75話 「黒塗りの高級車に」 其の一
作品の探偵役といいますか、そういう役割を担っているキャラの登場になります。
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「で、その面白い女神官さんですが、結局正体はわからずじまいなんですね」
黒塗りの高級車の後部座席に乗った、どこかくたびれたような、メガネをかけた小太りの中年男性がユーフに訊く。
中年男性は後部座席で、やけに若くてチャラい男とチェスの対局をしていた。
滑り止め加工をした盤面とチェス駒のおかげで、普通の車の運転ぐらいの揺れなら、対局にも影響がない優れものだった。
メガネの中年男性が、独自で作った自慢のチェスキットだった。
「ええ、でも正体はどうせ、あの豚野郎御用達の娼婦でしょうよ。僧衣まで着せて、今夜はお楽しみとは、とんだ破戒僧ですぜ。羨ましいったら、ありゃしねぇぜ。一生で一度でもいいから、聖職者なんて抱いてみたいもんすよ。案外尼僧なんて溜まりまくってるから、土下座でもしたら、簡単にやらせてくれませんかねぇ」
助手席に座る「サルガ」の一員のユーフが、下卑た笑いを浮かべてネーブ主教の行為を羨ましがる。
「そう思うなら、一度試してみればどうかな? わたしは別に止めはしないけど、その時は、うちにもうユーフくんの席は残ってないよ」
「そりゃないっすよ、旦那ぁ!」
強面のユーフが、珍しく情けない声をメガネの中年男性に漏らす。
先程会っていたキネとツウィンのそばを離れたユーフは、本来の任務である護衛に戻ったのだ。
その護衛対象が、チェスを指すメガネの中年男性だった。
「おまえも、僧衣を着せたまま抱きたいだろ? 着せたまま、ってのがポイントだ! わかるよな! もちろんよ!」
ユーフは黙って聞いている、運転手の髭面の男に尋ねる。
しかし運転席の男は、黙って前を見て、ユーフを無視して運転に集中していた。
「いつもなら食いつく内容なのに、旦那の前では、何いい子ぶってんだよ。アットワーヌの名前を汚したくないとか、まだそんなこといってるのか? おまえがケリーのおこぼれ、食いまくってるのは知ってんだからな」
ユーフの口撃に、困ったような表情になる運転中の髭面の男。
「兄貴、その話題は勘弁してくださいよ」
髭面の男が強面の眉を下げて、兄貴分のユーフにいう。
「チヒロはバカだが、貞操は硬いからな。あいつもいい加減、エンブル同様、素直になればいいのによ!」
忌々しそうにいうユーフが、道路の真ん中を見て気がつく。
「シャッセ、またクソガキどもの群れだ! 道の真中で歩いてたら、轢き殺されても文句いえないって法律は、フォールにはないのか?」
ユーフが、道の真中で馬鹿騒ぎをしている、学生の集団を発見して愚痴る。
それを見て、運転手のシャッセもスピードを落とす。
「そんな法律、どこの国にもありませんよ。まったく、問題はほんと、起こさないでくださいよ。エンドールもフォールも、デモ隊には静観を決め込んでいるんですから、あなたも挑発には乗らないようにね。中指立てるのはこの国では、今は正しい行い、ってことらしいんで我慢してくださいよ。わたしたちはただでさえ、いろいろ目立ってるんですから」
チェスのコマを動かしながら、小太りのメガネ中年がいう。
「でも、やっぱあの中指は、おしまい願いたいものですね」
メガネ中年男性と対局している、チャラくて若い男が笑いながらいう。
沿道でデモ活動している連中が、絶えず中指を立てながら、自分たちの乗る高級車に罵声を浴びせてくる。
「黒塗りの高級車だと、連中誰でもお構いなしかよ。どんだけ狂犬なんだよ」
ユーフが呆れたようにいい、うんざりと座席に深くもたれかかる。
「いやぁ、それにしても元気ですね、ほんとこの人たちの狂いっぷり」
