8話 「無垢な嘘つき」
いきなりヨーベルが、そんな言葉をいったので、アシュンが驚きの声を上げる。
「ええええ~っ! そ、そうなんですか! すっご~いっ!」
アシュンが、キラキラと目を輝かせてヨーベルを眺める。
「おいおい、ヨーベル……」
バークが困ったように、ヨーベルを小突く。
「あれっ? そういうことに、なってませんでした?」
ヨーベルが、不思議そうに首をかしげる。
どうやらヨーベルは、アモスのハッタリが原因で、いらぬことに巻き込まれたという自覚がまったくないようだった。
「そうかそうか、劇団員さんたちなのか。うむ、なんとなく合点がいくなぁ」
ハイレル爺さんが、ヨーベルを見、次いでアモス、リアン、アートンを見渡す。
確かにみな、かなりの美形ぞろいだった。
唯一例外が、バークだが……。
きっとバークは、今までの話しぶりから察するに、マネージャーか何かなのだろうと思ったハイレル爺さん。
だが劇団員と聞き、何の疑問も抱かず信じたハイレル爺さんだが、どこか暗い表情を見せる。
「劇団ねぇ……。役者か……」
ポツリとそうつぶやき、ハイレル爺さんはリアンの表情を見る。
リアンは彼のその視線に気がつかず、ヨーベルに対して必死に何かを耳打ちしている。
「ほ、本物なんですね! じょ、女優さんですよね! そりゃ、こんなにもお綺麗だったら!」
アシュンは、興奮で顔を赤めながらヨーベルに訊く。
「え~と? そういうことで、いいんですよね? 違いましたっけ?」
リアンの必死の耳打ちも理解せず、劇団員という初期設定を、ヨーベルは未だ引きずっている。
困惑しているリアンたちの表情を見て、ヨーベルもさすがに不安になってくる。
どうやら本気で、劇団設定を継続するのだとヨーベルは思っていたようだ。
「そうよっ! こっちの娘は、うちの看板女優さんだからね!」
アモスがうれしそうな笑顔で、ヨーベルのハッタリを肯定して、彼女を改めて紹介する。
照れくさそうなヨーベルだが、まんざらでもない様子。
それを羨望の眼差しで見つめるアシュンは、口をポカーンと空けている。
「あ、あ、後でサインもらっていいですか? いつか有名人さんが来てくれると思ってたけど、こんなにも早く夢が叶うなんて!」
興奮気味に足踏みしながら、アシュンがいう。
「色紙とペンを用意してくださいね!」
ヨーベルが、ペンを手にしたアクションをして、すぐさま口にする。
「お爺ちゃん、色紙残してたよね!」
「うん? フロントのどっかに、山積みしていたはずだが……」
アシュンの質問に、ハイレル爺さんが思いだしながら話す。
「そうだっ! 変色してきたから、まとめて捨てようと思ってたんだよね! 捨てなくて良かった!」
アシュンが安堵のため息を漏らす。
「こっちのデカいのも、いちおう俳優よ!」
アートンの尻を、アモスがおもむろに蹴る。
「ってえなぁ! なんで蹴るんだよ!」
アートンが反射的にアモスに怒鳴る。
「見た目はマシなのに、ちっとも人気出ないからよ! この穀潰しっ!」
アモスの言葉に、アートンは絶句するしかない。
ここでまたいい返せば、面倒なことになるのは間違いないので、アートンは応戦しないことにした。
悔しいが、この一行でのヒエラルキーは自覚してるし、先の村での一件で、アモスの凶暴性も改めて自覚した。
余計な口論は、どういう事態に発展するか、わかったものではないのだ。
そんなアートンが、バークと目が合い、彼が無言でサムアップしてくるのが見えた。
意図はわかるが、なんでサムアップなんだよと、アートンは心の中で思う。
「ダメよねぇ。使えないのよ、ほんとこのデカブツ。大根だし、馬鹿だし、空気読めないし、アドリブもできないし、ボケも突っ込みもいまいちだしね。しかも、生来、反抗的ときてる……」
