33話 「川辺での餌やり」 其の二

「完全復帰してるわよ、アレはもう」

 アモスの言葉に、確かにとリアンは思う。

 ちょっと発熱があっただけで、ヨーベルは特に昨日の夜も苦しそうでもなかった。

「意外と身体弱いのよねぇ、あの娘ってさ」

 アモスは、眠そうな目をこすりながらいう。

 アモスの意外な言葉に、リアンはえっ? とアモスを見る。

 餌を催促してくる、アヒルたちの鳴き声がうるさい。


「あの娘ってさぁ、あの見た目でやけに病弱なのよ。島にいた時も、よく熱出しては看守どもが、てんやわんやよ」

 アモスの言葉に、どうして知っているのだろう? という疑問が、リアンの中にまた湧き上がる。

 というか、そもそもジャルダン島には、女性はヨーベルひとりだったはずなのだ。

 なのに、アモスという二人目の女性がいて、刑務所関係者のアートンもバークも、存在を知らないのだ。

 考えるのはよそうと思っても、この矛盾点が、リアンは何度も頭に浮かんできてしまう。


 しかも、その辺りの矛盾点をアモスも理解しているようで、含みを持たせたいい方で、挑発的に自分から話題にしたりするのだ。

 アモス本人はクルツニーデの一員としてジャルダンにいたというが、やはりどうにも信じがたいし、最初から信用させる気も感じないようだ。

 きちんと訊けば、アモスのことだから真相を答えるような気もするが、真実を知るのが怖いという思いもあった。

 アモスがまた、不敵な笑いを浮かべているのを見て、リアンはこの話題は本当に止めようと思う。


 ちなみに、ジャルダン滞在時のアモスは、最初ヨーベルの頻発する発熱を仮病と疑っていたのだ。

 病気の振りをすれば、ただでさえチヤホヤしてくれていた看守どもが、さらに待遇を良くしてくれるのだ。

 しかも本人は嫌だといっていた説法会だが、この催しだけは一度も風邪で流れたことがなかったのだ。

 本当に嫌だったら、仮病でも使ってやりたがらないはずだが、なんだかんだいって一度も休んだことがないのだ。

 アイドルのような状況を、案外楽しんでいた可能性も捨てきれない、ヨーベルという意外とあざとそうな女性。


「う~ん、改めてそう考えたら……。あの娘やっぱ、どこか計算高い感じするのよね?」

 そう考え込むアモスを、リアンはじっと見ている。

 その視線に、気がついたアモスが笑顔になる。

「あら? おねえさんの性的魅力に、朝から虜になったのかしら? うれしいけど、今はさっさとこのケモノどもに、餌あげてやりなさいよ」

 アモスはやたらガーガーと、うるさくなってきたアヒルを指差して、リアンにそういう。

 餌の催促をするために、リアンの脚をせっつくアヒルたちを見て、アモスは思わず笑ってしまう。


 リアンがすぐに、バケツからパンくずを地面にばら撒くと、アヒルたちがそれに向かって一斉に群がる。

「可愛い見た目でも、所詮ケモノよ。小出しにしてたりすると、一転牙を剥く可能性もあるからね。こいつらの嘴は意外と怖いから、あげるならさっさとあげちゃいな」

 アモスがリアンにアドバイスをして、自分はバケツの中のパンくずを一個掴むと、それを食べる。


「ねえ、さっきのヨーベルの話しだけど……」

 リアンがアヒルに餌をばら撒きながら、アモスに尋ねる。

「彼女、病弱だったの?」

「そうねぇ……。そういうことにしとくわ、彼女も悪意はないだろうし」

 アモスはさっき、頭の中で考えていたヨーベル評をあえて否定せずに、自分なりの印象をリアンにいう。

「なんで、島でのヨーベルの事知ってるの?」というセリフが、口から出ない。

 リアンの中に、それは禁句だよ! という警告が鳴り響くようだった。


 すると、「あっ!」とアモスが声を上げる。

 そしてすぐに、クスクスと笑う。

 その笑顔とリアンに向けられた視線は、いかにも訳有りといった感じだった。

「そうか~。そうよね~。あたしの存在を知ってるのは、あの島じゃ、誰もいないんだったわね」

 アモスが、リアンに向けてそんなことをいってくる。

「その辺り、もっと詳しく訊いてみたい? リアンくんにならぁ。特別に教えてあげてもいいわよ?」

 アモスが、自分の「特殊な力」について、触れるようなセリフをいう。


 しかしアモスの口調から、リアンはやはり危険な印象を受けた。

「あっ! いいです! ごめんなさい! 島でのこととか、お互いの過去について余計な詮索はしない、ってルールですから!」

 慌てたように、リアンがアモスの申し出を断る。

 自分から、ジャルダンでのアモスを怪しんでいることを、リアンはつい口にしてしまう。

「アハハ、ごめんごめん。なんか、怖がらせちゃったかな? そんなに怯えなくても平気よ」

 アモスが笑いながら、慌てているリアンを安心させるようにいう。

「リアンくん自身には、特に秘密もなさそうな感じだけどさ。あの島に、流されたっていう経緯が、怪しさ満点なのよね。ちなみに、あたしも“ ある理由 ”があって、あの島にいたんだけどさ。……そこ、本当に訊きたくない?」

