7話 「観光地化事業はじめ」 前編

 夕食は、海の幸をふんだんに使った、村独自の海鮮料理だった。

 スパイスとしての香辛料が良く利いていた。

 そこでリアンたちは、他の従業員や料理人を、アシュンから紹介してもらう。

 食後、テーブルが片づけられ、リアンたちは満腹感から幸福な気分を堪能していた。

 バークもすっかり例の件を忘れたように、元気を取り戻していた。

 それが表面上、そう取り繕っているだけだとしても、暗く塞ぎ込まれているよりかはいい。

 全員がそれぞれソファーに腰掛けると、バークがハイレル爺さんが持ってきてくれた、雑誌類を読み漁る。

 アートンもその誌面を気にして、横からのぞき込む。

 相変わらず下品な内容だなと、お互いにいいながら、アートンとバークが雑誌を読む。


 リアンはパズル雑誌のようなのを見つけ、それを手にとってみる。

 部屋に備えつけてあった鉛筆を持ってきて、リアンはパズルを解きだす。

 アモスとヨーベルは、村の観光案内のパンフレットを読んで、あれこれいっていた。

 ほとんどまだ完成していない施設ばかりだが、完成後について、女性目線で盛り上がっていた。

 すると、部屋にアシュンとハイレル爺さんがまたやってくる。

 軽い夜食と飲み物を、持ってきてくれたようだった。

 帰ろうとしたふたりを呼び止めて、バークが部屋に通す。

 せっかくだから、いろいろお話しを聞いてみたいといい、部屋に呼び戻されたふたり。


「宿の従業員は、今は足りてるけど……。村の開発が完成する前に、もっと人を雇用していかないと、いけないでしょうね」

 バークの言葉に、ハイレル爺さんさんがうなずく。

「計画は、村の若い連中主導ですべて進行してて、わしのような年寄りには、よくわからんのですが。雇用に関しては、専門の部署があったはずですよ」

 ハイレル爺さんが、人手の件は問題ないことを教えてくれる。

「そうなると、アシュンちゃんは先輩として、後輩の指導とかも頑張る必要もあるな。大変だと思うけど、頑張ってな!」

「は、はい! が、頑張ります!」

 アートンの激励に、アシュンは緊張したように返事をする。

 ルックスのいいアートンに励まされ、照れたような表情をする。


「ところで、今宿に泊まっているのは何組ぐらい? けっこうな数、宿泊されているんだよね?」

 リアンがアシュンに他の宿泊客のことを訊く。

「確か、今は新旧館合わせて、二十組ぐらいいるはずです。旧館のほうも、あと三部屋ぐらいしか残っていなかったかな」

 アシュンが思いだしながら、うれしそうにいってくる。

「キタカイから来た新婚さん一組と、それ以外は、村の視察に来た視察の団体さんですよ。視察のお客さんの回転率が早くって、よく把握できてないんですよね。近所の人たち総動員で、朝はバタバタで大忙し」

 アハハと苦笑いするアシュンだが、とてもやり甲斐を感じている表情だった。

「で、観光に来てくれたのは、今は、お客さんたちと新婚さんだけだよ」


「旧館のほうは、これから改装するのかい?」

 アートンの言葉に、アシュンはまたモジモジしだす。

「やるつもりなんですけど、まだ全然手をつけてないんです。そのうち、旧館のほうの部屋も全部、この村にふさわしい外観に改装する予定ですよ」

 少し赤面しながら、アシュンが教えてくれる。

「今の旧館、あそこも趣があって、すごくいい感じだと思うけどなぁ」

 アシュンの言葉に、リアンがもったいなさそうにいう。

「そうはいってられないの! 全体の統一感は大事ですからね!」

 やや強めの口調でアシュンが、一冊の観光パンフレットをリアンに渡す。

 いつでも営業できるように、アシュンはエプロンのポケットにいろんな種類のパンフレットを常備してるようだった。


「刷り立ての、村のプレゼン用パンフレットだよ。今度キタカイで、大規模なプレゼンテーションがあるんだ。それ用に作った宣材なんだ、良くできてるでしょ」

 アシュンが、得意満面といった感じでいってくる。

 どうやら、アシュンの同級生たちが作成したパンフレットらしかった。

「そういや、あんた学校は?」

 アモスが疑問に思って、アシュンに訊く。

「今はこんな時期だから、村全体で休校して、事業に集中してる感じなんです。いちおう、夜間学校はやってて、わたしも時々通っていますよ。今はお客さんがいっぱいで、なかなか通えないんだけどね」