アモスが、ニヤリと笑ってアートンにいう。
「はいはい、すみませんね、精進しますよ」
アートンが、ヤケクソ気味にそういう。
「こっちの男は役者じゃないわ、こんなオッサン、舞台に立たせるわけいかないでしょ? 一応、役者崩れのうちの劇団長よ。ほら、何か芝居がかった挨拶でもしてみなさいって」
アモスの無茶振りに、バークは苦笑いするしかできなかった。
「ね、才能ないの、今の反応でわかるでしょ? でも、マネージメントは上手なのは確かだから、団長やってるのよ。お金の管理とかもね、この慰安旅行もこいつが提案したのよ」
アモスが勝手に、どんどん話しを進めていく。
「そうなんですね、わざわざこんな辺鄙な村に、お越しくださってありがとうございます」
アシュンが、バークの手を握って感謝する。
「いや、なんかこの村が、すごい変貌しようとしてるってのは、うちらの界隈で噂になってたからね。暇ができたから、行ってみようって……」
さらりとバークは、アモスの嘘に乗っかってそう説明した。
チラリとアモスの顔を見ると、ニヤニヤして黙って聞いている。
(まったくよぉ、行く先々で、この茶番するつもりかよ……)
バークは心の中で、アモスに対して悪態をつく。
「あ、じゃあ、皆さんのサイン! 今すぐ色紙持ってきますので、お願いしていいですか?」
アシュンは興奮であたふたしてる。
「そうね~、どうしようか凄腕マネージャー?」
そんな言葉を、アモスは小馬鹿にしたような口調で投げかける。
「もう、お好きにどうぞ……」
バークはひとり、テラスから部屋に戻る。
「わぁいっ! ありがとう!」
アシュンのうれしそうな声が、夜空に響き渡る。
「これからここは、観光地として賑わうんだから、今のうちから、そんなに浮ついてたら大変よ。サインぐらいしてあげるから、すぐ持ってきな」
アモスがそういうと、不安そうにしてるリアンの側にやってくる。
「は、はいっ! あわわ、わたしちょっと興奮しすぎですね!」
アシュンが急に我に帰ったように、感情を自制しだす。
「すみませんな、この娘は、昔からこんなでしてなぁ。まったく、そのミーハー癖は、いつになったら卒業するんだい。そこのお嬢さんのいう通り、今からそんなに浮ついてると、本当に不安になりますわい」
ハイレル爺さんがアモスを見てから、アシュンにため息混じりの声でいう。
「お爺ちゃん、お客さんの前で、ちょっと止めてよっ!」
アシュンがハイレル爺さんに、照れたように文句をいう。
「色紙には、そっちのお嬢ちゃんだけに向けて書けばいいの? サインに書いとくから、フルネーム教えな」
アモスは、ニヤニヤとアシュンに尋ねる。
「あっ! わたしですか! アシュン・トマルです! これから数日間、お客様が満足できるよう、精一杯努力させていただきますね! いたらぬ点は多々有りますけど、頑張りますので、どうぞいい思い出を作って帰ってください」
アシュンがペコリと頭を下げる。
「“ 海の見える宿 ”ってのは、昔から続く名前なの?」
アモスがアシュンに尋ねると、アシュンがやや照れくさそうにうなずく。
「安直すぎるから、この機会にハイカラなのにせいと、いっておるんですけどね」
ハイレル爺さんの言葉に、アシュンは今度は眉を下げて、困惑の表情を見せる。
「アシュンもなんか照れくさそうね、名前変えるなら爺さんのいう通り、今のうちがいいんじゃない?」
アモスが気軽にそんなことをいう。
「ちょっとね……。アハハ、なんていうか、思い入れがあるっていうか。安直なのは確かで、照れくさいってのもあるんだけどね……」
なんだからしくない、歯切れの悪いアシュンの言葉だった。
そんなアシュンを、複雑な表情を一瞬浮かべて眺めたハイレル爺さんの顔が、リアンには妙に印象に残った。
