5話 「衝撃の事実」 後編

 リアンたちはソファーに座り、テーブルの上に広げられた新聞を眺めている。

 記事には大きく一面を使い、同じ内容の事件が扱われていた。

 ショッキングな見出し文字に、写真を散りばめた、ゴシップ雑誌のような目立つ記事。

「ありゃ~、ネーブさん死んじゃったのですか~」

 ヨーベルがまるで他人事のように、記事を読んでつぶやく。

 広げられた新聞には、数日前に起きたネーブ主教の殺害に関する記事が踊っていた。

「この死亡日時ってのが、例の件があった日と、同じじゃないか……」

 アートンが、折り曲げた人差し指をガブリと噛みながら、うなるように声を絞りだす。


 ネーブ主教は、ヨーベルを救出したその翌日の未明に、殺害されていたようだった。

 殺害現場は、バークがまさに、ヨーベルを救出した例のペンションだった。

 現場となったペンション周辺の地図が掲載され、前夜に起きた市庁舎前のテロ未遂の件と合わせて、関連性を持たせるような記事もあった。

 申し訳程度に、ネーブ主教の業績を記した記事が隅っこに載っている。

 故人に対する敬意もないような、悪意に満ちた写真が選ばれ、記事にネーブの下衆い笑顔が掲載されている。


「あら、やだ、なんであたしのこと見るわけ?」

 アモスがタバコを吸いながら、リアン、アートン、ヨーベルの視線に気づく。

「それは……」と、アートンが口ごもる。

「な、何もしなかったと、い、いってましたよね?」

 リアンが狼狽を隠せないまま、バークに尋ねる。

「助ける際にこいつが、ぐぐぐってネーブを眠らせたのよ」

 アモスがバークをタバコで、うれしそうに指し示す。

「見せたかったわ、あの時のあの動き」

 クククと笑うアモスが、バークを見つめる。

「でも、まさかあの絞め技で、殺っちゃってたとはね。バーク、あんたもこれで咎人ね。ウフフ、あたしはあんたの味方よ、仲間ですものね。これからも、どうぞよろしくねぇ」

 アモスが、本当にうれしそうな笑顔でバークにいう。


「いや、あの後調べたが、きちんと息はしてただろ?」

「あたし、覚えてないわぁ~」

 バークの言葉に、アモスが適当に答える。

 アモスの吐きだす煙が、部屋に漂う。

「み、みんな、これだけは信じてくれ、締め落としたのは事実だが、本当に殺していないよ」

 バークが狼狽気味に、リアンたちに説明する。

 額に汗をかき、何度もため息をつきながらバークは、記事が間違いであることを祈るように目を移す。

「わたしは、バークさんを信じますよ~」

 ヨーベルがそういってくれるが、彼女の軽い言葉ではバークの動揺を、解消するようなことはなかった。


「ネーブ、六十二歳っていうじゃない。あの後、体調が悪化して、そのまま逝った可能性だってあるでしょ。冷たい部屋に、ほぼ全裸で放置したんだもんさ。まあ、死んでもおかしくないわよ」

 アモスが、灰皿でタバコを揉み消しながらいう。

「し、死因が何なのか、どこかに書いてないかい?」

 不安そうにバークが、リアンたちに尋ねる。

「死因は……、どの記事にも書いてないですね……」

 リアンが、ひと通り記事を眺めていう。

「この記事、見てみろよ」

 アートンが、新聞のひとつの記事を指差す。

「ネーブ主教、未明に惨殺される」という記事があった。


「惨殺って、ショッキングな見出しだけど、これって考えようによっては、バークの行為を否定してないかな?」

 アートンが、どこか自信なさげにいう。

「そうですね、バークさんは絞め技を、食らわせただけなんですよね。だとしたら、惨殺なんて言葉使うのは、どこか違和感ありますよね。惨殺っていうと、もっと……」

 リアンが、バークの無実を信じるかのように懸命に考える。

「ショッキングな殺され方してないと、いけませんね! 悪徳坊主を見せしめるように、できるだけ惨たらしく、殺してこその惨殺です! あとは、何かに見立てるように、死体を演出とかしてみたりです!」

