19話 「ミナミカイ港」

 アバックが、苦虫を噛み潰したような顔をして、執務室の窓から港を見降ろしている。

 港に船が何隻も入ってくるのが見える。

 その船団は、港の埠頭を埋め尽くさんばかりの勢いを感じさせた。

 停泊した船から、人々が降りてくる。

 そしていくつもの場所で、離ればなれになっていた人々の再会が繰り広げられる。

 人々は抱き合い、再会をよろこびあう。

 そんな感動的な場面を、報道陣がいくつものカメラで撮影していた。

 マスコミはこれまでの間キタカイとミナミカイに分断されて、同じ会社でも接点が持ちにくい期間を過ごしてきていた。

 今回南北のマスコミが合流したことで、ふたつの街の情報が統合されることになりそうだった。


「提督……」

 窓の下にそれを見るアバックの部下が、悔しそうに言葉を吐きだす。

「あの中に、何人の工作員が紛れ込んでいるか、わかったものではありません。ところで、例の記事はお読みになりましたか?」

 アバックの部下が、不機嫌そうにアバックに話しかける。

「うむ……。読んだ……」

 眉間に皺をよせて、アバックがうなずく。

 その表情は狂気を宿していた。

 デスクの上に、今朝の新聞が広げられていた。


 再び、港。

 老人が数人のおともと、ミナミカイ港に降り立つ。

「爺さん、背筋が伸びすぎてるよ。目立っちゃう。ここはオーラ消して、消して……」

 そんな声がかけられる。

 そういわれ、老人が背を丸め杖をつく。

 その老人を仲間の女性が先導する。

 その一団を、怪しげに見ていた女性士官がいた。

 シゲエと恋仲になっている、フレール・ベレトー少尉だった。

 すると、一団の男がひとり、急にベレトーに色目を使ってくる。

 端正な顔立ちの男の視線を感じ、ベレトーの感情が上気する。


「少尉、向こうに怪しい女がいまして、たった今、拘束したところです」

 フレールの部下が、そんなことを報告しにくる。

「怪しい女?」

「女性なので、少尉に身辺調査を願いたいのですが」

「わかったわ、じゃあ、ここは任せるわよ」

 ベレトーが部下にそういい、目的の場所まで歩きだす。

 そんなベレトーの後ろ姿を、熱い視線で眺める男。

「こら、ガルエン! またいつもの虫が騒ぎだしてるわね!」

「へへへ、あんないい女性を無視するなんて、俺にはできないよリンナちゃん!」

 そんな会話をするふたりの男女。

 腰に二本の剣を装備した女性は、リンナという。

 男のほうは、ガルエンという人物だった。

 以前キタカイで、キルスクの剣士たちから追い回されていた時に、リアンたちと知り合った二人の男女だった。


「何立ち止まっているんだ、怪しまれるような行為をするんじゃないよ」

 ガルエンとリンナに話しかけてくる、フードを被った体格のガッチリとした剣士。

 リンナ同様、腰に帯剣された二本の剣が人目を引いていた。

「ガルエンくんは本能のままに行動できて、ハハハ、うらやましい限りだな」

 腰を曲げて、杖をついた大柄な老人がそういう。

「ガルエンくんはこうでなくっちゃ! モーションをかけなければ、それこそガッカリってもんだよ。悪いものでも食べたのかと思って心配するレベルさ」

 比較的若い男が、そんなことをいって笑う。

 どうもこの男が、一団のリーダーのようだった。

「あなたは、この人が女がらみでどれだけ、厄介事抱え込むか知らないのよ」

 リンナが不快そうにいう。

「ハハハ、リンナちゃん、そのことはもういいじゃないか。あんまりしつこいと、各種方面から嫌われたりするんだぜ!」

 身長の低い仲間のひとりが、オーバーアクションでいう。

「あそこがフォール海軍の本部らしいね。そこにレニエさんたち首脳部が集まっているんだよね」

 一団のリーダーらしき男が、海軍本部の入る建物を指差す。

「そうみたいだね、記事によると、あそこの部屋が本部らしいぜ」

 身長の低いちんちくりんの男が、新聞記事にある写真を指差していう。


「いったい何の話しかね?」

 腰を曲げた大柄の老人が尋ねてくる。

「アハハ、こっちの話しですよ」

 リーダーらしき男が笑って答える。

「で、トリシュという男だが、今から直接会いにいくのか?」

 凶悪そうな表情をした大男が訊いてくる。

 低音ボイスの、悪役の役者のような凶相を持った男だった。

「早めのほうがいいだろうね。でも、この街でも、いくつもやるべきことはあるから、それらが終わってからかな?」

 一団のリーダーらしき若い男がそういう。

「閣下のご用命は、それらのあとになりますが、よろしいですか?」

 リーダーらしき男が、腰の曲がった白髭をたくわえた老人に尋ねる。

「仕方あるまい、手順はおぬしらに任せるよ」

 不本意そうに体格のいい老人が声を出す。

 曲げていた腰を元に伸ばし、腰を手でトントンとたたく。


 一団が、船に乗っていた乗客を眺めながら、船を降りる。

 その視線の先に、乗客をチェックしていたベレトー少尉を臨む。

 感動の再会を果たす乗客の陰で、ひっそりと行動する謎の一団。

 彼らは何か特別な目的を持って、このミナミカイへの船に乗り込んできたようだった。

 そして、物語はさらなる混沌を歩むことに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る