6話 「背後の大企業」 前編
遊戯室のビリヤード台は、すでに先客がいたようだった。
賭けをしながらやっているらしく、四人のビジネスマン風の男性宿泊客が、興奮気味にビリヤードに興じていた。
そのうちのひとりが、結構な高齢者に見えた。
「あの人たちも、視察に来た感じの人たちなんでしょうね。観光客って感じはしないものね」
リアンが、アートンからもらったソーダ水を手にしていう。
「そうだろうな、でもなんだか柄が悪いな……」
アートンが、聞こえないように小声でいい、席に着く。
アートンがいうように、四人のビジネスマンの数人はやけに大声を出して騒ぎ、スーツ姿ながらどこかチンピラ風にも見えた。
「あんまり、チラチラ見ないほうがいいかもよ。相当、大金賭けてたみたいだから、興奮した連中から、因縁つけられかねないぞ」
アートンの言葉に、リアンがこくりとうなずき、視線を隣のバークに向ける。
一方バークは、ここに来てからずっと、黙り込んで座っている。
ネーブ主教の一件がよっぽどこたえたようで、まだ復帰できずにいた。
「バークさん、大丈夫ですよ」
リアンは、そんな意味のない言葉でバークを慰める。
「あ、ああ、ありがとよ。もう大丈夫だから、心配いらないよ」
そういうバークが、テーブルの上の飲み物を取ろうとするが、つかめずに何度か空振る。
まだ動揺は、完全に収まっていないようだったバーク。
ビリヤード台から、また歓声が上がる。
それと同時に、リアンたちの座っているテーブル席にアシュンが駆け込んでくる。
「あっ、お客さんたちいた!」
元気にいうアシュンが笑顔になる。
「お部屋に行ったら、同行してた女の人が、ここにいるっていってたので! そうそう、お爺ちゃんから預かった、雑誌類も届けておきましたよ! あと、もしよろしければ、宿のこととか、村のこととかお話ししましょうか? そういうのに興味なければ、引っ込みますけど……」
最初は元気だったが、後半テンションが落ちてくる。
バークが、どこか心ここにあらずな感じだったので、彼女なりに空気を読んだのだ。
「是非、お話ししてくれるとありがたいよ。ちょっと、懸案事項ができちゃってね。きみみたいな、明るいキャラがお話ししてくれると、多少気分も落ち着くよ」
バークが苦笑いをするようにいう。
「ねぇ、アシュンさん、新聞、古いやつしかないのかな? できれば新しいの欲しいんですけど」
リアンがアシュンにそう頼む。
「ゴメンね、新聞は明日にならないと、新しいのは届かないの。キタカイに行ってる、買い出しの人が帰ってくるのが明日なの」
アシュンが申し訳なさそうにいう。
「買い出しに行ってる人もいるんだね」
アートンがアシュンに尋ねると、どこか寂しそうな表情でうなずく彼女。
「叔父さん夫婦が、その担当なんですよ……」
アシュンは、少し言い難そうな感じだった。
リアンはその様子を見て、こんな元気なアシュンにも、親族間で何かあるのかなと思う。
人の負の感情を、機敏に察することができるリアン。
村一丸で観光地化事業で盛り上がっている村だが、人間関係が微妙なところもあるんだなと思うリアン。
そういう軋轢は、実はリアンの家族間でも、存在していたことだったりしたのだ。
「ほら、明日になったらわかることだよ。だから、おまえも元気だせって!」
アートンが、励ますようにバークにいう。
「あの、何かありましたか? もしかして、わたし何かやらかしちゃいました? わたし極度の“ ガサ ”だから、気づかない内に、何かしでかしちゃうことが、時々あるんですよ……」
アシュンが不安そうに、バークに訊いてくる。
「いやいや、こっちの話しさ。ゴメンね、要らぬ心配かけちゃって。ハハハ、いい年したオッサンが、ふさぎ込んでも不愉快なだけだね。みんなも心配かけた、申し訳ない」
バークがそういって、テーブルにある飲み物に手をかけようとするが、また宙を切る。
リアンたちは、宿の給湯システム全般を担う、ニカイドシステムのある場所を見学させてもらっていた。
宿から少し離れた場所にある大きな機械が、低音を轟かせて動いている。
この機械だけで、相当な金額になるだろう。
