85話 「次は問題児」 前編

「じゃあ、次はここのバカ娘の件ね」

 アモスがいうやヤレヤレと、露骨に面倒そうな顔をする。

「ああ、そうだな……」とバークが考え込む

「ヒロトちゃんの件もさ、ヨーベル同様、落とし所をいい感じにしてやりたいよな。こちらから彼女にとって、転機になる選択肢を提示できるんだ」

 アートンが、ソファー付近に散らばる雑誌類を集めて回る。

「リアンくんのいっていた案と、そこのクソウザい、構ってちゃんの案があるわね」

 アモスの言葉に嫌な顔をするアートンだが、当然何もいわない。


「本来なら、じっくり彼女と話しあってだなぁ。自分の将来を、よく考えてもらう時間が必要なんだが……。ここにきて、大きく状況が変わったからなぁ」

 バークが椅子に座りながら、大きく伸びをしていう。

 そのままの姿勢で上半身を左右に動かすと、コキコキという音がするバークの身体。

 本日一番働いたのは、間違いなく彼だろう。

「あのテロを起こそうとした男……。まさかあいつが、ヒロトちゃんと接点がある男だったなんてな……」

 アートンが、雑誌の紙面にある市庁舎の写真を見ながら、今夜目撃した事件とあの貧相な男を思いだす。


 ヨーベルの一件が一段落してから、リアンはアモスと一緒に、ヒロトを反エンドール活動をしている集団から脱退させた経緯を、かなり端折って説明した。

 さらに、そのメンバーのひとりが市庁舎前で、実際にテロ事件を起こしてしまったことも、ついさっき報告された。

 そしてヒロトがこの宿を出て、リアンたちと同行を希望していることも、彼の口から聞かされた。

 ヒロトに関しては、所属していた一団のメンバーが犯したテロ未遂で、彼女自身が今後どういう感じに捜査に絡んでいくのか、不確定要素が多かった。

 バークがいった通りもっと時間があれば、ゆっくり対策を練る時間もあったのだろうが、ヨーベルの一件で宿をすぐにでも出ないといけなくなった。

 非常に頭悩ませる問題でもあり、ひとりの少女の今後の人生を左右する、重要な分岐点でもあったのだ。


 ソファーに座り、今まで集めた情報収集に使った雑誌を、束ねていたアートンが口を開く。

「おまえが、変なことしたからさ……。あの男を暴走させたんじゃないのか?」

 アートンが思わずアモスに対して、予想だったのだが偶然真実を引き当てて、その攻撃の矛先を向けてしまう。

 リアンはナオという男を、アモスがけしかけたことは黙っていたのだが、アートンが何故かその地雷を踏み抜く。

 そのアートンの言葉を聞いて、バークとリアンの顔色が変わる。

 そしてアモスの顔は、案の定また凶相に満ちていた。

「おい、おい、おい、おい……。この状況でよぉ……。あたしに、つっかかってくるとは、あんたいい度胸ね? やりあうっていうなら、いくらでも受けて立つわよ?」

 アモスが凶悪な表情で、冷笑を浮かべながらアートンにいう。

「う、いや……」と、アートンは失言したことを後悔する。

 思わず、束ねていた雑誌類が崩れてバラバラと音を立てる。


「アートン、余計なこというなって……。アモスも、ここは矛を降ろしておいてくれ。今は喧嘩してる時間なんか、ないんだからさ」

 バークが、諭すようにアモスにお願いする。

「ああ、すまなかった。悪かったよ……」

 アートンが、申し訳なさそうにバークに謝る。

「あたしへの謝罪は、ないのかしらぁ?」

「アモス、ここは……」

 アートンに向けて、一歩進もうとしたアモスをリアンが慌てて制止する。


「バークさん、もう少しヒロトのことで、考えてあげましょう? 彼女にとっても、大事なお話しだし!」

 リアンはそういって、話しを強引に軌道修正する。

「そ、そうだな……。一応、ヒロトちゃんの話しでは……。例の、反エンドール仲間の活動計画なんかは、全部連中の妄想というか? おふざけ、だったんだよな? 実際に実行するまでは、考えてなかったんだろ?」

