9話 「名将は誰?」
「じゃあ、起床時間は八時ってことで! おやすみなさいませ!」
アシュンがそういって、振り返った瞬間だった。
足元にあったバッグに蹴躓いて、盛大にひっくり返った。
バークとアートンが慌てて駆けよる。
「平気です、よくあることなんで! 荷物は大丈夫でしたか?」
跳ね上がったように立つアシュンが、逆に不安そうに尋ねてくる。
「問題ないよ、こっちは衣類しか入っていないからね。じゃあ、気をつけてね」
バークがアシュンにいい、送りだす。
アシュンとハイレル爺さんが部屋から出ていって、急に静かになった部屋。
残ったリアンたちは、ソファーに腰掛けたりしだして一息つく。
「アシュンちゃんは、元気でドジな女の子ですね。わたし、親近感湧いちゃいます」
ヨーベルが、クスクス笑いながらいう。
どこか彼女に対して、優越感のような感情を、抱いているような印象をリアンは受けてしまった。
「で、どうよっ! ここに来て良かったでしょ? 感謝しなさいよ~、あたしの気まぐれに!」
アモスが勝ち誇ったようにいう。
「そういう、恩着せがましいいい方ができる度胸、ほんと羨ましいよ」
アモスにアートンがいう。
「おまえが、ヘタレなだけでしょ? あと、感謝が感じられないから、わざわざ言葉に出していってるのよ! ほらっ! 足でも舐めて、感謝の意を表してみせろよ!」
アモスの挑発を、アートンが悔しそうに我慢する。
バークが、テーブルの上の雑誌を漁りながらため息をつく。
バークの不満そうなため息を聞いて、アモスの眉間に皺がよる。
ネーブの一件を蒸し返したら、アモスは怒鳴ってやろうと思った。
しかしそうではなく、バークのため息の正体は雑誌の内容だった。
バークが見せてきた誌面には、「フォール軍戦意喪失潰走秒読み開始」「弱すぎるフォール陸軍」「エンドールに支配されたほうがマシ」等々。
当該国のマスコミとは思えない、すさまじくネガティブな内容が、誌面には踊っていた。
自国のフォール軍を貶しまくり、逆に、侵略者のエンドール軍を褒め称えるような内容なのだ。
キタカイはまだエンドール領ではなく、フォール領のはずなのにだ。
「いったい、キタカイの街にとって、フォールってなんなんだろうな? サイギンでも感じたけど、この愛国心のなさってのが、あまりにも異常と感じてしまうのは、俺だけかな?」
バークが、苦笑いをしながらいってくる。
「愛国心? くっだらねぇ! なんだそりゃ、そんなのが、なんになるんだよ」
アモスが口元を歪め、不愉快そうにいう。
「キタカイでは、もうすでにエンドール軍を、歓迎しているんでしょうかね? なんだか、命を賭けて戦ってるフォールの兵隊さんたちに、ひどく同情しちゃいますね」
リアンが少し寂しそうにいう。
リアンにも、愛国心というものが別にあるわけでもないが、ここまで身内から弓を引かれるような記事を前にすると、バーク同様の気分になる。
バークの読む記事を、読もうとしたリアンだが、バークがパタリと誌面を伏せる。
「おっとゴメンよ、また見ないほうがいい、いかがわしい記事があってね」
バークはそういってリアンに謝る。
誌面は、風俗関連の広告が大きく占めていたのだ。
「リアンやヨーベルは、この辺り、あんまり見ないようにな」
バークが、いくつかの雑誌を指差しながら呆れつつ、そんなことをいう。
「あら、リアンくんにとっては、有意義な誌面じゃない。むしろ、好きなの選ばせてあげるぐらいの、寛容さはないの?」
アモスがいい、ドスケベな広告をリアンとヨーベルに見せる。
照れるリアンと、「おお~!」とヨーベルが興奮する。
アモスの手からアートンが雑誌を奪い取る。
「なんだよ、こらっ! カマトトぶってんじゃないわよ! リアンくんなら、もう興味あっていい年頃でしょ。あんたらが、寛容にならなくてどうすんのよ! まったくさあ!」
