20話 「激怒」

 カーナーが大きくため息をつく。

 屋敷に帰ってくるなり、リビングのソファーに横たわる。

「どうでしたか? 例のクルツニーデの人は?」

 ジェドルンから水をもらったカーナーに、バークがおそるおそる尋ねる。

「うむむ、先代のポーラー博士なら多少交友もあったので、話しも通じたのですがね。息子のほうはどうも堅物でねぇ……。視線に殺意すら感じたほどですよ」

 ぐったりしたように水を一口であおりながら、カーナーが困惑したようにいう。

 トレードマークのサングラスを取ると、疲れ目を癒やすように指を強く当てる。

 いつもは元気で若々しいカーナー市長だが、今日は憔悴している。

 つい先日起きた、ティチュウジョ遺跡への軍の攻撃に対する抗議を、カーナーがクルツニーデから受けていたのだ。

 軍が独断専行で行った行為なのだが、カーナーまでとばっちりで、クルツニーデからの猛抗議を受けたのだ。


「なんだか、いろいろ大変そうですね……。僕らに、力になることがあればいいんですけど」

 リアンがカーナーをいたわる。

「いやいや、これはきみたちとは、無関係な案件だから大丈夫だよ」

 カーナーがソファーに座り直して、リアンに向き直る。

「ポーラーさんって人は、六十年以上も前からあの遺跡に関して、研究調査してたんですね」

 リアンが、ティチュウジョ遺跡の本を読みながら訊く。

「そうなんだよ、先代のポーラー博士は、クルツニーデに所属する前から、あの遺跡に取り憑かれていたような人でね」

 カーナーがそう教えてくれる。

 リアンたちは知っていたが、初見の体でカーナーの言葉を聞く。

「先代のポーラーさんは、その作業をずっと隠密でやっていたんだよ。で、ある時クルツニーデにスカウトされて、彼らからの援助を受けだして、ようやく公に活動できるようになったんだよ」

 カーナーは、グラスに残っていた水を一気にあおる。

「健康面でクルツニーデを引退してから、その意思は息子に引き継がれたんだよ」

「それがこの人……、ですね」

 リアンが、今日出された号外を取りだしてくる。

 ポーラー博士の会見の記事が載っていた。


「ぷっ!」と、アモスが記事を見て噴きだす。

「何よ、その写真のチョイス。きっとワザとそんなの選んだのね」

 アモスが笑うその写真のポーラーは、白目をむき、口泡を飛ばし、狂ったように怒鳴っている瞬間のを使われていた。

「マスコミにとって、ある種恰好のおもちゃみたいなヤツね」

 アモスが、まだニヤリとしたままいう。

「そのおもちゃの相手をしなきゃしけないわたしは、とんだ貧乏くじだよ。まったくレニエのヤツ、厄介なのを押しつけよって」

 カーナーがまた大きく溜め息をつく。

「レニエおじさまは、今回の件で何か懲罰のようなものがあるのでしょうか?」

 ミアリーがカーナーに尋ねる。

「部下がやったこととはいえ、監督責任はあるだろうな。だがクルツニーデに、懲罰をどうこうできる権限もないからね。特に心配するようなこともないとは思うけどね」

 カーナーはジェドルンから水をもう一杯もらう。


「その前にさ! 今の状況で戦って、エンドールに勝てるの?」

 アモスが厳しめにカーナーに尋ねる。

「こればかりはね……。どうともいえないなぁ」

「海は、例の遺跡が邪魔になっているみたいですね」

 アートンが、屋敷の窓から少し見える遺跡を指差しながらいう。

「そんな海域で、戦闘なんてできるんですか?」

 リアンが、記事を読みながら首をかしげる。

「レニエのヤツは、ポーラーくんをわたしにけしかけて、今回現れなかったからね。その辺り、どう考えているのか訊けずじまいさ」

 カーナーが肩をすくめてそう教えてくれる。

「戦闘不可能と判断したら、案外平和的に解決できたりしそうですね」

 リアンがうれしそうにいう。武力衝突が起きないのであれば、それはそれでいい展開だとリアンは思う。

「だよな」バークもうなずく。

「キタカイも、市街戦を避けるためという理由で、無血開城したぐらいだしな。フォール側も、戦闘は積極的に避けていきたい意向が見えるもんな。得意の海戦を封じられたとあったら、フォール軍も玉砕覚悟とかいう考えを、改めるかもしれないよな」

 バークが冷静に分析するが、同じようなことが新聞の記事になっていた。


「そういえばクルツニーデの、このポーラーさんって人が、あの遺跡を浮上させたのですか?」

 リアンが紙面を指差し、素朴な疑問を口にする。

「その辺り、どうなの?」

 アモスがカーナー市長に、ため口で訊く。

「今回は、相手のいいぶんを聞くばっかりで、こちらからの質問はいっさい訊けなかったね。彼すごく不機嫌そうだったからね。明日以降、機嫌を直してくれるといいんだけどね」