 アモスのやけに挑発的な話し方に、リアンは苦笑いをしながら餌をばら撒く。


「ぼ、僕もそうですけど……。自分のこととかは、もっとみんなと一緒に過ごして、自然と話せるようになったらでいいですよ。アモスは、え~と……」

 ここでリアンは、すごくいいにくそうにする。

「……なんだか、ものすごく、いろいろ事情がありそうだからさ」

「アハハ! わかってるぅ、さすがリアンくんね! そういう思慮深さが、ますます可愛ったらありゃしない!」

 抱きついてこようとするアモスを、バケツで反射的にリアンはブロックした。

「なかなかいい反応よ、やるわね!」

 アモスは、リアンへのセクハラが失敗したのを、笑いながら残念がる。

 どこまで本気なのかリアンにはわからなかったが、アモスにとってリアンはいじり甲斐のある、年頃の可愛い童貞ちゃんなのだ。


「で、ヨーベルの話しに戻るけどさ。あの発熱は、一時的なものだったりするのよね」

 意外とすんなり、アモスは元の話題に戻ってきた。

「島でも、ああいう症状、頻発させてたからさ。医者にかかれとか、宿の親父いってたけど。そのまま、寝かしとけばいいと思うわ」

 アモスの根拠不明の言葉に、リアンが驚いてしまう。

「そ、そういう訳にはいかないよ。せっかく病院まで紹介してくれたんだから、診察ぐらいはしてもらおうよ」

 リアンがそういって、病院に行かせないつもりでいたらしい、アモスの言葉を諌める。


「病院なんて行くから、人は早死にするのよ。どうするの? 絶望的な、不治の病とか発見されたら。ヨーベルに、早々に死亡フラグ立つわよ」

 アモスの言葉の意味が、リアンにはまったくわからない。

 しばらく考え込んで、リアンは再びアヒルに餌をやる。

「そんな意味不明なこといって、煙に巻こうとしてもダメですよ。病院には、絶対行きますからね。なんなら、僕とふたりで行ってきますから、アモスは先に観光しててくださいよ」

 リアンは、硬い決意を込めてアモスにいう。


「まぁ、邪魔者扱いなんて、ひっどいわぁ! ぼっちで観光してこいとか、なんて残酷なの! リアンくんとヨーベルのふたりにとって、あたしの存在はやっぱり、面倒な女で確定なのね? あたしとヨーベルなら、リアンくんは迷わずヨーベルを選択するんだ!」

 絶対に、自分をからかうようにいっているアモスの言葉に、リアンは困惑する。

 こういうのは、アモス特有の言葉遊びらしいことぐらいは、リアンでもなんとなく理解できる。

 ここはアモスの挑発に乗らず、黙々とバケツにあるパンくずを、リアンはアヒルに食べさせることにした。

 そういえば、アモスの発言にいちいち反応していたら面倒になるだけだからと、昨夜アートンとこっそり話していた、バークの言葉を思いだしたりもした。


「ところでさぁ~」

 眠気がすっかり消し飛んだアモスは、まだ何かリアンを困惑させるセリフをいいたいようだ。

 顔がニコニコとしていて、先ほどまでとは違いやけに上機嫌な感じがする。

 嫌な予感を、リアンは本能的に察知する。

「リアンくんは、健康的なヨーベルのあの身体! 正直、どう思うわけよぉ?」

 やっぱりそういう感じの話題かぁと思って、リアンはため息をつく。

「どう思うって、いわれても……」

 リアンは、ヨーベルのやや大柄だがグラマーな身体を思いだして、少し赤面する。

 リアンから見てもヨーベルは、女性的な魅力にあふれているのは事実だからだ。


 しかし本心を吐露できるには、リアンはまだうぶな少年だった。

 照れ隠しから、足元ですっかり満腹になって、懐いているアヒルたちをなでる。

 そして、丸々と太ったアヒルたちの毛艶をなでていると、あることに気がつく。

「そういえば、ヨーベルって……」

 リアンの妙に神妙な一声に、アモスも何事かと思う。

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