11話 「教会と白竜」 前編

「えっ? あれ~?」

 リアンが、その建物を見て目を丸くする。

「あれって、ひょっとして?」

 メガネを掛けたことで、視力が上がったヨーベルもそれに気づく。

「うん、僕も今気がついたよ。あれって、オールズの教会だよね?」

 リアンが意外そうにつぶやく。

「あら、忌々しい!」

 アモスも目の前に現れた建物が、オールズ教会だとわかり、心底嫌そうに吐き捨てる。

「あれが、お見せしたいといっていた教会ですよ。そう、よく知っていますな、オールズ教会ですよ」

 ハイレル爺さんが、驚いたようにリアンたちにいう。


 リアンたちがエンドール出身で、しかもヨーベルが、オールズの神官だったことなどハイレル爺さんは当然知らない。

 オールズ教会にある、独特の「歪な円」のシンボルマークをリアンたちが眺めている。

 なんだか最後に見たのが、相当昔のような気分すらする。

「すまんな、お嬢さん、期待していた白竜さま関連でなくてな。それでも、これもけっこう驚きでしょう?」

 ハイレル爺さんが、笑いながらヨーベルにいってくる。


「オールズさんには、実はけっこう、馴染みがあったりします」

 といった瞬間、ヨーベルがアモスの手刀を食らう。

 驚くハイレル爺さんに、アモスが再び白竜の話題を尋ねる。

「ああ、白竜さまはですねぇ……」

 ハイレル爺さんがいいにくそうにいう。

「ハーネロ戦役の騒動があってから、その伝承を記した関連書物や遺跡が、喪失してしまいましてな。わしより古い世代なら、知っておったかもしれませんが、伝承がほとんど伝わることなく、断絶してしまったのですよ。今にして思うと、貴重な文化遺産だっただけに、惜しいことですわな」

 ハイレル爺さんが、申し訳なさそうにいう。


 ハーネロ戦役は、フォールという国土で大きな爪痕を残した。


(ハーネロ戦役時、この地方には本来はフォールではなく、別の固有名称があるのだが便宜上フォール地区と、ここではつづけけさせてもらいます)


 この騒動のせいで、多くの文化や歴史が一度、フォール王国領では白紙同然にされているのだ。

 ゼロからの立て直しとして、舵を切りだしたフォール王国だが、喪失した歴史の再建というのも大きな課題だった。

 しかし、ハーネロに荒らされた国土や文化の被害は甚大で、二度と戻らないそれらが、苛烈だった歴史を人々に再認識させる。

 結局、多くの文化や歴史は、二度と還ることなく、災禍の歴史の闇へと葬られてしまう。

 そんな失われた文化のひとつが、この村独自の白竜信仰だった。


「今、奇跡的に残っているのが、村にある小さな祠だけなのですよ」

「それ見ました~! なんだか素敵な絵の看板がありました!」

 ハイレル爺さんに、ヨーベルがうれしそうにいう。

「実は、あの祠の中には、何も残っていないのですよ。ですが、村に存在した文化遺産として、形だけは残していたんですよ。お嬢さんがご覧になったのは、かつてこの村に来た画家が、口伝として残っていた白竜信仰の御神体とともにあった絵を、再現してくれたものなのですよ。あの看板、元の絵をかなり再現している、とのことらしいですよ」

 ハイレル爺さんの言葉を聞き、ヨーベルはやや残念そうな顔をする。


「すごく荒々しい感じの、どこか怖い絵だったんですけど、やっぱり畏怖の対象だったりしたんですか?」

 リアンがハイレル爺さんに尋ねる。

「う~む、正確にはわからんのですがのぅ……。ですが、わしが子供の頃の記憶では、それに近い存在らしかったようです。さすがにわしも、ハーネロ戦役の後の生まれなので、ほとんど記憶がおぼろげでしてな。いやいや、まさかここまで白竜信仰について、ご興味があるとは思ってもおりませんでした」

 そういってハイレル爺さんは笑う。


「村の観光アピールにしたいとは思っておったようですが、ほとんど実態が残っておらん存在を宣伝するのもどうかと、二の足を踏む連中も多いのですよ。言葉は悪いですが、ほとんど妄想や捏造といっていいですからな、そうなってくると……」