 ヨーベルが喜々としてそんなことをいうが、今回は状況が状況なだけに、誰もそれに突っ込まない。


「バークさんは、そんなひどいことを、ネーブさんになされたんですか?」

 ヨーベルが無垢な瞳で、バークに尋ねてくる。

「か、勘弁してくれよ……。そんなこと、するわけないじゃないか」

 バークが、ヨーベルに不満気にいう。

「あたしは、バークが殺してたとしても、別に問題ないわよ。だって、素敵な旅の仲間ですものねぇ?」

 厭味ったらしい言葉でいってくるアモスを、バークは怪訝な顔で見てしまう。

「とにかくよ!」と、アモスはバンとテーブルを一発手の平でたたく。

「ここにある新聞は、全部まだ事件の初期段階の、内容ばかりじゃない。もう少し待って、続報を読んでから考えたらいいじゃない」

 アモスが煽ることもせず、かなり建設的な意見を述べる。


「そ、そうですよ! この段階じゃ、まだバークさんが、直接的な死因とはいえないですよ。アモスのいう通り、続報を待ちましょうよ。僕、バークさんのこと、信じています」

 リアンがバークを励ますように、力強くいう。

「ほら、リアンくんがこういってくれてんだ、もうウジウジ考えんな。ヨーベル! テラスの風呂入るぞ! だから野郎どもは、部屋から出ていけ! 遊戯室に、ビリヤード場があるみたいだし、そこにでも行ってろ。で、リアンくんは……」

 アモスがいってくるが、「僕も遊戯室行ってます!」と、リアンは素早くいう。


 リアンは立ち上がり、隣に座るバークの肩をたたく。

「そうだな、まずは続報待ちだろう!」

 アートンもそういうと立ち上がる。

「バーク、気をしっかり持ちな。俺もおまえを信じているし、もし最悪の結果だとしても、おまえを守ると約束するよ」

「最悪の結果、ってなぁに~?」

 アモスが、うれしそうな表情でアートンに訊いてくる。

 アモスの言葉を無視してアートンが、バークを無理やりにソファーから立たせる。

「とりあえず、夕食まで気分転換でもしてようぜ。今は、この情報から離れよう。情報収集は、新しい続報が来てからでいいじゃないか。せっかくのバカンス地だ、ここはゆっくりとして、嫌なことは忘れようぜ」

 アートンの言葉で、バークの表情が少し明るくなる。


「アートン、しっかりバーク立ち直らせるのよ! こいつがしょぼくれたら、この一団バラバラになるわよ。別にあたしは、それでもかまわないんだけどね、フフフ」

 蠱惑的に笑うアモスの顔を見て、アートンはウンザリしたような気分になる。

「バーク! 何度かいってるけど、別に旅の同行者は、あんたとアートンである必要もないのよ。風呂から出て、立ち直ってなければ、あんたクビにしてあたしがリアンくんとヨーベル預かるだけよ。それが嫌なら、シャキッと回復しなさいよね!」

 アモスがキツい言葉をかけてくるが、どこか発奮させるような印象をリアンたちは感じた。

 リアンとアートンは、まだおぼろげな表情を残すバークを、引っ張って部屋から出ていく。


 リアンたちが部屋を出て、ドアが閉まるまで、アモスがそれを眺めていた。

 テーブルの上に並ぶ記事に目をやると、アモスが新聞を乱暴に集めて折りたたむ。

「だいたい二日前の記事じゃない、新しい情報も判明してるでしょうよ。ほんとテンパると、あいつ冷静じゃなくなるのよねぇ」

 アモスが、記事の日付を見てため息をつく。

「新しい記事には、どんな儀式めいた殺され方してたのか、書いてますでしょうかね?」

 ヨーベルがうれしそうにいってきたので、アモスが一発手刀をかましておく。

「そもそも、原因はおまえだ! そこを反省しとけ」

 そう吐き捨てると、アモスはテラスの浴槽に向かう。

 そのアモスの背中に、ヨーベルは申し訳なさそうに敬礼をしておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る