10話 「まさかの南下」 前編
翌朝、今日も昨日同様の快晴だった。
青い海が燦々と光り輝いている。
潮騒と、建設現場から聞こえてくる騒音のアンバランスさが、妙に耳に心地いい。
リアンはヨーベルと一緒にテラスに出て、そこから望める美しい景色をただじっと眺めていた。
ヨーベルはテラスに来てから珍しく口数も少なく、ぼんやりとリアンの隣で景色を楽しんでいた。
ヨーベルの胸にかけた、壊れた懐中時計が、時折陽の光を反射してまぶしい。
「噂の白竜さまというのは、こんな晴天には現れないのでしょうね」
やっと口を開いたと思えば、ヨーベルはこんなことをいう。
「どういった、荒ぶり神なんでしょうね? こんな綺麗な海を、あの看板の絵のような禍々しい姿に、変貌させるぐらいですからね」
ヨーベルがいってるのは、前日見かけた、古い立て看板についてのことだろう。
彼女にとっては、青い海よりも、そちらのほうが興味深い対象なようだ。
海辺の村育ちといっていたヨーベルにしたら、確かにこういう海の風景など、特に目新しいものではないのだろう。
リアンは、ヨーベルの故郷について訊こうと思ったが、それを止める。
この一団の過去に、探りを入れるようなことは、控えるようにするのがルールになっているからだ。
しかも、ヨーベルは過去にいろいろありそうなので、リアンは深入りするのを躊躇ってしまうのだ。
例の忘れようと思っていた、ジャルダンの洞窟で独白した彼女の、信じがたい話しをリアンは思いだしてしまう。
本当の神官じゃない。
人を殺めた。
それを告白する際の、今までとは全然違う雰囲気……。
チラリとヨーベルの表情をうかがい、リアンは慌てて、嫌な過去の彼女のイメージを振り払う。
リアンは青い海を見つめながら、内心ひどく狼狽していた。
「もし白竜さまが出てきてくれたら、ここも特等席なんでしょうけどね~。竜というだけでロマンがあるのに、純白なんですよ。もう、最高と最高が合体した存在ですよ。やっぱり白竜さまは、古代の魔法生物だったりするんでしょうかね?」
キラキラした瞳のヨーベルがそんなことを、いつものトーンでいってきたのでリアンは正気に戻る。
しかし、「ど、どうだろう……」と、答えるのがリアンには精一杯だった。
オカルト好きモードのスイッチが入ったような感じのヨーベルを見て、だんだん不安になってくる。
「同じモンスターなら、やっぱり竜は憧れますよね~。意味不明で下等な、雑魚モンスに生まれるぐらいなら、志は高く持ちたいですよね」
「竜になりたいの?」と、リアンは話しを適当に合わせてみる。
「だって、嫌な思い出とか、大嫌いな人とか、大嫌いな場所とか、大嫌いな人を、熱線で焼き尽くしたいじゃないですか」
大嫌いな人、というフレーズを二回もいったヨーベルの口調は、どこか重さを感じさせる。
そのセリフを聞き、「ああ、やっぱりヤバい感じだ」とリアンは思った。
ヨーベルの瞳はうっとりとして、一点を注視している。
ヨーベルをこっちの世界に戻すために、リアンは見よう見まねで、アモスのようにチョップでもかましてみようかと思うが、躊躇してしまう。
やはり女性に手を挙げるなんて、リアンにはできそうになかった。
すると、部屋から大きなアモスの声が聞こえてくる。
何事かと思い、リアンとヨーベルが同時に部屋を見る。
アモスのおかげで、ヨーベルが正気に戻ったようになる。
「キタカイに向かうって、おまえ正気かよ!」
アートンがアモスに怒鳴っている。
アートンとバークは、低俗な雑誌を我慢して読み、今後の旅に必要な情報収集をしていたところだった。
そこに、アモスがいきなりやってきて宣言したのだ。
「次の目的地はキタカイだ」と。
「あたしは、いつでも正気よ!」と、アモスがアートンに食ってかかる。
「じゃあ、どうしてキタカイなんかに向かうっていうのか、説明してくれよ!」
アートンが、アモスに物怖じせずに訊き返す。
そんなアートンをバークがなだめる。
