84話 「救出達成後」 後編

 するとアモスが、ヨーベルのところにツカツカと歩いていく。

 そしてなんの迷いもなく、彼女の脳天に手刀を一発ぶちかますのだった。

「あきゃっ!」という悲鳴を上げるヨーベル。

 驚く男性陣たちが、うろたえてる。

 ヨーベルは頭を抑え、ポロポロ涙をこぼす。

 その涙は痛みではなく、別の理由だということが、部屋にいる全員がなんとなくわかる。

「だいぶ、酔いは冷めた感じね! 弁明タイムを設けてあげるわ! じゃないと、あんたここで切られるってさ!」

 アモスがヨーベルにキッパリという。

 それを聞いて、ヨーベルは涙がますます止まらない。


「ご、ごめんなさい……。マイルトロンは危険って話しでしたでしょ。だからみなさんを、どうにかしてあげたいと思って……。本当に勝手なことを、しちゃいました……」

 シーツに顔を押しつけるように、ヨーベルは上半身を折り曲げて謝罪する。

「あと……。お話しも、なんとなくですが聞いていました……」

 ベッドの中で今までの会話を、ヨーベルは実は聞いていたことを話す。

「あの……。わたし、ここでみなさんと、お別れしないといけないのでしょうか?」

 ヨーベルが涙を流しながら尋ねてくる。

 それを聞き、さっきまでその案を推していたバークもアートンも、困惑の表情になる。


「もう、あんたみたいな勝手な女は、面倒見るのもバカらしいんだってさ! いないほうが、旅も楽になりそうだし、ってね」

 アモスの言葉に、彼女の顔を見てヨーベルはさめざめと涙を流す。

「そんなことは、いってないだろ……」

 バークが椅子から立ち上がり、ヨーベルに少し近づく。

「さっきの話しを要約すれば、そういうことでしょ! どう違うっていうのよ!」

 アモスが、こっちに歩いてくるバークに怒鳴る。

「ヨーベル、誤解だからな」

 バークがヨーベルに向けて優しく語りかける。


「わたし、もう二度と、あんなことしたりしません……。なのでまたご一緒に、いさせてもらえないでしょうか……。今回の勝手は、本当に申し訳ありませんでした」

 必死に懇願するヨーベルを、リアンは悲しそうに眺める。

「でもな、ヨーベルは本来逃げる必要は、どこにもないんだぞ? これは追い出そうとか、そういうのじゃなくて、ヨーベルの身を案じてのことなんだよ……。これから先、どんなことがあるか、わからないんだし。ジャルダンに帰るっていう選択肢が、一番安全なんだぞ?」

 アートンがアモスを恐れず、思い切って口を開く。

 アモスが何かをいおうとしいたのを、リアンが側に行き、袖を引っ張って彼女を無言でなだめる。


「俺としても、アートンのいう通りだと思うんだが……。ヨーベル、君はそれでも一緒がいいのかい?」

「はい……、できましたら……」

 バークの質問に、ヨーベルが即答する。

 そして、また訪れる無言の時間。

「ヨーベル、あんたはなんなの? ジャルダンに、帰るのが嫌なの?」

 アモスが、比較的優しげなトーンで尋ねる。

「そ、そういうわけでは……。ないんですが……。みなさんともう少し、一緒にいられたらなぁって……」

 ヨーベルが、涙を拭きながらポツポツと語る。

 アモスがそれを無言で眺める。

「それが、あんたの正直な気持なわけね!」

「は、はい……」

 アモスの質問に、ヨーベルが弱々しくうなずく。


「おいっ!」

 ここでアモスが、沈黙を破るように声を上げる。

「ジャルダンなんて、犯罪者どもの巣窟よ! しかも、とびきり凶悪なねっ! あんたらは、そのことを当然、知っているはずの身よね!」

 アモスが、バークとアートンの顔を交互に見る。

「そのことを理解してて、またこの娘を、送り帰したいってわけ? あそこで何があったのか、もう忘れた、とかいわないわよね?」

 リアンが、アモスの激昂を恐れて彼女の袖を引っ張るが、それほどアモスは怒っていない感じでもあった。

「ヨーベルのことだからさぁ。あの島のこと、悪くいえない立場ってのもあるんでしょうよ! 単純に、怖いっていう気持ちがあっても、全然不思議じゃないしね! そんな、この娘の気持ちも、察することができないわけ?」

 アモスがヨーベルを指差す。

 それを聞き、バークもアートンも、もっともだという表情をして下を向く。


「どんだけあんたら、鈍感なのよ!」

 アモスが最後にそう怒鳴る。

 近くにいたリアンが、ビクリとしてしまう。

 でもリアンにも、アモスの言葉は理解できた。

 ヨーベルの、特殊な帰りたくない理由を知るリアンだが、アモスの言葉も筋が通っている。

 犯罪者だらけの刑務所に、年頃の女性がひとりで赴任するなんて、どう考えてもおかしい。

 そんな場所に返すなんて、残酷な行為にしか思えない。

「別れたくないっていってる女を、邪魔だからって、元居た場所に帰れ! そんなことを、あんたらはさせようとしてるのと一緒なのよ! それに、考えてもみなさいよ!」

 アモスがベッドに腰掛けると、腕組みしていう。


「エンドールに、保護してもらおうっていったてさ! この娘、ネーブのところから、強引につれ戻したのよ。あれでネーブの恨み、買ったかもしれないのよ! 保護してもらえるなんて、理想的な展開があるとかさぁ。あんたら、本気で思っているの?」

