10話 「まさかの南下」 後編
「じゃあ、訊きますけど! 例の件が起きてから、まだ数日よ。うちには、ネーブ殺害容疑のかかったバカひとりと、実行犯がいるのよ!」
「まだ俺が、やったわけじゃないだろ……」と、バークが不満そうにアモスにいう。
「実行犯じゃなくても、立派な容疑者がふたりもいるのよ! そんな一団が、ノコノコとサイギンに戻るっていうの? もう一回いうけど、事件が起きてからまだ数日よ!」
アモスがヨーベルの顔を見てから、タバコを一本取りだして口にくわえる。
それを見たヨーベルが、自分の仕事だと、うれしそうに駆けよってライターで火を点ける。
ヨーベルに一言もなく、煙を吐きだすアモス。
「容疑者探しに躍起になっているであろう街に、戻るほうがどうかしてるわ! それなら、無関係な街に行って、時間稼いでるほうが安全じゃない」
「もう一回いうわね!」と、アモスが鋭く釘を刺してくる。
「すぐに向かうってわけじゃない! いいっ! 理解した? あたしがいつ、戦況がどうなるのかも未定の状態の、キタカイに向かいたいっていった? あんたら、ほんと理解力ないわね。いい加減にして欲しいわ、なんだか、またあんたらが、無性に不要に思えてくるわ」
アモスが忌々しげにいうセリフを、リアンが驚いてたしなめる。
「わかったよ……」
渋々納得したようにいうバーク。
今は、この一団のイニシアチブは、アモスが完全に握っていることを、理解しているバーク。
彼女がそうしたいといえば、そうするしかないと諦めた。
「バーク本気かよ! キタカイでも、サイギン同様の捜索が、行われている可能性だってあるぞ。いくらアモスのいうことでも、そこは折れないほうがいいぞ」
アートンがバークに質すようにいう。
「おい、アートン!」
アモスのキツい口調に、部屋の空気が一変したようになる。
「な、なんだよ……」
アートンが不安そうに、アモスに訊き返す。
「おまえの理屈でいえば、サイギン同様、この村でもその内、捜索が行われる可能性もあるぞ? 今のフォール国内で、本当に安全な場所なんてどこにもないわよ。相変わらずの頭の悪さで、いい加減憐れみさえ感じるわね」
アモスがニヤニヤしながら、アートンにいう。
「とにかくだ、この話題でこれ以上話したところで、堂々巡りだよ。今は、アモスのいう通りにしておこうじゃないか。目下、こいつの気分を害するのが、一番不安で恐ろしいよ、俺は」
バークがアートンにいい、彼をソファーにつかせる。
「バークはこの一団のことを、よく理解しているわね。どこに行っても、状況は変わらないのよ」
勝ち誇ったようにいうアモスに、アートンが悔しそうにする。
不満そうなアートンの様子を見て、アモスはどこか満足そうな。
従順にことが進むよりも、多少なりとも反発があったほうが、アモス的にはいい展開なのだろう。
ワガママを貫き通すことで、自分が優位なポジションに立てるという満足感が、アモスには存在していたのだ。
本当に厄介な女だなと、バークは思ってしまう。
このままじゃ、わざと反発を招くような選択肢を、これからも出してくる可能性があるのだから。
「じゃあ、次の目的地はキタカイで決定よ! リアンくん、ヨーベルも異議ない?」
アモスが改めて、リアンとヨーベルに訊いてくる。
「キタカイ行ってみたいです~!」
うれしそうなヨーベルと、無言でうなずくリアン。
会話が一段落すると、そのタイミングでノックの音がする。
やってきたのはアシュンだった。
本館の旧食堂で、朝食の用意ができたと伝えにきた。
「他のお客さんは、お部屋で摂る方が多いので、食堂は空いてますよ! 朝食も、海鮮料理ふんだんですよ! 是非ご賞味あれ! ですっ!」
アシュンが、朝から元気なテンションでいってくる。
でもそのおかげで、微妙な空気になっていたリアンたちの一室に、温かい風が吹いたようだった。
「そうだっ! お爺ちゃんが、村の教会を見せてあげるといってました! もしお暇なら、案内しますけど、どうされます?」
アシュンがそんな提案をしてくる。
「教会? この村の宗派の?」
バークが尋ねると、アシュンがニコリと笑顔になる。
「実際に見てもらうと、驚くかもしれないです。だから、よければ、直に見てもらえたらって思います!」
アシュンは、期待を持たせるようなことをいう。
「あら、気になるわね。そこまでいうなら、こっちもそれなりに期待するわよ。リアンくん、ヨーベル行ってみるわよ。で、あんたらふたりは、情報収集してな!」
アモスが高圧的に、アートンとバークにいう。
「いわれなくても、そのつもりだよ」
バークがアモスにいい、アシュンに向き直る。
「そういえば、今日キタカイから物資の搬入があるんだっけ?」
「はい、一週間に二度の、キタカイ便が来ますよ! 今日の昼前には、着くと思います! 新しい新聞とか、他のお客さんが特に求めているわけじゃないので、優先的にみなさんにお持ちしますね!」
バークの質問に、アシュンが元気に答える。
「叔父さん夫婦が、その担当だったんだよね?」
バークがアシュンに確認すると、やや間があってから、アシュンは力強くうなずく。
その様子を見て、リアンはまた妙な違和感を覚える。
人の微妙な感情の機微、特にマイナス方面に関しては、リアンは人より敏感に察知できた。
これは、彼が常に人の顔色をうかがいながら、暮らしてきたからでもあった。
(叔父さん夫婦とは、仲があまり良くないんだろうな……)
リアンはアシュンの様子を見てそう思うが、絶対に口にはしない。
努めて明るく振る舞っているアシュンに対して、その話題を出すのは、あまりにも不躾だろうとリアンは思った。
他の誰かが、その件を突くんじゃないかと思い、余計な不安まで感じるリアンだが、ここは杞憂で済んだ。
アシュンが部屋から出ていくと、リアンたちが朝食に向かうための準備をする。
「教会ってことは、まさかこの村独自の信仰対象! ひょっとすると、あの白竜信仰のことかもしれませんね! 実は、昨日からアシュンちゃんとお爺さんに訊きたかったんですが、いろいろ空気を読んで、訊くの我慢してたんです!」
まるで褒めてくれといわんばかりに、ヨーベルがリアンにいってくる。
「あんた、このオッサンに配慮してたのか? ヨーベルなんかに、遠慮させるなよな! あんたさぁ、二度と暗い顔するんじゃないわよ」
ヨーベルの言葉を聞いて、アモスがバークにヤレヤレという表情でいう。
「ネーブの一件は、ほんとに驚いたんだ、悪かったよ……」
バークが、後悔したようにいう。
「でも、今日の新聞で、ますますモヤモヤが増すかもね。ウフフ、それでも、辛気臭いのはご法度だからね! あたしと仲良く咎人になるのか、それとも無実が判明するのか! 楽しみね~、バーク?」
アモスの言葉に、バークは眉を下げ腕を組んで考え込む。
どこまでも人を嘲るようなアモスの態度に、アートンが文句をいおうかと思うが、バークが無言で訴えかけるような視線を送ってくる。
仕方なく、そこは矛を収めるアートン。
「白竜さまのこと、いろいろ教えてもらえるといいな」
バークが、ヨーベルに明るく笑いかける。
が、やはりどこか無理をしているバークの感情を、リアンは敏感に感じ取ってしまう。
リアンは部屋を出ていくバークの背中を見て、ネーブ主教の一件が彼と無関係であることを心から願う。
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