 通えていないことを、アシュンは若干うれしそうにいう。


「このパンフ、今後の展望だとか村の紹介を書いてあるの、暇があったら是非読んでみてね。あとしつこくて悪いですけど、お友達や知り合いにも、この村の紹介よろしくです!」

 アシュンは、リアンに普通に営業をかけてくる。

「営業熱心だね……」

 リアンはやや面食らう。

 一方、えっへん! とアシュンは得意気。


 窓の外は、満天の星空が広がっていた。

 テラスに出てきたリアンたちが、星空を眺めてため息をつく。

 それを見て、ドヤ顔しているアシュンの姿。

「これだけでも、また観光名所になり得るほどの美しさだね」

 アートンがアシュンにいい、彼女がまたうれしそうにモジモジする。

 美しい星空の前に、珍しくアモスまで静かになっていた。

 アモスの吸うタバコの煙が、静かに星空に溶け込む。


「ヒュルツという場所は、以前までは、何もないただの寂れた漁村だったんですよ。この宿の一帯の集落で、お察しだったかもしれませんがの」

 ハイレル爺さんが、笑いながら自虐的に教えてくれる。

「例の戦争が、はじまる前ぐらい、からだったかの……。いや、具体的な構想は、もっと以前からあったらしいの。村出身の若い連中がこの村を、観光に重点を置いた、革新をしたいといいだしてな」

 そんなに遠くないのに、かなり昔を思い出すようにハイレル爺さんがいう。


「この海は、確実に人呼べるでしょうからね。利用しないのは、もったいないですよね」

 アートンが、テラスにある給湯システムを眺めながらいう。

 そして、アートンが実際にお湯を出してみる。

「でも、失礼ですが……。お爺さんは、あまり乗り気では、ない感じだったようですね」

 バークが、少し訊きにくそうに尋ねてみた。

「そりゃ、まあなぁ……。いきなり、寝耳に水の話しでしたからね。その規模を聞いて、最初は開いた口が、ふさがりませんでしたよ。どこから、この夢物語に、手をつけるんだって」

 そういったあと、深くため息をつくハイレル爺さん。

「わしも今でこそ、こうやって協力を惜しんでいませんが、最初は大反対していたんですよ」

 ハイレル爺さんがバツが悪そうな表情になって、アシュンの顔を見る。


「村にいる業者さんの数も、すごいですからね。あれも全部、村の若い人たちが誘致してきたんですよね?」

 リアンが訊き、ハイレル爺さんがうなずく。

「もちろん、ニカ研という強力な、スポンサーあってのことですがね」

 ハイレル爺さんも、チラリとテラスの給湯システムを見る。

「漁師になるための知識しか教えてこなかった、悪ガキどもだったんですがねぇ……。今ではまるで、都市部にいる、ビジネスマンみたくなりましてな」

 ハイレル爺さんがカラカラと笑う。

「ほらね、ガキは勝手に成長、変化するのよ。ヒロトだって、別に放っておいたって、どうってこともなかったでしょうよ」

 アモスがヒロトのことをいってくる。

「彼女はかなり、特殊なケースだと思うなぁ」

 リアンがそういって、頭をかく。


「この計画は、絶対やるべきだって! わたしも、大賛成したんですよ! 昼間の海は見ました? 夕方の海も見ましたよね? で、この星空もどうですか! 全部見て、どういう感想を持ちました!」

 アシュンがここで力強く話しに参加して、リアンに尋ねてくる。

「と、とても綺麗でしたよ……」

 アシュンに真正面から見据えられ、リアンが赤面しつついう。

 そのリアンの手を、アシュンが両手で握る。

「でしょっ! でしょっ!」

 興奮気味に、リアンの手をつかんだままいうアシュン。


「そんな村を、多くの人に知ってもらいたいっていう思い、全然不純な動機じゃないですよね?」

 アシュンがリアンの手をつかんだまま、その場の全員に尋ねる。

「これ、アシュン……。リアンくんが困っておるぞ」

 ハイレル爺さんにいわれ、アシュンは慌ててリアンの手を離し、「ゴメンね」と赤面する。

「マナーに関する修行は、やはり専門の人間を、雇うほうがいいかもな」

 ハイレル爺さんがため息をつく。

「まあまあ、そうおっしゃらずに。彼女はとても元気ですから、今のままのほうがいいかもしれませんよ。それに、本格的に始動するのは、まだ先なんですから、アシュンちゃんも、きっと成長していきますよ」

 バークが、ハイレル爺さんを安心させるようにいう。

「そうだと、いいですけどねぇ……」

 ハイレル爺さんが不安そうにいう。

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