82話 「叱責」 後編

「じゃあ、俺たちはこのまま、ファニール亭に帰っても大丈夫な感じかな……」

 バークがまだ不安そうだが、他に行くあてもないし、ファニール亭に帰ることを決意する。

「そうね、ヨーベルの救出の件は、まだ表に出てないだろうし、大丈夫なんじゃない? この酔っぱらいの、バカ娘の言葉を信じるならね!」

 アモスが、タバコを地面に投げ捨て踏み消す。

「そもそも、ヨーベル? ネーブ主教のところに、何をしにいったの?」

 そこでリアンは、根本的なことを尋ねてみる。

「ネーブさんは、話しのわかる主教さま、ということだったので。直接、お話ししてみようと思ったのですよ~。みなさんの、助けになってくれないか、相談にいったのですよ。同じ神官としてお話すれば、何か帰るための手段を、用意してくれるんじゃないかと思いまして……」

 ヨーベルの、意外な行動力と発想力に驚く一同だが……。

「かといって、そんな大事なこと、ひとりで勝手にしちゃダメだよ。せめてみんなに、相談ぐらいしないと……」

 リアンが困惑したような表情でそういい、ヨーベルを叱責する。

「まっこと、スマンです!」

「あひゃんっ!」

 パシ~ンッ!という、今までにない炸裂音が響く。


「で、この体たらくかよ!」

 アモスが新しいタバコを取りだして、リアンがすかさず火を点けてあげる。

 そのリアンの一連の行動を、「本当は自分のお仕事なのに」と、ヨーベルが羨ましそうに眺める。

「ネーブに護衛を頼んで、アムネークまで帰るとか、そういうのを考えてたってのかい?」

 アートンが後方からヨーベルに尋ねる。

「今その話し、し終えたばっかりでしょ! なんでいちいちさぁ、同じ話しを蒸し返すの? バカは黙ってろ!」

 アモスが、アートンに向けて凶悪な顔をして怒鳴り散らす。

 アートンはさらに意気消沈して、後方にまた下がる。


「ヨーベル、あとな。宿の女将さんがいってたんだが、訊きたいこともあるとか、いってたらしいが? それって、なんなんだ?」

 バークが訊いてくる。

「訊きたいこと?」

 ヨーベルが考え込む。

「え~と……。な、なんでしょう? よく思いだせないのです……。あふぅんっ!」

 アモスがまた、ヨーベルの尻を引っぱたく。

「思いだせないなら、その件はもういいよ。もう一度、再確認させてもらいたいんだがな、いいか?」

 バークがヨーベルに尋ねる。

「宿のことは話していない、これは大丈夫だよね?」

「はい、でもファーファー亭という名前、出したのは覚えています、すみません」

 バークの質問に謝るヨーベル。

「俺たちの仲間の話しは、ひとりも口にしていない?」

「……多分、大丈夫かと思います」

 ヨーベルはこういうが、何度かアモスの名前を出していたのだが、完全に酩酊状態で本人は覚えていないようだった。


「実はヒロトちゃんが、けっこうヤバい感じになったんだけど……。彼女の名前も、出していない?」

「ヒロトちゃんですか? えっと何も、いってないと思います~」

「そうか、安心したよ。俺たちが、いなくなったあとの展開に、いろいろ影響あるかもしれなかったからな。きちんと、訊いておきたかったんだよ」

 バークの必死の話しを聞き、リアンは少しうれしくなる。

 バークもヒロトのことを、やっぱり心配してくれていたんだと。

「えっとですね……。上手く、話しがまとまりそうな、流れになるまでは、いろいろ内緒にしていよう、って思っていました~。なんだか質問いっぱいされましたけど、適当にはぐらかしておいたので、問題ないですよ~」

 ヨーベルが、バークの背中の上でそういい、少しまた目がトロンとしてくる。


「考えがあったのか、なかったのかどっちなのよ!」

 アモスが呆れたようにいう。

「出たとこ勝負でした~。すみません~……」

 ヨーベルがまた、睡魔に襲われそうになりながらも謝罪する。

「俺たちの身元に繋がるようなことは、何も話していないんだよね?」

 バークが、念を押して訊いてくる。

「はい、もちろんです~」

「それにあの人……」と、ヨーベルはネーブのことを思いだす。

「わたしの身体しか、見ていなかったですし~。身元に繋がるような話しをする、機会もなかったのです……。ウフフ、実に必死な感じでした~」

 ヨーベルは、笑顔を浮かべたままバークの背中で、また眠りに落ちようとする。

 スパーンッ! という尻を張り倒す音がするが、今度はヨーベルも無反応で、そのまま寝てしまう。

「まったく! 何、自惚れてんのよ! やっぱあんた、悪女の素質ありね!」

 ヨーベルの尻を引っぱたいておきながらも、アモスはやや口角を上げ、けっこう頼もしげにいう。


「ネーブからは、本当に何も、されていないんだな?」

 アートンがアモスににらまれながら、すごく後方から心配そうにヨーベルに訊く。

「あんなオジサン、断固お断りなのです~。むにゃむにゃ……」

 そういうとヨーベルは、またバークの背中で眠りに落ちてしまった。

 前方を見ると、ファニール亭のピンクの看板が見えてきていた。

 念のため、アモスが先行して、宿の様子をうかがいに偵察に出る。

 しばらくして帰ってきたアモスによれば、部屋のどこも怪しいところもなければ、不審な追手らしき人間もいないとのことだった。

 アモスの偵察なら問題ないだろうということで、バークたちは眠ったヨーベルを背負おって、ファニール亭に帰還した。


 こうしてヨーベルによる、独断専行のネーブ接触という最悪のイベントは、リアンたちに様々な不安と災禍を残したが、いちおうの解決を見た。

 しかし彼女の行動で、大きく今後の予定が狂ってしまったのは間違いなかった。

 まず、ネーブの件が発覚するまでの間に、迅速にファニール亭から移動しないといけない。

 そして、ヨーベル救出の際にネーブに対して狼藉を働いたことから、彼女は教会だけでなくエンドールからも、追われる身になるのは間違いないだろう。

 当初考えていた一般旅行客の振りをして、ゆっくりエンドールに帰ればいいという帰路プランが、「追手つき」ということになり、難易度が跳ね上がったのだ。

 これは由々しき自体だが、当のヨーベルはスヤスヤと眠りこけて、まだ自分の愚行の重大さに、気づいていないようだった。

 バークはヨーベルの重さを身体に感じながら、この旅のリーダーとしての重責を、物理的にも味わっていた。


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めでたしめでたしとはいかない。

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