにある花屋の前の街灯にもたれかかる。

 人口は密集し見るからに怪しいのが多いので、ナオ程度の人間は完全に埋没してしまっている。

 ナオは手にした酒瓶をまたラッパ飲みして、車道の車を一台一台観察している。

 市庁舎付近はとにかく警備が厳重で、何かあれば即取り押さえられそうだった。

 反エンドール勢力の罵詈雑言は度が過ぎていて、エンドール側も今は看過しているが、少しでもおかしな行動をすれば、一気に今までの恨みとばかりに武力鎮圧されそうでもあった。

 いつ弾けるかわからないふくらんだ風船、という例えがしっくりするような現場だった。

 ある種観光名所にもなり、見物人やマスコミの姿が多く見られるのも、その風船が弾ける決定的瞬間を、期待しているかのようでもあった。

 そんな緊張感に満ちた現場を観察するナオを見ながら、リアンなりに考える。


(一発の凶弾で、テロは完成するわけだから、案外あの人……)


 ナオという男が、確実に懐に隠し持っている銃を思いだして、リアンはゾクリとする。

「やっぱり、ここまで来たら、猶予はないかもしれないよ。ねぇ、ヒロト!」

 ここでリアンが、やや大きめの声でヒロトの名前を呼ぶ。

 ドキリとするヒロトが、真剣な表情のリアンの顔を見る。

「あの人を止めよう! もうここまで来たら、いつ間違いが起きちゃってもおかしくないよ。あの人が行動したら、最悪ヒロトだって、仲間と思われて捜査の対象になるんだし。僕たちと一緒に、エンドール行くんだったら、絶対に止めておかないと!」

 リアンに真剣にそういわれ、ヒロトは目が覚めたような思いをする。

「そ、そうだね!」

 ついに、リアンとヒロトが決意する。

 ナオという男をつれ戻すために、ふたりは行動を開始しようとした。


 そんな時だった……。

 聞き覚えのある声が、ふたりに話しかけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る