83話 「乾き知らず」

「うおおおっ! こりゃまた、いい車、持ってきたなぁ!」

 ケリーが、車庫にあった車を見て大興奮する。

 深緑の塗装だが、メタリックな光沢を残したプレートで覆われた、まるで装甲車のようなその大型車は、車庫の中で照明を浴びて神々しさすら感じさせる。

 ガッパー社の最高級装甲軍仕様エンジン搭載の、オフロード車だった。

 タイヤひとつの大きさもまるで大型バス並だった。

 バンパー下にもネオン照明があるらしく、地面を薄緑に照らしていたりする。

 そしてボンネットに燦然と輝く、ガッパー車の証たる鉄仮面のエンブレムは、黄金色に輝いていた。

 黒いスモークに覆われたガラスは、全面防弾仕様にもなっているようだった。


「俺たちの、働きぶりを評価して。特別にいいのを、用意してくれたそうだ!」

 ゲンブが頑丈そうなボディの、美しい光沢をうっとりと眺めながらいう。

「マジかよっ! なかなか、話しがわかるじゃん! あの、ボンボン司令官代理!」

 ケリーも車の前後左右を見渡しながら、ボンボン司令官代理と評したパニヤ中将のことを褒める。

 そしてドアを開けて、車内を確認して口笛を吹くケリー。

 後部座席は完全に軍仕様の、両サイドに向かい合うような形の座席が設置され、しかも全面革張りだった。

 氷室も完備しており、中には酒や食料も入れられるとのことだった。


 そして何よりケリーが気に入ったのが、この座席、移動させればベッドになるというのだ。

「移動式ホテルじゃねぇか! 女つれこみまくれるな!」

 ケリーが、辛抱たまらんといった感じで興奮している。

「……ずいぶん、出発が早いが、なんでだよ? 宿の朝食の時間より早いじゃないか。なんか、理由でもあるのかよ?」

 車などに興味なさげだったエンブルも、その車の見た目に惹かれながらゲンブに尋ねる。

「理由は、その時が来たらわかるよ。そんなに重要な理由でもないんだ、突っかかるなよ、いちいちさぁ。ほら、おまえも乗せてやるから、ひとっ走りしに行くか?」

 エンブルに、ゲンブが面倒くさそうにいう。

 一応、助手席側のドアを開けて、エンブルを手招きするゲンブ。

「チームで固まって行動するからには、情報共有は必須だろ! いつもみたいに、スタンドプレイが許される、状況じゃないのぐらいわかるだろ!」

 エンブルがゲンブに怒鳴る。

「わかった、わかった。じゃあ、おまえは留守番な。出発前に、宿に迎えにいってやるよ」

 ゲンブがドアをバタンと閉めて、そっけなくいう。

「グググググ……」と、エンブルが歯軋りをする。

 すきっ歯だらけの茶色い前歯が、ギリギリと不快な音を立てる。


「そういやよぉ……。明日には、この街ともおさらばかぁ……」

 やけに、感傷的なトーンでケリーがいう。

「なんだ? おまえも何か、問題があるのか?」

 ゲンブが、胡散臭そうな感じでケリーに尋ねる。

 意味ありげな間とため息をつき、ケリーがメガネを拭く。

 埃を拭ったメガネをかけ直し、クイッと中指でメガネを直すケリーが口を開く。

「約束してたのに、まだ抱いていない女が、三人残ってるんだよ。もったいないことだって、チェリーボーイのおまえなら、なおのこと思うだろ?」

 ケリーがエンブルに、ジャラジャラしたアクセサリーをつけた腕を、突きつけて尋ねる。

「思わんし、くだらん!」

 エンブルがケリーの言葉を一蹴する。

「くだらないことではないだろ、大問題だ。死活問題といってもいい。あの三人は、今後一生、俺とひとつに交わることがないんだぞ? 俺も彼女らにとっても悲劇ともいえる。そう思わないのかよ? こんな悲しい、生き別れってあるかよ!」

 ケリーが、エンブルに力説してくる。


「……おまえらには、何をいっても無駄ってわかった。だから、せめてこちらに。そんな、どうでもいい話題、振らないでくれ……。羽目を外したいのなら、さっさと行ってくればいいだろ」

 エンブルが、憮然とした表情で吐き捨てる。

「大賢者エンブルさまの、お墨つきも出たことだし! じゃあ、さっそくひとっ走りしようぜ!」

 ケリーが、イライラしているエンブルを無視してゲンブにいう。

「ああ~、そういやよ」

 ここでケリーが、ニヤニヤしながらゲンブを見る。

「おまえは、商売女しか相手にしないんだよな~。女の楽しみ方、間違えてるってこと、気づいてるのか? まあ、おまえの面なら、それも仕方なしだな」

 ケリーが、嘲笑うようにゲンブにいう。


「勝手にいってろ!」というゲンブ。

「なあに、せっかくだ、おまえの分まで女引っかけてやるよ。ありがたいと思いな! サルガ一のナンパテクを、存分に披露してやるよ!」

 ケリーの言葉に、ゲンブは不満そうだが文句をいわない。

 ケリーの案を、無言で受け入れたようだった。

「明日の朝、忘れずに俺も回収しろよ! キタカイでの内偵は、俺も親父から、任されてることなんだからな!」

 エンブルが不愉快そうにいう。

 しかし実はエンブルは、ライ・ローからまた側に戻って来いと、いわれていたのだ。

 面倒臭い性格のエンブルは、サイギンで一度側を外されたことを根に持って、キタカイの任務を三人で継続すると意固地になっていたのだ。

 当然そのことは、ケリーとゲンブは知らない。

 知ったらふたりは、簀巻にしてでもエンブルを、市庁舎入り口に投棄しただろう。


「股間がもうはち切れそうなんだよ、こんなとこに、いつまでもいられるか! やるべきことは、もうやったろ? 明日の出発まで、自由行動だよ! 最後のチャンスだぜ、おまえも来たいのなら、素直に来たいっていえよ?」

