33話 「川辺での餌やり」 其の三
アヒルをなでながら、しばらく考えたあと、リアンは発言する。
「彼女……。食事制限とか、してるのかな? お腹空いた~とか、よくいったりしてるけど。それでいて、あんまり量は摂らなかったりするよね……」
リアンの言葉に、アモスも納得したようにうなずく。
「ああ、それはあるよねぇ。でもさぁ……。女心を、まだ知らないリアンくんには、理解不能なことなのかもね」
アモスの若干皮肉ってきた言葉に、リアンは首をかしげる。
「ど、どうしてですか?」
「あの娘の、あの体格でぇ……。あのプロポーション維持するのは、かなり大変なはずよ! 油断したら速攻、樽みたいな糞デブに、超絶劣化する可能性があるのよ!」
アモスの言葉に、リアンは驚いたような顔をする。
「さすがに、それは……」
「冗談じゃなく、本当よ!」
リアンにアモスが断言する。
「あの娘が少食なのは、体重を気にしてるからよ」
「そ、そうなんですか……」と、リアンがつぶやく。
「いい、リアンくん。女にとって体重の増減は、死活問題みたいなものよ」
アモスの語る概念は、リアンにはまったく理解できないものだった。
理由として、リアンの親族に太った人が、まったくいないのがあった。
周囲に多少太い人もいたが、本人がまったく気にしている素振りを、見せていなかったというのも関係していた。
「体重の増減という悩み」があることを、アモスの口からはじめてリアンは知ったのだ。
「ちなみにあたしは、まったく太らない体質なのよっ! なのに、全然ヒョロくないでしょ? リアンくん的にどう思う? あたしの身体?」
リアン相手に、前屈みになって胸元を、見せつけるようなポーズをアモスはする。
さらに、ショートパンツから伸びたアモスの生足は、実はリアンにとって常に目のやり場に困るほど、魅力的でもあった。
まるで子供相手に、娼婦がアピールをしているような、不健全さ全快な光景だった。
年頃のリアンは困ったように悩む。
「う、う~ん……」
性格の攻撃性を無視すれば、アモスはヨーベル同様、かなり美人の部類に入る女性なのは事実だからだ。
「昨日も、いいましたけど……。アモスも性格がもっとおおらかなら、とても魅力的ですよ。もったいないですよ、せっかく美人なのに」
リアンの言葉に、目を丸くしてからアモスはニコニコする。
「リアンくんって、そういうセリフ、当たり前のようにいえちゃうのよね」
アモスは、リアンの髪をワシャワシャとなでながらいい、リアンはされるがままだった。
「でも、誰にでも同じようなこという。口先だけの、ヤリチン野郎になるのは……。あたしは許さないから、そこは覚悟しとくのよぉ!」
アモスがリアンの口をつかんできて、少し力をくわえてくる。
どう答えれば正解なのかわからなかったが、選択肢は間違えていなかったような、アモスのうれしそうな感触だった。
早朝からの、アモスのセクハラ行為を誰にも咎められることなく、ふたりは宿に帰ることにした。
アヒルたちも満腹で満足したのか、すでに川に戻って元気に泳いでいた。
ふたりはヨーベルの診察後の観光先を、どこにするのかを話しながら、土手の階段を登っていた。
宿の前に帰ってきて、その壁にある掲示板を見つけたアモスが、たちまち不満気な顔になる。
この掲示板は、宿の前にはじめて来た時に見つけた、求人募集が張り出していたものだった。
「ど、どうしたの?」
アモスの表情の変化を察したリアンが、不安そうに尋ねる。
「そういや、あのふたりよ! また、仕事に出掛けるんですって? なんのために、せっかく大金貢いでやったと、思ってるのよ!」
みるみる怒気に満ちてくるアモスを、リアンは穏やかになだめる。
「まぁまぁまぁまぁ……。途中でお仕事放りだすような、無責任な人たちじゃないってことですよ、あのふたりは。仕事を継続すること自体、悪いことじゃないんですから、そこはほら……」
リアンが必死になって、アモスにそういう。
しかし、その発言を聞いたアモスは、さざ波のような笑いを浮かべると、リアンの肩をポンとたたく。
「リアンくん、面白いわぁ! やっぱり可愛らしい! ほんとに、食べちゃいたいぐらいよ。童貞奪う権、今から予約しとくわ!」