やけに熱を帯びているアートンが、アモスの逆鱗を踏んで逆襲されるという、最悪の展開だけは阻止したかったバーク。
「なぁ、アモスよ……。こっちは、クウィン方面に戻るために、いろいろ検討してるんだぜ。その努力を、踏みにじるようなことして、なんになるっていうんだよ。迷惑かけて楽しみたいかもしれないが、さすがに自重してくれよ。いまさらキタカイなんて、向かう理由ないだろ?」
バークが諭すように、アモスにいいきかせる。
「そんなくだらない理由じゃないわよ! 人のこと、性悪女みたいな風に、決めつけないでもらいたいわね!」
性悪そのもののアモスの憤慨したような言葉に、アートンとバークがため息をつく。
「キタカイに行きたいから、行くっていってるのよ! 他に理由なんてないわよ! あんたらをどうこうなんて、今回は考えてないわよ!」
アモスが、テーブルの上に広げられていた地図を、引ったくりいう。
「その、なんだ……」
口ごもり気味にバークがいう。
「例の三人組、彼らからは、もう解放されたんだぜ。いまさら、キタカイなんか行く必要ないんだぜ、それでも行きたい理由ってなんだよ?」
「例の三人組って誰よ?」
わざとらしく、アモスがとぼける。
それを聞いて、バークは頭を抱えたくなる。
「あたし、サイギンでいわなかった? キタカイなんて、名前しか知らない土地だから、一度行ってみたいって! その理由に、文句あるっていうの?」
アモスの言葉に、アートンがすかさず、「あるに決まってるだろ!」と突っ込む。
「カッチ~ン! アートン、あたしに、そんな口きいていいと思ってるわけ?」
アモスがアートンをにらむが、アートンもここは引かない。
「明らかに、間違った方向に向かおうとしてるから、指摘してるんだよ! いくらなんでも、むちゃくちゃ過ぎるだろ。なぁ、本気で考え直してくれって……」
後半はアモスの視線に怯んだアートンが、やや弱気になっていう。
「リアンくん、ヨーベルいいところにきたわっ!」
アモスが、テラスから帰ってきた、ふたりを見つけていってくる。
「キタカイに向かいたいよね?」
アモスが鋭い目つきのまま、柔らかい口調でリアンとヨーベルに尋ねる。
「おい、ふたりを威圧してるんじゃないよ……」
バークがアモスに弱々しくいう。
部屋に入ってきたリアンとヨーベルは、だいたいだが、アモスがまたワガママをいいだしたのだと判断できた。
「アモスさぁ、今この国は戦争状態なんだぞ……」
バークが、ほぼ諦め気味の口調でいう。
「それぐらい知ってるわよ!」と、アモスがすぐに返す。
「そうか、それなら話しも早いよ。キタカイっていえば、次の主戦場になる場所だぞ」
バークの言葉に、アモスがため息をつく。
「何度いえば気が済むのよ、いってるでしょ! 別にすぐに、行くわけじゃないって! 戦闘が終わって、キタカイをエンドールに、占領させてからっていってるでしょ」
アモスが、キタカイがエンドール領になることを、前提にした言葉をいう。
「別に戦闘真っ只中の、キタカイに向かうわけじゃないわよ! 戦闘が終了するまでは、この村にいるわよ!」
アモスが、ものわかりの悪い男性陣ふたりに、憤慨したようにいう。
「占領後だとしても、キタカイなんて行く必要ないだろ!」
アートンがアモスに怒鳴ったのを、バークが制する。
「あたしが、行きたいっていってるの! あんたの意見なんか、どうでもいいのよ!」
アモスの口調がヒートアップしてくるのを、リアンが駆けよって慌ててなだめる。
「アートンも落ち着けって。で、アモスよ……。俺たちは、エンドールに向かうんだろ? なのに、どんどん離れていってどうするんだよ」
バークがまた、諭すようにアモスにいう。
バークのいう通り、アモスの望みを聞いていたら、目的地のエンドールから離れていく一方だった。
キタカイは、ヒュルツのさらに南にある港湾都市だ。
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