14話 「狂気の集団」 後編

「そういえば、ですけど……」

 アシュンがここで口を開き、リアンたちを眺める。

「どうしたの?」不思議に思ってリアンが尋ねる。

「アートンさんがいらっしゃらないですよね。どうしちゃったんでしょうか?」

 アシュンが、モジモジしながらいってくる。

「ああ、あの木偶の坊は別の作業をやってるわ。あんなの、思い出さなくてもいいわよ」

 アモスがキッパリといいのける。

 その言葉に、リアンたちが苦笑したようになる。

「やらなきゃダメな作業があってね、今回はそっちを頑張ってもらってるよ」

 バークが沈黙を破り、アシュンを安心させるようにいう。

「そうそう、やっておかないと、とんでもないことになるかもしれないからね。いろいろ見つかると、マズいものが出てくるかもしれないしね?」

 アモスが、自分が原因なのに、ニヤニヤとした表情でいってくる。

「いちいち俺は、突っ込まないからな」

 そういって、バークはコーヒーをまた一口すする。


 すると、教会のドアがノックされる。

 ハイレル爺さんが、急いでドアに駆けより開ける。

「やあ、お爺さん、こちらでしたか。出発前にご挨拶をしておこうと思いましてね。いろいろお世話になりましたから」

 現れた中肉中背のスーツの男が、女性秘書らしき人物を携えて、ハイレル爺さんに会釈をする。

「おお、これはこれは、わざわざご足労様です。村のこと気に入ってもらって、わたしらも感謝の念をいわせてくだされ」

「ギェさん! もうお帰りになるのですか? 宿が寂しくなります」

 アシュンもハイレル爺さんのところに向かい、現れたスーツの男に話しかける。

 男はやけに目が細く、顔の作りが平坦だった。

 おそらく東洋系の人種なのだろう。


「アシュンちゃん、君にはいろいろ世話になったよ。ピデムも、別れを惜しんでいたよ。頑張っていい観光地になることを、わたしたち一同も願っているからね」

 ギェと呼ばれたスーツの男が、細い目をさらに細めて笑いながらいう。

 その表情には、自然な優しさがあふれていた。

 営業マンらしい、人たらしな笑顔だが、相手を不快にさせるようなことはなかった。


「あの女、見覚えあるわね……」

 アモスは教会の玄関で、アシュンとハイレル爺さんと話し込んでいる客人の、女性秘書を知っていた。

「例のデカい、ガッパー車の一団にいた顔よ」

「ああ、あの大きな車の……」

 アモスの言葉を受け、リアンが思いだす。

 夜中に大きな音を立てて、夜の海を視察に向かったとかいう連中らしかった。

 リアンもそのメンバーの一員は、宿で何度か見かけていたが、話したことはなかった。

「あっ、あの男の人、ビリヤードしてた人だ。なんかあの時と全然感じが違いますね。営業の人だから、いろいろ顔を使い分けられるんでしょうね」

 リアンが東洋系の男のことをいう。

 宿のバーにあったビリヤード台で、仲間と賭けビリヤードをやっていた人物と同じだと気づいたのだ。


 そんな人たちだが、アシュンとハイレル爺さんと仲良く話しているのを見ると、自分の知らないところで、懇意にして信頼関係を築いていたことに、リアンは少し嫉妬に似たような気持ちになってくる。

 しかし、その気持ちを口にしたらダメだろうと思い、ここは我慢してコーヒーを一口飲む。

「なんだかいい笑顔です、アシュンちゃん。ちょっと嫉妬しちゃいますね」

 リアンがいうのをためらった言葉を、サラリとヨーベルが口にしてしまう。

「まったくね、でも、商売人らしくていいじゃない」

 珍しくアモスが負の感情を見せずにいう。

 そして、無意識のうちにタバコを取りだして一本をくわえる。

 禁煙場所なのを忘れて、条件反射的にヨーベルがアモスのタバコに火を点ける。


 煙の存在に気づいて、慌ててリアンがアモスのタバコを注意する。

「もう、細かいのね、別にいいじゃない」

「ダメだよ、こんな場所で吸うなんて!」

 リアンに急かされ、しぶしぶタバコを靴底で揉み消すアモス。

 その様子を見ていたバークが、リアンのアモスへの対応の上手さを内心で褒める。


(やっぱりこの女は、リアンのいうことなら、なんでも聞いてくれるな)


 クスリと笑い、残っていたサンドウィッチをバークはほおばる。

 今後アモスがらみで面倒なことがおきそうな場合は、リアンに最優先で動いてもらおうと、バークは改めて決意する。

 リアンには、アモスの制御を一応頼んでいるが、もう一度よくいってきかせて、お願いしておこうと思った。

 リアンならきっと、よく理解して動いてくれるとバークは信じていた。

 先の、サーザスの村での出来事があったばかりだし……。


 そして、アシュンとハイレル爺さんが客人と別れ、ドアを閉めて再びリアンたちの元に返ってきた。

 さっきのエンドールから来たという、旅行代理店の人間と別れを済ませてきたようだ。

「みなさん、すみませんね。お客さんと別れのご挨拶してました」

 アシュンが、ペロリと舌を出して謝る。

「いいってことさ、村にとって大事なお客さまを優先しておくれ」

 バークが口に、サンドウィッチをほおばりながらモゴモゴという。


「あの人たちアムネークに帰るのでしょうか? だったら、お願いして同行させてもらえば、良いのではないでしょうか?」

 ここでヨーベルが、自分たちが観光に来たフォールの劇団員という設定を忘れて、そんな発言をする。

 一瞬何のことかわからない表情で固まる、アシュンとハイレル爺さん。

 静寂をアモスの手刀が終わらせる。

「ああ、そうでした、今のは忘れてくださいね~」

 アモスに手刀を食らったヨーベルが、自分たちの設定を思いだし、照れたようにいう。

「さっきの人たちは、エンドールに帰るんですか?」

 アシュンとハイレル爺さんが突っ込んでくる前に、リアンが先制を取って質問してみる。


「えっと……。そうではないみたいよ」と、アシュンがいう。

「彼らはこの後、キタカイに向かうそうだよ。可能ならカイ内海を渡って、南のほうまで旅したいといっておりましたな。この戦争後の観光プランを考えることが、楽しいといった感じの人たちでしたからな」

 ハイレル爺さんがそういったあと、クンクンと鼻を鳴らす。

「おやっ? タバコの臭いがしませんかの?」

「すみません! アモスがうっかりして、一本火を点けちゃったんです。でも、すぐに消しました」

 リアンが真っ先に謝る。

「悪いわね、ついうっかりしててね」

 真剣に謝るリアンをよそに、アモスが軽い感じで謝罪する。

「ここは貴重な文化財ですし、タバコはご遠慮くださいよ」

 ハイレル爺さんが、困ったようにアモスにいう。


「そういえば、リアンくん……」

 ハイレル爺さんが、リアンに向き直って改まる。

「は、はい、なんでしょうか?」

 ハイレル爺さんのやけに真面目なトーンの言葉に、リアンは神妙な表情になる。

「君は……」と、ハイレル爺さんがつづけようとした時だった。


 突然バン! と玄関のドアが大きな音を立てて開かれる。

 明かりが一気に室内に入ってくる。

 そちらを、リアンたち全員が一斉に見つめる。

 そこには、黒い僧衣をまとったオールズ神官たちの姿があった。

「ここが噂の教会か!」

 突然現れた神官の甲高い声が、教会内に響き渡る。

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