6話 「背後の大企業」 後編

 すると、さっきまで比較的静かだった、給湯用のニカイドシステムの発する音が大きくなる。

 突然の大きな音に、リアンたちは驚いてニカイドシステムを凝視してしまう。

「ニカ研の給湯システム、俺、はじめて見るよ。そういえば、メンテナンス専門のニカ研の人間も、この村にいるのかい?」

 疑問に思ったアートンが、アシュンに尋ねる。

「メンテナンスの人は週一で点検にくるんです、サイギンから。そこに、ニカ研の支社があるみたいで」

 アシュンがそういい、機械の外側に刻印された認識ナンバーと、責任者の名前を指差す。

 一説では、機械本体よりも実は重要といわれている、識別ナンバーの刻印。

 この識別ナンバーでの管理があるから、ニカ研による手厚いアフターケアを、半永久的に受けられるのだ。


「この給湯システムだけで、お客を呼べるレベルだなぁ」

 バークがいい、アートンとリアンもうなずく。

 サイギンのファニール亭では、薪でのお湯沸かしだったため、お湯の使える時間が限定されていたのだ。

 ところが、この給湯システムがある限り二十四時間、いつでもお湯が使えるのだ。

 政府公舎や特定の施設にしかない高度な技術が、人口三百人にも満たないような、小さな村に存在しているのだ。

 誰がどう見ても村の規模に見合わない、大規模な設備だった。


「これと同じ物は、これから建設されるホテルの全部に、完備されるんだ。海が売りの村なのに、温泉地としても、お客さんが呼べちゃったりするの」

 自慢気にいうアシュンだが、その言葉や態度からは嫌味な印象を受けない。

 商売人としてこの嫌味のなさは、他の宿泊客からも好感触だろうなとリアンは思ったりする。

 無邪気でうれしそうなアシュンを見ていると、卑屈で他人の目ばかり気にするリアンにとっては、まばゆい限りだった。


「なるほど、確かに先行投資だね。この村で、ニカ研も稼ぐつもりなんだろうね」

 バークがいい、再度轟音を立てだしたニカイドシステムを眺める。

「ニカ研ってのは、今でも大金持ちの企業なのに、まだお金稼ぎするんですね」

 リアンがここで不思議そうにつぶやく。

 その言葉に、キョトンとするアシュンたち。

「ほら、あれだけ稼いでいるんだから、もうお腹いっぱいとかにならないのが、僕なんかには不思議で。これ以上稼いで、どうするんだろうって……」

 幼稚なリアンの、率直な疑問だった。

「リアン、人の欲望ってのは底無しだよ。例え、一千億ゴルド持ってたとしても、それを元手に、さらなる儲けを求めたがるんだよ」

 バークがいい、アートンもうなずく。

 アシュンもうんうんと、力強くうなずいている。


「一千億ゴルド持ってる人間の思考ってのはね、リアン」

 アートンが、ポンとリアンの頭に手を乗せてきていう。

「その千億ゴルドを、倍の二千億ゴルドにしたいって、思うようになるものなんだよ」

「そ、そういうものですか……」

 リアンが驚いたようにつぶやく。

「そういうものだと思うよ、わたしも~」

 アシュンがやはり、うんうんとうなずきながらいう。


 湯上がりで、備えつけのガウンを着たアモスが、その機械をにらみつけるように眺める。

 手元の蛇口をひねると、簡単にお湯がでてくる。

 アモスはニカイド製品の万能の利便性を理解していたが、反面、その危険性もジャルダン刑務所で見てきたのだ。

 アモスは、当たり前のように、出てくるお湯を眺めながら考える。


(実はとても危険な代物だっていうのは、ひた隠しにしてるのよね、ニカ研の連中って)


 アモスの中には、ニカ研という巨大企業に対する強い不信感があった。

 そして、ジャルダン島で見かけた光景を頭の中で再生させる。

 赤い倉庫の中で廃ニカイドを解体して、赤い宝石を収集していたツグング所長の、浅ましい行為をアモスは思いだしていた。

 掻きだした、赤い宝石のような物体に触れだしてから、ツグングが徐々におかしくなっていった過程も、アモスはつぶさに見てきた。

 さらに、もうひとり島にいた、ヨーベルの前任神官の、ヘーザーという女の変貌ぶりも。


(結局あの島、今どうなってるのかしらね? エンドール領での話しだし、こっちには、例の騒動、伝わってこない可能性もあるわね)


 アモスはそんなことを考えながら、機械本体に記された、ニカ研のマークをにらみつけていた。

 そして、島で出会った褐色の大女の、人を見下すような顔を思いだす。

 その忌々しい顔を、頭ごとふっ飛ばしてやったアモスだが、ヤツらの正体と、その力が今でも気になる。

 バークがいうには、ニカ研の人間らしいということだが……。


(あの女、どういうわけだか、あたしの力が通用しなかった……。ひょっとして、ニカ研の連中ってのは、この力についても、何か知ってるのかしらね)


 アモスは自分の、「認識されなくなる能力」について少し考えてみる。

 ある時を境に手に入れた能力で、どうして自分にこんな力が宿ったのかは、具体的にはよくわかっていない。

 しかし、これだけは確実にいえた。

「あたしが受けた屈辱を、晴らすべき相手はまだ三匹残ってる! この旅の間に、見つけるのは難しくなったけど、絶対に見つけ出して、そのチ◯ポを切り落としてやるわ」

 アモスが蛇口をひねりながら、さらにお湯を出す。

 浴槽いっぱいになったお湯が、アモスの足元にあふれでる。

 湯気がまるで、彼女の怒気を具現化したように沸き立つ。


「アモスちゃん、ダメです!」

 その言葉が聞こえてきたと思うと、アモスは頭頂部に激しい衝撃を喰らい、一瞬意識が飛びかかる。

 ヨーベルがその長身を活かした、振り下ろすような手刀を、アモスの頭部にたたき込んだのだ。

「お湯がもったいないですよ~。お湯は貴重品なのです、そんな無駄にしてはいけません! そしてそんな、はしたない言葉使っちゃダメなのです!」

 ヨーベルが、アモスにそんな注意をしてくる。

 ヨーベルは、この宿がほぼ無限にお湯を出せることを、よく理解していないようだった。


 怒りを押し殺し、アモスがヨーベルに振り返る。

 そのアモスの視線に、本気とも思える怒りを感じて、ヨーベルがたじろぐ。

「あ、今のは、ちょっとしたスキンシップでした。アモスちゃん、マジ怒りは勘弁です!」

 そういって、ヨーベルはアモスの前で敬礼する。

「あんたかリアンくんじゃなければ、喉切り裂いてたかもね。でも、こんな寛容なのは、いくらあんたでも、今回だけだからね……」

 アモスがヨーベルに、まるで呪いの言葉のようにいう。

「許してくれてありがとです! もう二度と、調子乗らないです!」

 ヨーベルはそういって深々と頭を下げる。

 その頭に、アモスが軽く手刀を落としておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る