無言で、風呂場の様子を見にいくアートンの背中に、アモスが文句をいう。
「じゃあ、リアンくん、今夜はお姉さんと一緒のお部屋で、いいことしようか! いろんなこと、教えてあげるからね!」
アモスが、困惑しているリアンの腕に抱きつく。
「おいおい、本気で止めとけって。彼はまだ子供なんだから、もう少し先でいいだろ」
バークが、アモスをリアンから引き離す。
「あの~、話変わりますけど、この人、よく新聞に出てますね。エンドールの、司令官代理さんでしたっけ?」
リアンが赤面しながら、話題を変えるために、まともそうな新聞記事を指差す。
その記事には、ひとりのエンドール軍人の、凛々しい姿が印刷されていた。
「ああ、パニヤ中将だな。この戦争の、司令官“ 代理 ”さまだな」
バークが、やけに代理の部分を強調気味に教えてくれる。
「そういやよく見かけるな、パニヤさんか……。確か、ハーネロ戦役の英雄を祖父に持つ、典型的な世襲将軍様だっけか。アートン、評判はどうなんだ? クウィン要塞を落としたって大戦果が、俺としては未だに信じられないんだがなぁ」
新聞記事の一面に、凛々しく写る軍人を見たバークが、風呂場に行っているアートンに訊く。
「なんでアートンごときが、この男の評価知ってるのよ。ただの三流看守なんじゃないの、あいつ」
アモスが、いかがわしいモノでも語るようにいう。
「三流でも四流でも、なんでも勝手にいってろ。パニヤの三代目は、“ 無能の極み ”って、話題だけは有名だからなぁ……」
風呂場から部屋に戻ってきたアートンが、アモスの顔を見ずに不満そうな口調でいう。
「お坊ちゃん将軍さま……、でしたっけ? ぼ、僕なんかが、口にするのもはばかられますけど、そういう評判でしたね……」
リアンがいいにくそうに、そうパニヤの評判を口にした。
「確か、前の司令官がマティージャンっていう、これもハーネロ戦役の英雄の息子なんでしょ? こいつが戦線離脱してから、このパニヤってのが来たんだっけ? だとしたら、クウィンをずっと落とせずにいて、戦死者たくさん出した、マティージャンってヤツより、こいつのが有能ってことじゃないの? こいつが胡散臭そうってのは、同意見だけどね」
アモスがパニヤ中将の、やけに見栄えにこだわったような構図の写真をにらむ。
「マティージャン元帥は、すごく優秀って聞いてますけど?」
リアンがその場のみんなに、尋ねるように訊く。
「このお爺さんですか? すごく大きい、お爺さんなのです!」
ヨーベルが紙面から、エンドールの指揮官の集合写真を見つけて驚く。
前任のマティージャン元帥が、まだ戦線離脱しなかった時期に、撮影された写真のようだ。
他の将官よりもはるかに大きく、身長が二メートルはありそうな、容貌魁偉の大男だった。
「先代の大マティージャンも、蛮族の勇者で、彼もその血を引いているって話しだな」
バークが、ヨーベルの見せてきた紙面を見ていう。
ハーネロ戦役時代に、のちに英雄王と讃えられるアーレハイリーンとともに戦い、トゥーライザのひとりに数えられる先代のマティージャン。
彼は森の民と呼ばれる蛮族の勇者で、アーレハイリーンのために、得意の戦斧でいくつもの戦果を上げた猛将だった。
その息子も今は、英雄である父と同じ名前を引き継いでいた。
先代を大マティージャン、次代を小マティージャンと呼んでいた。
小マティージャンも、先代同様恵まれた体格を持つ、堂々とした勇者だった。
齢、七十になるというのに、老いてもまったく衰えることのない不老の勇者と称されていた。
今回のガミル戦役の、エンドール軍の総司令官として着任しており、マイルトロン戦では多くの戦果を上げていた。
「勇者の名を継ぐ者」として名を馳せるマティージャン元帥だったが、性格は温厚で清廉潔白だった。
