84話 「救出達成後」 前編

「もうっ! 酒臭い! この部屋!」

 アモスが部屋に帰ってくるなり、文句をブーブーとたれはじめる。

「バーク、あんたも臭い移ってるわよ!」

 アモスがバークの臭いを嗅いで、不愉快そうにいう。

「帰ってきてから、早々にうるさいって……」

「ああ? なんかいったか?」

 アモスがバークにすごむ。

「全員無事で何より、っていったんだよ」

 バークは上着を脱ぐと、椅子を持ってきて腰掛ける。

「さてと……。じゃあ、みんないいかな? 作業つづけながらでいいので、聞いて欲しい。本来ならこの宿を、今すぐにでも、引き払うのが賢明なのかもしれない」

 バークが、荷物の整理をしているリアンとアートン、そしてアモスに向けて口を開く。


「ヨーベルの言葉を信じればだ……。俺たちの存在は、ネーブたちに把握されていない、ってことだ。当然この宿もな!」

 そいいいバークは、僧衣から着替えてベッドに潜り込んで、また眠ってしまっているヨーベルをチラリと見る。

「不安な気持ちも、あるだろうが。一晩ぐらいなら、ここにいても問題ないだろう。夜の交通手段もないまま、むやみに歩き回るのも、危ないだろうしな」

 バークが、部屋の時計を見ると、午後十一時を回っていた。

「ネーブの野郎も、朝までは発見されないでしょうしねぇ。ねぇ? バーク」

 アモスが、ニヤニヤしながらバークにいうと、バークが困ったような表情をする。

「えっと……。や、やっぱり助ける際に、何かしちゃったの……」

 不安そうに、リアンがアモスに訊いてみる。

「やっぱり、とは何よ~? やっぱり、とはぁ~?」

 アモスが笑いながら、リアンの髪の毛をクシャクシャとする。


「アモスおまえ、酔ってるのかよ?」

 アモスは、部屋に帰ってきてからやけに興奮状態で、バークは不安そうに尋ねる。

「酔っぱらいなら、ベッドの中でしょ! あたしはしらふよ! フフフ!」

 アモスがまた、リアンの髪をいじる。

「リ、リアン大丈夫。安心していいよ。ネーブは無事だから」

 不安そうなリアンへ、バークが安心させるような、真剣なトーンで訴えかける。

 その表情を見て、リアンは本当に大丈夫だと信じて安心する。

 根拠なんてなかったが、バークのいうことは、今のところ全面的に信用できるとリアンは思っていた。

 なので疑うなんて発想もなかった。


「バーク、荷物のほうは用意できたよ。いつでも出発可能だが、本当に一晩ここにいるのか?」

 アートンが、不安そうに尋ねてきた。

「ああ、明日の朝一で、この街を出る予定だよ。サイギン駅の始発の時間を、この後フロントで訊いてくるよ」

 バークがアートンにそういい、テーブルの上のパンを一口食べる。

 バークがパンを口にしたのを見て、リアンがコーヒーをバークに淹れてあげる。

「一晩、こにいて大丈夫でしょうか? 追手が来るとか、ないですか?」

 バークにコーヒーを渡しながら、リアンがやはり不安そうに尋ねる。

「一晩は大丈夫! 平気だよ。そうだよな、アモス」

 バークは、コーヒーを一口飲みながらアモスに尋ねる。


「あたしのこと、信じてくれたんでしょ?」

 アモスがそっけなくいい、今日の昼間に買った土産物を、テーブルに並べていた。

 ハンカチ五枚に模造刀の缶切り、そして、アモスの好きな銘柄のタバコを小箱いっぱい。

「リアンくんも、どれがいい?」

 アモスは、リアンにどのハンカチがいいか五種類から選ばせる。

「ネーブの件は、アモスのいう通りだよ。すぐには発覚しないだろう。事情は話せば長いんだが、信用しておくれ」

 バークがそういい、リアンは水色のハンカチを選んで、それをアモスからもらう。

「不安もあるだろうが、ヨーベルもあの様子だしな。今彼女を、連れ歩くわけにも……」

 バークはコーヒーカップで、ベッドの中で爆睡しているヨーベルを指し示す。


「まったく、のん気な寝顔してぇ! 落書きでも、してやろっか!」

 アモスが、落書きというワードを口にした途端、バークがむせてしまう。

 ヨーベル救出の際に、アモスが書いた、例の「ハールアム」という落書きについて思いだしたのだ。

 さいわいアモスはその件について、もう忘れていたようで口にすることはなかった。

「ところで、さっき話していたことだが……」

 ここでバークが、コーヒーカップをテーブルに置いて腕組みする。

 その様子を見て、アモスの顔が険しくなる。

 アートンもリアンも、緊張したような表情になる。