(なんだろう? 何か事情があるんだろうな。またアモスが、執拗に訊きださなきゃいいけど……)
不安そうにするリアンだが、アモスは新しいタバコを取りだし、ヨーベルに火を点けさせていたので、その辺り気づかなかったようだ。
アモスが夜空を眺めながら、旨そうに煙を吸い込む。
「それじゃあ、そろそろわたしたちは、退出しますね! 疲れたでしょうから、もうお休みになられたほうがいいですよね! 色紙はすぐお持ちしますけど、明日でも構いませんので、お願いできたらさいわいです!」
アシュンが、一瞬暗い表情になったのを振り払うように、そう元気に宣言する。
「ああ、もうそんな時間か」
アートンが客室にある時計を見て、もう二十三時になっていることに気づく。
「風呂に入って、俺たちも休むか。部屋にあるバスルームも、お湯がいつでも使えるんだよね?」
アートンがアシュンに尋ねる。
アートンにいわれ、アシュンはまたモジモジしたようにうなずく。
「そうだ、え~と。リビングのそこの通信機、カウンターと直通なので、何かあったら連絡ください。これもニカイド製品なのでとっても便利ですよ、あとでテスト送信してみてくださいね。音声がすごく綺麗で、ビックリするかもしれないですよ。軍仕様の、最新鋭通信機なんですって!」
アシュンの言葉に、アートンがピクリと反応する。
「以上ですけど、他に何か質問とかありますか?」
「通信機について、詳しく訊いていいかい?」
アートンがアシュンの言葉に被り気味で、食いついてくる。
アシュンとアートンが、通信機を前にして盛り上がっている。
その様子をアモスが、ねっとりした目つきで眺めている。
すると、いきなり外から轟音が聞こえてくる。
「ん? なんだ?」とバークが、再びテラスに出る。
どうもエンジン音らしいが、やけに大きいので驚いたのだ。
リアンもベランダに出て、様子をうかがう。
見ると、宿の駐車場に停めてあった大型のガッパー車のバンが、ちょうど発進したばかりだった。
「そういえばあのバンも、この宿に関係する、出入りの業者さんなんだよね?」
リアンが走り去るバンを指差して、アシュンに尋ねる。
が、アシュンはアートンと一緒に、まだ通信機の前で話し込んでいる。
盛り上がっているふたりを、リアンは無言で見る。
「少年、あれも君のいう通りの、視察に来た業者だよ」
アシュンの代わりにハイレル爺さんが、リアンの肩に手を乗せていってくる。
「夜の海を見たいってことで、ここ数日、海岸南の岩山で撮影をしておるみたいなんだよ。いろんな角度から、村の紹介をしてくれるなら、願ったり叶ったりだろうでな。環境にも配慮してくれて、村のガイドの者も同行させておるみたいだから、安心していいだろうよ。若干、面子がチンピラぽいのが気になりますがの……」
そこまでいって、ハイレル爺さんは咳払いをする。
「おっと、他所のお客さんのことを愚痴るなど、よろしくありませんでしたな。今のは、聞かなかったことにしてくだされ。ほんとわしは、口が軽くてよろしくありませんな」
ハイレル爺さんが、薄いはげ頭をペシリとたたくく。
「そうそう、一団のリーダーさんは、とても陽気で気さくな男性ですよ」
取ってつけたような、フォローをするハイレル爺さん。
「あ、そういえばなんですが……。ひとついいでしょうか?」
バークの呼びかけに、ハイレル爺さんが何事かと思う。
「申し訳ないんですが、俺たちが泊まってる間は、できればお忍びってことでいいですか? だからさっき話した内容は、ここだけの秘密にしといてくれるとありがたいです。俺たちは、休暇にきた一般観光客ってことで、よろしくです」
そうバークがお願いして、ハイレル爺さんが了解する。
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