18話 「ナモーデ医師の過去」 後編

「そういや、ナモーデ先生」

 バークが尋ねる。

「なんでしょうか?」

「先生は、元はニカ研にいたって聞いたんですが?」

「ああ、カーナー市長からお聞きになったのですかな? その通りですよ」と、ナモーデがバークに答える。

「なんでそんないいところ辞めたわけ? ニカ研にいたほうが収入も良かったんじゃないの?」

 アモスがニコニコと、謎の笑みを浮かべて訊いてくる。

「ハハハ、あそこには、わたしレベルの人間は山ほどいる場所でしたからね。早い話が挫折したって感じですよ。医者という仕事にシフトしたくて、この街に来たという感じです」

 ナモーデが肩をすくめて、自虐的な感じでいう。



「なんか、いおうとしてたんだけどさ。忘れたわ」

 アモスが、ロビーでくつろぎながらいう。

「忘れるってことは、どうでもいいことなんですよ」

 ミアリーが、アモスに笑いかける。

「で、あんた何読んでるの?」

 ミアリーが読んでいたのは、「ハーネロ神国大辞典」とかいう怪しい本だった。

「これまた、胡散臭い本ね。ここの市長が隠し持っていた本?」

「はい、これってすごいんですよ。本来なら発禁モノらしいですよ。ハーネロ神国統治時代の、いろいろなことが描かれているんです。おぞましいハーネロンの図解もあったりするんですよ。完璧なデータベースとして一級品なんですよ!」

 ミアリーが、よろこびながら本を見せつけてくる。

 その本を、リアンも興味深そうに眺めている。

「フォールでは、禁書として焚書処分された本なんですけど、こうして残っているなんて素敵です。本を焼き捨てるなんて、そっちの行動のほうが野蛮ですわ」

「あんたはほんと、その妙な嗜好をなんとかしなさいよ」

 アモスが、呆れたようにミアリーに話す。

「え~。こういうの最高に面白いですよ」

 ミアリーが、うれしそうにまた本を前に出してくる。


「お嬢様めいたことは、したくないのですか?」

 リアンが、やや心苦しそうに尋ねてみる。

「そういうの、わ、わたしはすごく苦手でした……。お菓子作りは少しできましたけど、それ以外はさっぱりで。興味のないことには、どうも苦手でして」

 ミアリーが、申し訳なさそうに本で顔を隠す。

「ところで、この人がザイクロって人ですか?」

 リアンが、新聞記事に載っていた男の肖像画を見る。

「はい、そうですよ」

 ミアリーが記事を見て肯定する。

「ほう、どれよ?」

 美男子として描かれることが多いことを、一応知っているアモスが気になって記事をのぞき込んでくる。

「ずいぶん美男子だな。見た目、補正かかりすぎじゃないのか」

 バークが記事をチェックしながら、やや不満そうに感想をもらす。

「この人は、本当にこのルックスだったらしいので、今でも密かに人気なんですよ」

 ミアリーがそう教えてくれる。

 ザイクロは絶世の美男子。

 それはハーネロ神国のことを少しでも知っている人間からしたら、常識とさえいわれていた事柄だった。

 トゥーライザでも、テンバールがバケモノぞろいな中に、ザイクロだけは美男子の容姿をした人型悪魔として描かれているのだ。

「頬を紅潮させながら、いうことかよ。バークのいう通り、どうせ美男子補正入ってるんでしょうよ」

 アモスがタバコを揉み消しながらいう。


「そうだ。なあミアリー……」

 バークが急に思いだす。

「きみの彼氏さんはどうなったんだ? すっかり忘れていたが、そもそも彼に会うのが目的だったんじゃないのか? ミアリーいいのかい?」

「え~と、そうですね……。わたしも、いろいろ楽しいことが目白押しすぎて、すっかり忘れていましたね」

 舌をペロリとだしてミアリーが笑う。

「そこを忘れちゃいけないだろ……」

「ですよね……」

 ミアリーがバークの言葉に、申し訳なさそうにする。

「カーナー市長にお願いして、お会いできないか頼んでみたりすることは、できないのですか?」

 リアンがそう提案する。

「でも、彼、お忙しいかもしれないし、悪いですわ」

 ミアリーは、こんなことをいう。

「でも婚約者なんだろ?」

 やや疑り深い感じでバークが、記事をたたむ。

「今は同じ街にいますし、そのうち、いつでもお会いできますわ。大丈夫です! みなさんと一緒のほうが、今は楽しくって。それじゃダメですか……?」

 ミアリーが眉を下げて、悲しそうにそう語る。

「そ、そういうってのならなぁ……」

 リアンとバークが不思議そうに顔を見合わす。

 ミアリーがこういうので、バークはこれ以上強くこの話題をいいだせない。

 部外者がしゃしゃりでるようなことでもないだろうと、とりあえず納得することにした。


 そんな会話を、アモスが興味深そうに聞いていた。

 アモスは新しいタバコを一本取りだすと、ニヤリと笑ってミアリーの表情をうかがう。


(ミアリーは純愛を信じているようだけど、実は……。な展開なのよね。でも、この娘の恋愛スキル上昇のために、例の彼氏の二股のことは黙っていましょう。フフフ、ミアリーこれも人生経験よ)


 そんなことを思い、内心ほくそ笑むアモスだった。

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