 カーナーが苦笑いしながらため息をつく。



 一方、キタカイからやってきたポーラーは、クルツニーデのミナミカイ支部の一室から、夜の街を見ていた。

 窓ガラスに映ったその顔は、怒りに満ちていた。

 同じ部屋にクルツニーデの仲間が集結していた。

 狭い部屋に、八人のクルツニーデの職員がひしめき合っていた。

 その誰もが、強烈な殺気を漂わせていた。

 そして、その後方には身元を隠している、シルヴァベヒールのレンロの姿もあった。

 レンロは無表情で新聞記事を読んでいた。

 記事にはティチュウジョ遺跡の浮上についての記事が書かれていた。

 その記事を、レンロは何故か不愉快そうに眺めていた。

 イライラと彼女にしては珍しく、つまさきで床を小刻みに刻んでいた。

 自分の考えていた長期的なプランが果たされなかったため、冷静さを装いながらも、彼女は内心怒り心頭だったのだ。


「フォール王国のクソどもめ、その愚行、必ず後悔させてやるからな」

 ポーラーの歪んだ口から、呪詛の言葉が漏れる。

 年甲斐もなく、悔し涙を流すその目元は真っ赤になっていた。

 呪詛の言葉を述べたあと、ポーラーは錠剤のクスリを水で飲み干す。

 レンロからもらった精神安定剤なのだが、ポーラ-は何故か逆に高揚感が増したようになる。

 それだけ例の件に関しての怒りが、強いのだろうとポーラーは理解していた。

 内心の不満を隠しレンロは、他の部下たちにもクスリを配って回る。

「イライラしても仕方ないですわ、まずはみなさん落ち着きましょうね」

 そんなことをいうレンロだが、内心はほくそ笑む。


(テセラー生成の興奮剤よ。さて、どれぐらいヒートアップしてくれるかしらね)


 レンロからクスリをもらう前からポーラーの部下たちも、リーダー同様にいずれも怒り心頭といった感じだった。

 レンロの与えたクスリが、きちんと効いている感じだった。

 貴重な遺跡を傷物にされて、怒らないクルツニーデなどいないのだろう。

 部下たちも口々に、フォール軍に対して悪口雑言を口にしていた。

 その中には「殺せ!」といった、過激な言葉もあった。

 彼らの今までの研究行動のすべては、ティチュウジョ遺跡の探索に割かれていたようなものなのだ。

 なので、このたびの神聖不可侵なティチュウジョ遺跡へのフォール海軍の蛮行は、とても許せるような行為ではなかったのだ。 

 物騒な銃器を用意している部下が、テーブルの上に銃器を並べていく。

 そしてそれを各々手に取って弾倉を確認する部下たち。


 ポーラーはまともではない計画を、実行に移そうとしていた。

 今回のティチュウジョ遺跡への攻撃の報復として、フォールの要人を狙う攻撃行動を計画していたのだ。

 激昂だけでなく、レンロの投薬による影響もあったのだが、いずれにせよ正気では実行しがたい行動を取ろうとしていたのだ。

 怒りで彼らは、完全に狂いだしていた。

「狙うはカーナーとレニエだ! このたびの狼藉の実質的な指導者だ!」

 ポーラーはそう断言するが、ふたりの要人にとってはとんだとばっちりだった。

「グニーク!」

 ポーラーが、ひとりの部下の名前を呼ぶ。

 呼ばれたことに気がついて、ゆっくりとした動作でやってくる黒服を着たグニークという男。

 その動きは緩慢で、せっかちなポーラーをイラつかせる。

 クルツニーデパセルト支部で雇われていた男で、ある特殊な能力を持つ人物だった。

「“ エルディ ”の力を授かった、おまえの力を披露すべき時だ! 忌々しい冒涜者に対して、きっちりと落とし前をつけさせるんだ!」

 ポーラーの檄を受けて、グニークはゆっくりと頭を下げる。

 ニヤリと笑う口から、火気もないのに黒い煙がモクモクと立ち上がる。


 そんな怒り心頭のポーラーたちに反して、レンロは冷笑を浮かべる。

 レンロはミナミカイの観光ガイドをパラパラとめくり、とあるページで手を止める。

 そして、その中からひとつの建物を見つける。

「フフ、ここね」

 広い敷地に、コの字型の大きな建物が建っていた。

 その建物は、今現在、リアンたちが滞在しているカーナーの屋敷だった。

「侵入は裏手にある水路からだ!」

 ポーラーがそう明確な指示を出す。

 レンロが地図に描かれた、建物裏手の水路付近を見る。

「フフフ、いよいよクルツニーデご自慢の、“ エルディ ”の力のお披露目ね。楽しくなってきたわ」

 レンロがポーラーに気づかれないように、うっすらと笑う。

「あのグニークという男の、“ エルディオン ”としての力量を期待させていただくわ」

 レンロはそうつぶやくと、不敵な笑みを浮かべながら、どこかトロそうなグニークという男を眺める。


 ニカ研にとって、ライバルでもあるクルツニーデが占有している技術の解明は、悲願でもあったのだ。

 その悲願に一番近い人間だろうとして、レンロはニカ研内でも一目置かれていたのだ。

「この功績は、きっと査定に響くわね。ゲームのMVPはもらったわね」

 ポーラーたちクルツニーデの人間たちのヒートアップを見つめながら、レンロは下がっていたテンションを取り直す。

 レンロがニカ研の人間だということをすら知らないまま、ポーラーたちクルツニーデは最悪とも思える凶行に走ろうとしていっていた。

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