 アモスが、椅子にしぶしぶ座ってタバコを吸いだしたのを見て、バークは安心して話しだす。

 ちなみに、ヨーベルは安心したら酔いも眠気も覚めたのか、お風呂に入ってサッパリしにいっていた。

「ええ、そうでした」

 バークの問いかけに、リアンが力強くうなずく。

「遊び話しの延長みたいな感じで、盛り上がっていただけみたいです」

「遊びにしては、やけに計画的だし、調査も緻密だったけどね」

 リアンの言葉を補足するように、アモスが笑いながらいう。

 アモスは今日買った、模造刀の形をした缶切りをしげしげと眺めている。


「なのに、行動してしまったわけか……」

 バークが腕を組んで、考え込んでしまう。

 リアンがこの話しをする際に、意図的にアモスに触れないでいたので、アモスが絶対何かしらやらかしたんだろうと、バークは確信していたのだが、口にはしないほうがいいと思ったのだ。

 そんな疑いから、バークはチラリとアモスを見てしまう。

 アモスは模造刀でアートンを指し示していたので、バークの疑惑を込めた視線には気づいていない。


「ねぇ、リアンく~ん? バカアートンがいうみたくさぁ。あの青瓢箪が暴走したのは、あたしのせいかなぁ?」

 アモスがアートンのほうを見ながら、リアンに甘えるような声でいう。

「ど、どうだろう……」

 かなりの間があってリアンが答える。

「うふふ……。リアンくんはぁ、正直にいってくれてもいいのよ?」

 困惑してるリアンに、アモスが挑発的に訊いてくる。

「しかし、事は重大だよな……。芋づる式に捜査の手が、ヒロトちゃんに伸びる可能性があるわけか……」

 バークが顎に手を当てて考える。

「ああ、それが一番心配だよな……。ヒロトちゃんはまだ子供だから、厳罰はされないだろうけど。実行犯の仲間であったのは、確実なわけだからな」

 アートンがアモスの視線から逃げるように、崩れた雑誌を再結束しながらいう。


「そんなに、深刻になることなの?」

 ここでアモスが平然といい放つ。

「もしパクられたら、パクられたでさ。今回のことは、いい社会勉強でしょ? あのクソ生意気にねじ曲がった性格を、矯正するには、いいきっかけじゃない。好機とみるべきよ」

 アモスが、まるで問題ないといった感じでサラリという。

 その言葉を聞いて、リアンやバークたちが表情を強張らせる。

 アートンも雑誌を整理しながら、アモスに聞こえないように、「はぁ」とため息を漏らす。

「そうかもしれないがなぁ。俺たちの手で、更生のチャンスを新しく用意できるんだぜ。同じ変化へのきっかけなら、平穏無事なほうがいいじゃないか……」

 バークが、アモスの無関心振りに落胆したよにいう。

「うん、僕とお話しした感じじゃ、ヒロト。もう普通の女の子に、戻ってると思うよ。きっと以前のような攻撃的な態度は、彼女もう取らないよ」

 リアンの言葉に、何故かアモスがニヤニヤする。

「あら、リアンくんは、やっぱり女の子の扱いが上手なのねぇ。どうやってあの捻くれ者を、矯正させちゃったのかしら?」

 アモスの笑顔にリアンは困惑する。

 アモスの考えていることは、なんとなく理解できる。

 でも、本当にそういうのではないということを、リアンは説明しようか迷っていた。


 すると、ドアがノックされる音がする。

 室内の全員に緊張が走る。

「どちらさん? 従業員さん?」

 アモスが大声で、ドア向こうの人間を誰何する。

 バークとアートンは緊張している。

 もしかしてと、最悪の事態を想定して身構えているふたり。

「あの、あたしです……」

 しかしドアの向こうから聞こえたのは、ヒロトの弱々しい声だった。

「今、お話しいいですか?」

 ヒロトが本当に人が変わったように、しおらしくなって声をかけてきた。

 アモスが、バークとアートンに無言で手で制止し自発的にドアに向かう、そしてのぞき穴からアモスはドアの外を確認する。

 魚眼レンズに映るのは、ヒロトの姿だけだった。

 周囲に、怪しい人影もなければ気配も感じない。

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