アモスの言葉に、リアンはポカーンとする。
自分は何か、変なことをいってしまったのだろうか、という疑問に頭を悩ませる。
ちなみにセクハラ的な発言には、リアンはもう慣れてきていた。
どうやらリアンは、ふたりがジャルダン刑務所から「勝手に逃亡した」事実について、完全に失念しているようだった。
本来なら、島に留まっていなければならない、刑務所関係者という身分のはずの、アートンとバーク。
緊急避難的な意味合いもあったが、島に戻るという行為こそ、本来あのふたりが取るべき選択なのだ。
ジャルダン刑務所からバックレているというのが、今のふたりの本当の現状なのだから。
「リアンくん、今のは当然、皮肉じゃなくて、天然よね? ウフフッフフフ……」
奇妙な笑い方をするアモスに、リアンは困惑するしかない。
「あの~、どうして?」
アモスがまたリアンの肩を軽くたたくと、うんうんと慈しむようにうなずく。
「平気平気、リアンくんはそれでいいのよ~。まあ、あたしらが、この街にいる一週間程度。ヤツら働きたいってのなら、勝手にすりゃいいわ。あたしらはその間、この街でゆっくり観光するだけよ。この街は、見所が多いからね! 邪魔な野郎ふたりがいないなら、それはそれで楽しいってものよ」
アモスはすっかり目が冴えたようで、毒舌がすっかり本調子になってきていた。
そんなふたりが、宿の入り口まで戻ってくると、美味しそうなパンの匂いがしてきた。
朝食は済ませたはずだが、焼き立てパンの匂いはまた食欲を刺激する。
「そういえばさ! ヨーベルが初日、この匂いに釣られて、店の前に突っ立ってたんですって?」
アモスが笑いながら、ヨーベルの奇行に触れる。
「ええ、彼女、不思議な行動も多いけど……。本能のまま生きられて、僕からすると羨ましい感じです」
「それ、若干あの娘を馬鹿にしてるみたいよ、フフフ」
リアンの本心から出た言葉だったが、アモスにそう笑われる。
「いえいえ、そんなつもりは!」
慌ててリアンが否定をする。
しかしアモスは、必死に反論するリアンのうろたえ方を見て、ニコニコと笑う。
自分がまた、からかわれたことに気がついたリアンが、まいったなぁと頭をかく。
リアンにしてみると、アモスのセクハラや可愛がりは、彼女独特の個性と思って、特に不快感を抱いていなかった。
気の強い女性は、過去に故郷の村でも見てきたし、どこかその人と被る感じが懐かしい気もしていたからだ。
でも、アートンとバークに対する当たりの強さだけは、純粋に怖いという思いがリアンにはあった。
ふたりなりに一生懸命なはずなのに、何故かあまり評価せず、どこまでも高圧的な態度を崩さないのだ。
あのふたりを嫌ってる、というわけでもなさそうなのだが、あの威圧的な態度は、何が理由なのかリアンにはわからなかった。
そんな時リアンとアモスが、ちょうどタイミング悪く、宿から出てきたヒロトと鉢合わせてしまう。
昨夜同様、またバッタリと出会ってしまったアモスとヒロト。
その反応は、双方険悪ながら、とても対照的な印象だった。
どこか嗜虐的な表情でにらむアモスと、本気で気まずそうなヒロト。
リアンにとってはアモスの、このヒロトへの反応も不安要素だった。
昨夜もヒロトの反応について、ヨーベルをフロントから連れ帰ってきてから、アモスはかなり文句をいっていた。
リアンは、そんなアモスをなだめるのに、かなり苦労したのだ。
確かにヒロトは態度に問題があるが、だからといってアモスも大人気ないとリアンは思う。
いくらヒロトの悪態が原因で、宿に泊めて貰っているとはいえ、彼女に手を出すようなことがあったら、追いだされる可能性だってあるだろう。
だからリアンは、アモスがヒロトに何かしでかす可能性を心配していたのだ。
そして、それは今朝、運悪く発生してしまう。
アモスとヒロトでは、いくら悪ぶっているヒロトでも圧倒的に分が悪い。
さっそく逃げるように、ヒロトはプイっと視線を逸らした。
リアンは、アモスがまた怖いことをいいださないかと思い、身体が強張る。
その時の緊張で、リアンが抱えていたアヒルの餌やり用バケツがきしむ。
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