チェスをしていた若い男は、沿道のデモ参加者たちを見てから、少しフフフと意味ありげに笑う。
「そういや僕らサルガは、同じコマンド部隊から嫉妬の対象ですからね~。有能な僕らが妬まれて嫉まれるのは、むしろ光栄ですよ。無能な連中は、結果も出せないからネーブ主教みたいなのに揉み手しながら、くっつくしか芸がないわけですよ。僕らが軍本部から優遇されてるのも、いたって普通ですよね。そうですよね? ユーフ兄さん?」
メガネの中年男性と対極していた、チャラチャラした若い男がユーフにいう。
「なんか、おまえがいうと気に食わねぇ! ガキのくせに、知ったような口利くと、その口縫い合わせるぞ! それに最近、自分が特別みたいな言動増えてきて、それも合わせてウザいぞ!」
ユーフが、若い男に対して不愉快そうにいう。
「またまた~、そんなこという~。昔は可愛がてくれたのに~、どうして急に邪険になるんですか~。若さへの嫉妬ですか? 勘弁して下さいよ、ユーフ兄さん。僕怖くて、泣いちゃいますよ」
若い男が、ヘラヘラと笑いながらいう。
「一言も二言も、余計な言葉が多いんだよ! なんなら泣きながら、小便漏らさせてやってもいいぞ?」
拳をパキパキと鳴らしてユーフがすごむ。
「あとだな、そのチャラい格好も、気に喰わないなぁ! なんだ、そのケリーもどきみたいな容姿はよ! 最近は女遊びも覚えたそうじゃねぇか、このクソガキがぁ!」
ユーフはジャラジャラと金銀のアクセサリーを身につけた、同じサルガのケリーとどこか似たような雰囲気の、軽そうな若者に一喝する。
「で、僕もその女神官さん、気になりますね~」
若い男が、クイーンの駒を動かしながらいってくる。
「ニヤついて、いうんじゃねぇよ! ったくよぉ! あどけなかったハイハ少年も、ここまでチ◯ポ面に落ちぶれるのかよ!」
ユーフが、落胆したようなことを大声でいう。
「僕は別に、落ちぶれてなんかいないですよ。成長ですよ、成長! ……やっぱり単に、嫉妬混じってません?」
「うるせぇよっ!」
ユーフがハイハという青年に怒鳴る。
「僕がこういう格好をして、好き放題わがままさせてもらってるのも、おじさんの策の一貫なんですから。その辺り、いい加減理解してくださいよ」
ハイハが目の前の、メガネの中年男性を指し示してユーフにいう。
「いい加減理解しろとか、年長者にいうものではないですよ、ハイハくん。そこは謝っておきなさい」
メガネの中年男性がハイハにいう。
「あ、そ、それもそうですね。すみませんでした」
メガネの中年男性にいわれ、素直に謝罪するハイハという若者。
ジャラジャラとアクセサリーが音を立てて、耳障りでユーフの癪に触る。
「せめて、そのジャラジャラ外せよ! うっとおしくてたまらんぞ! おまえがケリーだったら、十秒で身ぐるみ剥いで土下座させてるぞ!」
ユーフがそういうが、ハイハが困ったような表情をする。
「仕方ないですよ……。市長夫人や助役夫人、宝石商の某さんとかが、プレゼントしてくれるんですから。つけておかないと、不興買いますよ~。僕の今の任務は、俗物を頑張って演じてるんですからさぁ。僕だって、本当はこういう、ジャラジャラしたのは苦手ですよ」
ハイハが首や腕、指につけたアクセサリーを、不快そうに見せつけてくる。
「そういうことですよ、ユーフくん。今は折角取りつけた信用を、失わないようにしないとね。この街では、他の団員にも閑職をしてもらったりと、僕も申し訳ないと思ってるんですよ。でも、人脈をここで築いておけば、後々役立つこともあるはずですからね。十年前と同じ轍を踏みたくないのは、ユーフくんも一緒でしょ?」
メガネの中年男性の言葉に、仕方なくユーフは耳を傾ける。
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