 ため息をついたハイレル爺さんが、ふと目を閉じる。

「なにせ、とある連中を連想して、わしもいい気分がしませんのですよ」

 ハイレル爺さんが、苦々しく口にする言葉は小さかった。

「とある連中?」と、アモスが興味を持つ。

「おっと、この発言はよろしくありませんな。今の発言は忘れてくだされ、耄碌爺、口が緩くなっておりますな」

 笑ってごまかすハイレル爺さんが、自分の頬を無骨な平手でパシパシとたたく。


「そうそう、リアンくん、こういうものをあげよう。お嬢さんもいかがかな?」

 ハイレル爺さんは腰の魚籠から、いくつかの飴玉を出してくる。

「ありがとうございます」と、ヨーベルはうれしそうに飴玉をもらう。

 リアンも礼をいい、ハイレル爺さんから飴玉をもらう。

「なんだか、さっきいいかけた言葉をなかったことにするために、買収してるみたいね。そんなに、突っ込まれると嫌なことなのね」

 アモスがニヤリと笑いながらいう。

 また照れた笑いを浮かべつつ、ハイレル爺さんは飴玉をアモスに渡そうとする。

「飴はあたしは、遠慮しとくわ」

 アモスはタバコを出して、こっちのが好きとハイレル爺さんにアピールする。

「ホホホ、お嬢さんは、そちらがお好きでしたか」

 アモスの嗜好を理解して、ハイレル爺さんがうれしそうに笑う。


「そういえば、あそこに今、船がおりますでしょ?」

 ハイレル爺さんが、指を青い沖の方向に指差す。

 リアンたちがそちらを見ると、一隻の漁船が漂っていた。

「昨日ちょこっとお話しした、ここ数日、海岸南の岩山の調査とか、撮影しておる団体さんが、今あそこの船におるんですがね」

「ああ、昨日デカいガッパー車に乗って、夜中出ていったっていう連中ね。あいつら、確かアムネークから来てるんだっけ?」

 ハイレル爺さんの言葉を聞き、アモスが昨晩のことを思いだしたようにいう。


「アムネーク観光公舎と、車にありました! エンドールから、わざわざ来られた人たちなんですよね!」

 ヨーベルも思いだし、それを受けてリアンも駐車場に停まっていた、大きなバンを思い浮かべる。

「そうそう、彼らです。その彼らも、かなりのヘビースモーカーで、酒好きでしたよ。少々、第一印象は怖いですが、同じような嗜好の話題で、盛り上がるかもしれませんよ。せっかくだから、見聞を広げるために、ご紹介でもしましょうか? よく宿の遊戯室に、おられるようなので。メンバーには、女性もふたりほどいたようですし」

 ハイレル爺さんが、他の利用客の紹介を買ってでてきてくれた。


「悪いわね、あたし酒とタバコは嗜むけど、人付き合いが好きってわけでもないのよ。どういう連中か、多少興味はあるけど、積極的に絡みたいとは思わないわ」

 アモスがキッパリそういって、ハイレル爺さんの提案を辞退する。

「おお、そうでしたか、それはこの耄碌爺、また余計なお節介をしてしまいました」

 ハイレル爺さんは薄い頭髪をペシペシたたいて、アモスに謝る。

「わたしは、ちょっと気になります~。だってほら、アムネークから来たんですよね?」

 ヨーベルがここで言葉を止めて、意味深にリアンとアモスの表情をうかがう。

 そのどこか、得意満面のヨーベルの表情にイラッときたアモスが、少し眉をひそめる。


「あいつらはどういう経由で、フォールに来たの?」

 ヨーベルの言葉を受けて、とりあえず訊いておいたほうがいい情報を、アモスが質問してみる。

「確か、エンドール軍と行動をともにしていたと、おっしゃっていましたよ。金さえ払えば、よろこんで協力するあまりお行儀の良くない軍人がいるようで」

 ハイレル爺さんが、そう教えてくれる。

「なるほど、軍隊と一緒だから、危険なマイルトロンも民間人が通行できたわけね。連中だけで、マイルトロンを通れるわけないわね」

 アモスが、沖に浮かぶ漁船にいるらしい、アムネークから来たという業者たちを見る。

 ハイレル爺さんの返答次第では、どうやってマイルトロンを経由していたのか訊くために、アモスは接触も検討していた。

 だが、軍に守られての進行だとしたら、自分たちには真似できそうもないと、すぐに諦めたのだ。


「旧マイルトロン領は、何かと物騒な話題を聞きますからなぁ。軍の保護でもない限りは、民間人の侵入は控えたほうが、いいとも聞いておりますよ」

 ハイレル爺さんの言葉を聞き、リアンの表情が曇る。

 やはり、マイルトロンを経由してエンドールに帰るというのは、相当危険な旅になることを再認識したのだ。

「まあ、好き好んであんな危険地帯に足を踏み込むような、奇特な人などいませんでしょうな」

 カラカラと笑うハイレル爺さんを、飴玉を舐めながら複雑な表情でリアンは眺める。

「そうそうっ! そういえばです。あの沖にいる方々も、お嬢さん同様に、白竜伝承のことをやけに気になさっておりましたよ。村に着いた時から、いろいろ質問されましたよ。お答えしたのは、今しがたお嬢さんたちにお話ししたのと、同じような内容でしたがね」

 ハイレル爺さんが、「そろそろ教会に案内しますよ」といって、入り口に向かう。

 リアンとアモスがその後を追いかける。

 ヨーベルは、それでもその場に立ち止まり、沖に浮かぶ漁船を眺めていた。


「やっぱり、白竜さまに興味津々の人はいるのですね。わかる人には、わかるのですね~」

 ちょっと浮かれ気味にヨーベルがいう。

 単純に、同じような嗜好を持つ人間が現れたことが、彼女にとってうれしかったのだ。

 ヨーベルにとって、自分のオカルト趣味はなかなか仲間がいなかったので、同士がいるだけで心強かったのだ。


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フォールの前にあった王朝は、現在未設定です。

そのうち必要になるかもしれないので、その時が来たら設定しようと思っています。

それまでは、便宜上フォール地区で統一させてもらいます。

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