人望も厚く、総司令に就くことに異論を挟む者が、誰ひとりとして現れなかったほどだった。
統治下に置かれた旧マイルトロン領でも、寛大な統治を心掛け民衆から支持されていた。
しかしクウィン要塞戦で、不運が起きる。
最前線で指揮を執っていたマティージャン元帥が、フォール軍のスナイパーに狙撃されたのだ。
運良く銃弾は逸れるが、この時に落馬してしまい重症、以降戦線離脱を余儀なくされるのだ。
マティージャン元帥はこの戦いで意識不明の重体になり、代わって司令官代理として登場してきたのが、件のパニヤ中将だったのだ。
パニヤ中将も、ハーネロ戦役で戦った高名な将軍を祖父に持つ、三代目将軍だった。
家柄も良く、西部方面の司令官として、長年その地位に就いていた。
ところが祖父に反して、息子のほうは無能として評判だった。
だからマティージャン元帥に代わって、パニヤ中将が総司令の代理に就いた人事には、疑問の声が噴出したのだ。
西部司令の時から目立った功績もなく、しかも対マイルトロン戦でかなりマズい戦いをして、指揮官としての素養を疑われてもいたのだ。
そんな悪評がつきまとうパニヤ中将だったのだが、クウィン要塞陥落という大戦果を上げたのだ。
この予想外の勝利で、膠着状態だった対フォール戦が、一気にエンドール優勢になるのだった。
「蛮族の勇者の子孫ねぇ」
胡散臭げに、マティージャン元帥の写真を眺めるアモス。
「つまり蛮勇に任せて、要塞に突撃しまくって、クウィンで戦死者出しまくったんでしょ? 無能って言葉は、このデカブツにこそ、ふさわしいじゃない。どうせ英雄の子孫ってことで威張り散らして、無駄な死者いっぱい出したんでしょうよ。死んだ連中も、自業自得よ。英雄の指揮で死ねたってことで、あの世とやらで鼻高々でしょうよ」
アモスが不愉快そうにいう。
愛国心という言葉に嫌悪感を持つように、彼女にとっては国のために、死を賭して戦うという行為自体が、ナンセンスなようだった。
そんな会話をしている時、アートンはひとりマティージャンと、エンドール将官たちの集合写真を黙って見つめていた。
「どうした、アートン?」
バークにいわれ、アートンはハッとする。
「あ、いや、そうだな……。そういや、結局どうしてクウィン要塞が落ちたのか、わからないままだったなぁって思っててさ。どこにも情報ないだろ? これだけ軍とも蜜月なマスコミなのに、そんなスクープ報道しないでいるって、不自然だなって」
アートンの言葉に、バークはうなずく。
「確かにな、どうもそのあたり腑に落ちないな」
「別に、どうでもいいじゃん。あんたらのものいいって、無能っていう下馬評を信じてバカにしてたパニヤってヤツが、好評価されてるのはおかしい! マティージャンのほうが、いい将軍のはずなのに! とかいってる、その辺のガキみたいよ。実際、要塞落としたんだから、パニヤってのが有能ってことでいいじゃないのよ」
そういうとアモスはタバコを一本取りだし、ヨーベルがすかさずそれに火を点ける。
「ほんと、男の嫉妬って、なんか醜いのよね~。認めたくない男の功績は、死んでも認めないみたいな、腐った考え! 正直ふたりとも、すっごい小人みたいで滑稽よ」
アモスの吐く煙に包まれた、蔑みに満ちた言葉が、バークとアートンにまとわりつく。
憮然とした表情のふたりだが、互いに顔を見合わせる。
悔しいが、アモスの全方位に対する毒舌は、時折ハッとさせられることも多かったりする。
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ここでもパニヤ将軍が二代目だという箇所、三代目に変更させて頂きました。
こういったミス、無いようにしますが、またでてきたら申し訳ないです><
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