 ケリーの挑発に、拳を握りしめ睨みつけるエンブル。

「俺は宿に戻る!」

 語気荒くエンブルは、不貞腐れたようにいって背を向ける。

 それを見て、ケリーとゲンブはヤレヤレと思う。


「せっかくだし、南のあんまり行ってないとこに行こうぜ!」

 ケリーがそう提案する。

「まだ手出してない女が、三人いんじゃねぇのかよ?」

「それとは別腹だからな! 別のいい女、見つかるかも知らないだろ!」

 ゲンブの質問に、愚問とばかりにケリーが自信満々に答える。

「けっ! 大した自信だな、まったくよ。そういやシャッセの野郎が、一緒につれてけとかいってたが、どうするよ」

「シャッセか……。まあ、好みの別れる面だろうが、少なくともおまえよりかはマシだな」

 ゲンブの言葉に、ケリーがやや考えて承認する。


 ちなみに、この三人はまだライ・ローたちが、テロまがいの事件に遭ったことを知らないでいた。

 だからこの後、市庁舎付近の別のホテルに滞在しているシャッセを拾いに向かうのだが、例の事件のせいで出会えないのだ。

 シャッセとは結局合流せず、ケリーとゲンブのふたりだけで、最後の夜のサイギンを満喫することになるのだ。

 ついでにいうと、ライ・ローの騒動をふたりが知るのは、明日の早朝になるのだった。


「ああ、そういやちょっと待て」

 ここでエンブルがゲンブに質問する。

 露骨に嫌そうな顔をするゲンブに、エンブルは気にすることなく質問を投げかける。

「そういや、ルートどうなったんだ? 中央のルートは、戦闘予測地域だろうから、まず無理だったよな? 海岸線沿いを行くつもりか?」

 エンブルが訊いてきたので、面倒と思いつつゲンブは地図を出してくる。

 エンブルの質問には、きちんと答えないとうるさくて面倒なので、簡単に答えられるのは、さっさと答えておくことにしたのだ。

「この山岳ルートのほうが、距離的には近いから、こっちだよ。このサーザス山ってのを、一直線に突っ切る!」

 ゲンブは、サイギンとキタカイの中間に位置する山を、指差して答える。

「辛気臭い山道を、野郎どもで越えるのかよ~」

 つまらなさそうにいうケリーだが、腕を組んで考える。

「だが……。開放的な海沿いのルートを、野郎どもと走るのもなぁ」

 ケリーはいって考え込む。

「そうだ! 女を引っかけて、海岸線ルート通ればいいんじゃないのかよ。海まで行こうっていったら、ホイホイついてくるだろうぜ」

 ケリーが車を眺めながら、ゲンブに提案してみる。


「いや、キタカイへは山岳ルートを通る予定だ。それはもう、確定している!」

 ゲンブが地図を指差しながら、力強くそう宣言する。

「なんで山岳ルートなんだよ?」

 エンブルが、地図の山を見ながら尋ねてくる。

「せっかく馬力のある車だぞ! ガンガン山道、走りたいだろ! どんな悪路だろうが、一直線だぜ!」

 ゲンブが、まるで子供のように目を輝かせながら、ガッパー車を指差していう。

「ほぉっ! 確かに、そりゃいいなぁっ!」

 ケリーが、面白そうだと賛同するのと同時に。

「ちっ、くだらん理由だ……」

 エンブルが、同時に正反対のことをいう。


「フフフ、エンブルよぉ? 構って欲しくて、たまらないのか?」

 ケリーがエンブルに、不敵な笑みを浮かべる。

「そもそもおまえは、旦那と一緒にチェスの駒でも、ケツに突っ込みあってろよ。なんで、こっちに来たんだよ」

 ゲンブがエンブルに対して文句をいう。

「俺も来たくて、来てんじゃね~んだよ!」

 エンブルが大声でそんなことを叫ぶ。

 が、ケリーとゲンブはそれをあっさり無視する。

「ぐぬぬ……」という擬音を、エンブルは怒りのあまり声に出す。


「それに、ここだっ!」

 ゲンブが地図をまた指差す。

「サーザス?」

 ケリーが、その地域にある集落の名前を見つける。

 地図にはサーザスの村と書かれただけで、どのような村なのかは、地図だけではまったくわからない。

 かなり規模の小さな村のようだった。

 人口が百人にも満たないような、山奥に隔離された集落のようだ。


「中継地になる、小さな集落もあるようだしな。この村に一泊すれば、休息もできるだろうよ」

 ゲンブがそういって地図をたたんでしまう。

「そりゃいいなっ! 山の幸と山の女を、たんまり馳走になろうぜ~!」

 ケリーがうれしそうにいう。

「さてと、それじゃあ予定も決まったし、出発するか? 賢者さまにも誰かひとり、浮いたこの女三人から紹介してやろうか?」

 ケリーがエンブルに、自分の手帳を開いて見せつける。

「行くなら、さっさと消えてくれ!」

 ケリーの言葉に、エンブルは不愉快そうにいう。


「そうそう」といい、ゲンブがここで提案をしてくる。

「今回の旅には、サプライズをひとつ用意しているぜ」

「はあ?」というケリーだが、エンブルはケリーが開いてる手帳をじっと見つめている。

「きっとおまえらは、俺に感謝することになるぜ!」

 何故だか自信ありげに、ゲンブが胸を張る。

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