 アモスの怒気は激しいが、いっていることはすごく正論に思える。

「だとしたら、おまえらそうとう、頭湧いてるぞ? その辺りも、どう考えてるんだよ! エンドールだって、ヨーベルの正体を根堀葉掘り調査して、拘束するだろうし。すんなり、解放してくれると思ってるのか?」

 アモスの言葉に、バークが「うむむ」とうなる。

「確かに、それもあるよな……」

「やっぱ、なんも考えてないのね! 普通に考えていけば、こういう結論に達するでしょ! そこにいたらずに、保護してもらおう、ジャルダンに帰ればいいだとか! あんたらやっぱり、頭相当悪いでしょ! バーク! 特に、あんたには幻滅よ! せっかく今夜の一件で、評価上げたのに、なんなのよ!」

 アモスに名指しでいわれ、バークはうなだれる。


「あの、今まで黙ってたのに、急に後出しでいいだすみたいでごめんなさい」

 ここでリアンが、またいちいち挙手してから話しだす。

「僕もできたら、ヨーベルをつれていってあげたいな……。僕自身が、みんなから保護してもらってる身で、何様だって話しなんだけど……。バークさんと、アートンさんの負担がかからないように、できるだけ僕も協力しますから。なんとかヨーベルを、同行させてあげられないでしょうか?」

 リアンの言葉に、ヨーベルがうれしそうな表情になる。

「ほら、リアンくんまで、こういってるのよ! どうするわけよ、意見聞かせなよ!」

 アモスが、ベッドをバンと叩いて立ち上がる。

「了解だ、わかったよっ!」

 バークが、ポンッと手の平をたたく。

「あの島から、なりゆきとはいえ、いろいろあってここまで一緒だったんだ。一緒にいたいっていうなら、最後まで付き合ってもらうか」

 バークがそういい、ヨーベルに笑いかける。


「そうだな……。本来、このパーティーで……」

 そこまでいって、アートンは言葉を止める。

 そんなアートンを、アモスがギロリとにらむ。

「本来、何だっていうのよ?」

「あ、いや、なんでも……」

 アモスににらまれ、慌ててアートンが、両手をクロスさせてうろたえる。

「うわっ、なんかウザッ! 思わせぶりなセリフ吐いて! 自分も構ってもらおうみたいな、姑息な魂胆ねっ! どこまであんた、雑魚いんだよぉ!」

 アモスが、アートンに対してまた罵声を浴びせる。

 慌ててリアンが、アモスの袖を引っ張って制止させる。


「いや、そんなんじゃないよ!」

 アートンが、必死に弁明しようとしている。

「だったら、何いおうとしたのかいえよっ! もったいつけて、気を引こうとしてんじゃね~ぞ! いちいち女々しいんだよ! てめぇの行動は!」

 アモスが、アートンに口汚く罵る。

「お、俺が一番無能だから! 出ていったほうがいい! って、いいたかったんだよ!」

 アートンが、ヤケクソ気味にそういう。

 困ったような表情をする、バークとリアン。


「あら、名案ね! あたしは止めないわ。ほら、リンくんもいってる」

 アモスがリアンを指差すが、リアンはびっくりして否定する。

「アートン、いちいち挑発に乗るなって……」

 バークが、アートンにたしなめるようにいう。

「す、すまない……」と、アートンが謝罪する。

 そしてアートンは、荷物をまた整頓しなおして考え込む。

 こちらにアモスが、視線をもう送っていないのを確認して思う。


(まあ本来、俺のみ追われる身なんだ。いざとなったら、俺が投降すりゃいいだけの話しだからな)


 そんなことをアートンは思う。

 ヨーベルの僧衣を入れた、大きなカバンがやけに酒臭い。


「じゃあさっ! ヨーベルの件は、これで一件落着ってことね!」

 アモスが終息宣言する。

 誰もそれに対して、もう異存はないようだった。

「わたし、ご一緒してもいいんのですか?」

 ヨーベルが、涙を浮かべて確認してくる。

「ああ、もちろんだよ。またよろしくな。不安にさせちまって、悪かったね」

 バークが、ヨーベルに安心させるようにいう。

「本当に、ありがとうございます~。わたしもう絶対に、勝手なことしませんね!」

 ヨーベルがベッドの上で、上半身を深々と下げて謝罪する。

「良かったね、ヨーベル!」

 リアンも、ヨーベルに声をかけてくる。

 ヨーベルは、満面の笑みを浮かべてよろこんでいた。

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