アシュンがいうには、この機械はニカ研から借り受けているという。
ニカ研側も、この村の発展に期待し、先行投資としていろいろ設備を提供してくれたのだという。
「向こうの大掛かりな建設工事も、ニカ研が関わっているのかい?」
バークがアシュンに尋ねる。
「はい、村が考えていた規模の予想より、はるかに大掛かりな工事になって、実はわたしたちも驚いてます。ここまで大規模になるなんて、思ってもいなかったんですよ」
アシュンがいい、遠くに見渡せる建設現場を眺める。
時刻は夕方になり、夕焼けで真っ赤になっていた白竜浜辺。
工事現場まで真っ赤になって、一面燃えているように見える。
(まるで、あの祠にあったような風景だけど、今の海からは不吉な感じはしないね)
リアンが白竜伝承の立て看板にあった、禍々しい絵を思いだす。
村の改装工事の時間も終わったようで、重機による騒音も、聞こえなくなっていた。
まだまだ工事途中の建設現場を、リアンが目を凝らして眺める。
「あれが完成したら、きっとこの村は、すごくいいリゾート地になりそうですね」
リアンが、アシュンにポツリとつぶやくようにいう。
「そうなるように、一生懸命頑張ってる! お客さんたちも、よければここの村のこと、知り合いに伝えてください! そのためのサービスは、一生懸命しますから!」
元気にアシュンがいい、赤く染まった風景をバックに、ガッツポーズをしている。
アシュンは、なんだかヨーベルとよく似た印象の女の子だが、リアンに年齢も近いとあって、彼は妙な気恥ずかしさを感じてしまう。
まぶしすぎるアシュンから、リアンはふっと目を逸らしてしまう。
アシュンはリアンにどう思われてるとか気にもせず、バークとアートンに話しかけている。
アシュンの元気な口調で、バークも徐々に回復しているような感じがする。
ふたりに話していたかと思うと、再びリアンに話しかけてくるアシュン。
自分に話しかけられていることに遅れて気がついて、ついうっかりと、「すみません」とリアンは謝ってしまう。
いつもの悪い癖が出てしまい、リアンは赤面してしまう。
「アハハ、何に対して謝ったんだろう? でもあなた、とっても優しそうな人ね、わたし、ガサでドジだからさ。いろいろ、失敗あるかもしれないけど、その時はほんと、わたしこそゴメンね」
アシュンがリアンに謝ると、次の瞬間また明るく笑っている。
「いやいや、テキパキ働いてすごいと思うよ。なんだかとても、まぶしいよ……」
夕日を受けて輝く赤い海のまぶしさと相まって、アシュンのはつらつさは、リアンにとって羨ましさもあった。
自分と同じぐらいの年齢なのに、村のために慣れない仕事も積極的にこなすアシュンは、文字通り輝きを放つ存在だった。
「そういえば、宿の仕事はご家族としてるの? 遊技場のカウンターにいたバーテンさんは、親族の方?」
リアンが遊戯室のバーカウンターで働く、男性バーテンダーを思いだしてアシュンに尋ねてみた。
「アハハ、あの人は、親戚でもないよ。あの人はこの村の出身で、キタカイでバーテンさんしてたんだけど、観光地化の話しをしたら、協力するよといって帰ってきてくれたの。この村、昔は何もなかったんだけど、再開発をきっかけに、こうしてまた村に戻ってきてくれる人がいるんだ。なんだか、それって素敵だなぁって思ってたりするの」
アシュンがちょっとだけ下を向いて、ややトーン抑え気味に話す。
「それはいい傾向だね。ところで、他にも従業員さんがいるのかい?」
バークがアシュンに笑顔で尋ねる。
「今は宿には、わたしとお爺ちゃんしかいないけど、他にも従業員はいますよ。今は別のお仕事で、姿見せられないだけなんです。そうそう、厨房に今、夕食の用意してくれてる人もいますよ。お部屋にお持ちする時に、紹介しますね」
「あと、えっと……」といって、アシュンはどこか考え込むようにいいよどむ。
「親も、時々手伝ってくれます、普段は工事現場の給仕係やってるんですけどね」
そう教えてくれるアシュンだが、このセリフをいう時は、どこか無理に笑顔を作っているようにリアンは感じた。
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