 そしてふたりの視線が、ベッドのヨーベルに向けられる。


「ヨーベルなんだが……。エンドールに保護してもらったほうが、いいっていう案。これには、俺も賛成かもな……」

 バークがいいにくそうに、アモスの顔色をうかがう。

「何よ、あんたまでっ! そこの無能のいうことを、聞くっていうの!」

 アモスが、荷物のそばに腰掛けているアートンを指差していう。

 アートンは来た来たといわんばかりに、うんざりしたような表情になる。

「でも、アートンのいう通りじゃないか? これから先、無理に同行してもだ。ヨーベルにとっては、大変なだけかもしれないんだぞ」

 バークが再び、ベッドの中のヨーベルを指差す。

 帰ってくる途中に、アートンが提案したのだ。

 ヨーベルはこれからの旅は厳しいかもしれないので、ここでエンドールに保護してもらったほうがいいのでは? と。


「本来彼女は、あの島を出る必要はなかったんだぜ。危険を承知で、旅を継続するのはヨーベルにとっても、つらいかもしれないぞ」

「また今回みたいな、大バカ行動をとるかもしれないし?」

 バークの言葉に、アモスがすぐ被せてくる。

「いや、そうじゃないけどさ……」

 バークが困惑したように頭をかく。

「そういう意味でいってないなら、どういう意味でいってるのかしら?」

「だけど考えてみなよ?」と、憤慨しているアモスを、なだめるようにバークがいう。

「俺だって今回の件がなければ、ヨーベルの同行は全然問題なかったよ。だが、今夜の一件で、彼女は確実にエンドールに、マークされたことになる。このまま逃亡をつづけるよりも、事情を話してエンドールに保護してもらったほうが、いいと思うんだよ」

 バークがアモスに、ヨーベルが旅から抜けてもらうことの、安全性と正当性を話す。


「あんた、確か誰も俺は切らない! とかいってたじゃない!」

「いや、だから、その時と状況が一変しただろ。ヨーベルを連れていくのは、今後彼女にとっても、つらいし旅になるだろうし。ほら、リアンだよ」

 バークはここでリアンを指差す。

「リアンはエンドールから、何故かジャルダンに流されたって、曰くつきの身だろ。リアンの身にまで、面倒事が増すことになるじゃないか。リアンを故郷に返してあげたいって、おまえもいってたろ?」

 バークがコーヒーカップを置くと、少し顔を曇らせる。

 バークにしても、ヨーベルの件でリアンをダシに使うような、説明したくなかったのだ。


「だからって、ヨーベルを切るっての!」

 アモスが吠える。

「旅のリスクを考えたら、ヨーベルは保護って形で……」

「切る! っていうのね!」

 アモスが、バークの言葉を遮るようにいい、ガバリッと立ち上がる。

 立ち上がったアモスに、ドキリとする部屋の男性陣たち。

「あんたたち、男でしょ! 頭の弱い女の子を、俺たちが守ってやろう! って気概を、ちょっとは見せなさいよね! やろうとしてるのって、完全に厄介払いみたいじゃないの!」

 アモスが大声でそう怒鳴る。

「そうはいうがな……。今回の件で、ヨーベルは確実にエンドールや、教会にマークされたぞ。変に逃げまわって、誤解を招くよりも。さっさと出頭して、保護してもらうほうが、彼女のためでもあるんだぞ」

 バークがそういい、アモスをなだめようとする。


 アートンも何かいいたそうにしているが、アモスが激昂状態なので、あえて何も口を出さないようにしている。

 アートンが、ヨーベルの保護願いをそれとなく訴えた際に、バークもその案に賛成してくれたのだ。

 もしここでアートンが口を開けば、いいだしっぺの彼を巻き込み、さらに苛烈なアモスの追求が展開されただろう。

 リアンは三人の会話を聞きながら、どうしようか迷っていた。

 ヨーベルを、ジャルダンに返せばいいという案について、リアンは内心反対だったのだ。

 それは、過去彼女が島の洞窟で話してくれた、例の嘘くさい告白が大きく関係していた。


 すると……。

「……あの~。……すみません」

 当のヨーベルが、ベッドから上半身を起こした。

 そして、うっすらと涙を浮かべ、困惑したようにしている。

「ヨーベル起きたか?」

「大丈夫かい?」

 バークとアートンが、ヨーベルに声をかける。

「はい、なんとか……」

 か細い声でヨーベルがいう。

 いつもの元気なヨーベルとは程遠い、静かな目覚めだったので、なんだか部屋全体が重々しい空気になってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る