32話 「不穏なヨーベル」 後編
「ちょっと、主人っ!」
ここでアモスが、声を荒げて乱入してくる。
驚いてバッツが、ヨーベルに差していた指を慌てて下ろす。
「うちの看板女優に、何しようとしてるのよ!」
アモスがズカズカとやってくる。
反射的にバッツが、ヨーベルから飛び退く。
「手ぇ、出したら承知しないわよっ! 隣のオプション込みで二万フォール程度の、安っい女とは違うんだからね!」
アモスが、バッツに詰めよるようにいう。
「そ、そんな、滅相もない……。さすがに高嶺の花過ぎて、わたしなんかにはとても」
バッツが慌てて、両手を振り乱して否定する。
「よしよし、その辺り、きちんとわきまえてるのね?」
アモスの口元がニヤリと吊り上がる。
「も、もちろんでございます」
本能的に、アモスという女性に立ち向かうのは、危険と察知しているようなバッツの態度。
そんな様子を見て、「感心だわっ!」とアモスがいう
すると、アモスがヨーベルの顔を見て、あることに気づく。
「ヨーベル、あんた顔、火照ってない?」
アモスが指摘したように、ヨーベルの顔は紅潮している。
よく照れたりすると赤面するヨーベルだが、今回は妙に真っ赤だった。
キッとアモスは、バッツをにらみつける。
「オッサンっ! 何かスケベなこと、したんじゃないでしょうね!」
「いえいえ、まだ何も!」
バッツが思いっきり焦って否定する。
「あれ……?」
アモスは、ヨーベルの額に手を当ててみる。
「あんた身体、熱くない? まさか、風邪でも引いた?」
アモスが驚いてヨーベルに訊く。
「う~ん……」
自分でも額に手を当てて、ヨーベルはじっくり考え込んでみる。
「あ~……。ちょっと、熱っぽいかもです……」
ヨーベルの言葉を聞き、アモスが眉をひそめる。
「そういやあんた……。島にいた時も、よく風邪引いてたわよね」
「え? 知ってるんですか?」
ヨーベルが、キョトンとした表情でアモスに訊く。
「いや、なんでもないわ。とにかく今夜は、さっさと部屋で寝ておきな!」
アモスが、珍しく人を気遣うようなセリフをいう。
「は~い、そうしま~す」
ヨーベルは赤い顔のまま、不自然なまでに元気にいう。
「では、お薬を用意しますよ」
バッツが急いでカウンター奥の引き出しの中から、薬を探そうとしてくれる。
「ありがとうございま~す」脳天気なヨーベルの声。
ガサガサと、慌ただしく引き出しを開けるバッツの姿を、アモスが眺める。
すると、アモスが入り口に気配を感じる。
宿に客が来店したと思ったが、入り口に現れた人物の姿を見て、アモスの目つきが鋭くなる。
ちょうど、宿のひとり娘のヒロトが帰ってきたのだ。
もう夜の八時を回っているというのに、こんな時間までヒロトは外出していたらしい。
別段、そのことについて注意をする気もないアモスだが、何か嫌味でもいってやろうかとも考える。
ヒロトもアモスがいることに気づき、ふたりが一瞬にらみ合う。
ヨーベルは、ぼうっとしていてヒロトの存在に、気づいていない様子だった。
すぐさまヒロトがアモスから目を逸らして、カウンター付近を通り抜けようとする。
あえて何もいわず、アモスは無言でヒロトの後ろ姿を視線で追いかける。
「あちゃ~! こんな時に、風邪薬が切れてるとか……。おっ! ヒロトじゃないか! ちょうどいい所に!」
バッツがヒロトの姿に気づきいう。
「風邪薬を、お隣から譲ってきてもらえないか?」
バッツがそういうや、バタバタとヒロトは無言で走り去っていく。
階段を、駆け上がっている音がする。
そんなヒロトの行動を、アモスが黙ってにらみつけている。
娘の態度に唖然とするバッツだが、いつものことかと思い直し、深いため息をつく。
そして、アモスに対して申し訳なさそうな、照れ臭そうな顔をバッツはする。
「……まったく、困った娘だなぁ。アモスさんヨーベルさん、また娘が失礼な態度ですみません」
バッツは、アモスとヨーベルに謝る。
「本当に不快な娘ね。喉、掻っ切ってやりたいぐらいよ……」
アモスのドスの利いた低いつぶやきに、バッツは冷や汗を流す。
「ヨ、ヨーベルさんも、不快にさせちゃったとしたら、ほんと申し訳ないです。すみません、うちの娘がいろいろと……」
バッツは、アモスの言葉を聞こえなかったことにして、ヨーベルに対して先日の無礼を含めて再度謝罪するが、当のヨーベルは上の空。
風邪で思考能力が低下しているのか、ヨーベルはヒロトにもバッツにも無反応で頬を紅潮させたまま、不自然な笑顔のまま突っ立っている。
「薬はすぐ用意しますので、先に部屋で休んでいてください」
ヨーベルの様態を心配したバッツが、そう言葉をかける。
「は~い!」と、妙に元気なテンションでヨーベルがいう。
「親戚がやっている、医院の場所もあとでお教えしますので、明日診てもらうといいかもしれません……」
バッツは、まだヒロトの逃げ去った階段を、にらみつけているアモスにそう提案する。
本気で怒っているようなアモスの感情を、少しでも彼なりに和らげようとしたのだ。
「あら、いろいろ悪いわね。ほら、ヨーベル部屋戻るよ」
アモスが素っ気なくそういって、ヨーベルの手を引っぱる。
「お大事に~。薬はすぐお持ちしますので!」
バッツが、部屋に戻るアモスとヨーベルの背中に向けて声をかける。
そして急いで、隣の売春宿に薬を貰いに走る。
階段を上がっている最中、アモスはヨーベルが抱え込んでる雑誌に気づく。
「その本は、なんなのよ?」
「お部屋で読もうかと~」と、ヨーベルがいう。
抱えた雑誌は丸まっていたので、どんな雑誌かはアモスには判別できなかった。
雑誌のことよりも、今は早くヨーベルを部屋で寝かせようとアモスは考える。
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