9話 「接触」 前編

 メンバイルが、検問の持ち場から帰ってくると、ある人物を見かけて足を止める。

 部下が、役者のように顔が整った男と話しているのを見かけたのだ。

 何を話しているのかは、距離がありすぎてわからない。

 しかし、男はガッカリしているようだった。

 人差し指をガブリと噛んで、部下が話しているのを黙って聞いている。

 どこか女々しい感じのヤツだなと、厳ついメンバイルは思う。


 そこへ、同僚のゴスパンがやってきた。

 謎の男が来ていることを話す。

 ふたりして、あの男は何者だ、ということになる。

 男が、お土産を部下の兵士に渡しているようだ。

 そして、男は頭を下げるとその場から帰っていく。

 部下がやってきたので、メンバイルとゴスパンが捕まえる。

 訊くと、なんでもチル中尉の旧友だそうで、ここにいると聞いて会いにき来たらしかった。

 今はいないことを伝えると、残念がって帰っていったそうだった。

 「名前はアートン・ロフェスとかいってましたね」

 部下が名前を訊いていたようだ。


 部下たちの報告によると、アートンという男は行商人らしかった。

 チルにお土産として、紅茶セットを持ってきたようだった。

 ゴスパンとメンバイルのふたりは、チルの趣味をよく理解しているな、旧友というのは確かなんだろうなと思う。

 時間を改めて、また訪問させてもらう予定らしい。

 仕事の関係で、この街にいられる時間も限られているので、会える時に会っておきたいとのことだった。

 なるほどな、とゴスパンとメンバイルはいちおう納得する。


 部下に、不審な点はなかったか一応確認してみる。

「そういえば、チル中尉といい、さっきの男といい、なんかゲイっぽい感じでしたね」

 部下の兵士が若干引きつりながらいう。

「ところでチル中尉は、どちらに行ったのでしょうか?」

 職場から勝手にいなくなった、上司の居場所を訊いてくる部下の兵士。

「最近お気に入りの、例のクルツニーデの遺跡に向かったようだ」

「まったく多趣味な人だな」

 ゴスパンとメンバイルが、呆れたようにいう。


 アートンは、バークとカフェに来ていた。

 残念ながらクレッグ・チルには、会えなかったことをバークに伝える。

 そのことよりも、「怪しまれなかったか?」とバークは心配そうに訊く。

「問題ないよ」とアートンがいう。

 昼には帰ってくるとのことだから、アートンはもう一度会いに行くつもりのようだ。

 バークはまだ不安そうだった。

 ここで会えなかったのは、むしろ好機だったんじゃないかと、バークの不安の虫がまた騒ぎだす。


「キタカイと、ヒュルツとの交易をしてるってのは問題ないだろ。ほらヒュルツの資料もいっぱいあるし、怪しまれたら、これ見せて納得させられる」

「そういや、クレッグってやつは、おまえがジャルダンに流されてたことは知ってるんだよな?」

「ああ、当然だよ」と、アートンは即答する。

「でも、恩赦を受けたといえば、納得してくれるさ」

「そこがなぁ……、そんなに簡単に納得されるものなのか?」

 不安そうにバークがいう。

「う~ん、まあ、そこは信じてもらえたらありがたい」

 まだ不信感を持っているバークに、アートンは辟易しつついう。

「その件については、任せておけって。なんか空気が怪しくなったら、その場で切り上げる。おまえのことや、もちろんリアンやヨーベルの件も、信用を取りつけるまでは話さないから安心してくれよ」

 アートンがそういうと、店員がふたり分の飲み物を持ってきたので黙る。


「そういや、この店にあった求人を見つけてきたんだがな。ほら、これだよ。港湾職員の募集なんだが……」

 そういって、アートンがチラシを取りだす。

「俺お得意の、大型リフトでの荷物の搬入搬出業務があるんだよ。ほら、給料もなかなかのものだ。俺がここで働いて、ある程度の資金を稼ぐよ」

 コーヒーを一口すすり、アートンが呼吸を整える。

「アモスのバカがいうにはさぁ。海戦がはじまるまで、この街に留まるとかいってるけど。あいつ考え改める気なんて、絶対ないだろうな」

「うむ、ないだろうな……」と、即答するバークが、腕を組んで困惑の表情を見せる。


「エンドールが、どういう船団を引きつれてくるのかわからんが、それが到着するまではこの街に釘づけだろう。その間、諦めて俺も頑張って労働しておくよ。だからおまえは、しっかり情報収集頼むぜ!」

 アートンが、そうバークに頼む。

「ああ、任されるよ」

 バークがここに来るまでに買った、週刊誌や新聞をテーブルの上に広げる。

「そして、相も変わらずの低俗記事のオンパレードだ」

 テーブルの上の雑誌を一冊パラリとめくり、バークがうんざりとした表情でいう。

「で、何かいい情報でも見つけたか?」尋ねるアートン。

「残念ながら何もない、ガッカリさ……。ここはサイギンより南の街だからな。クウィン方面の情報なんて、まるでないよ。記事の多くは、フォール軍の戦艦や提督の紹介記事だったり、海戦の予想ばっかりさ」

 テーブルの上の雑誌類を集めて、バークが固める。


「あとは、出たがり病のパニヤ中将の、ぶらさがり記事だな。この人物には、専属プロデューサーでもついてるのか? まるで超人気役者のような扱いだな」

 雑誌で特集されている、パニヤ中将の記事をバークが見せてくる。

「やけに今回の海戦についても自信ありげなのだが、大言壮語とも思えないんだよな。ここまで威勢のいいこといっておいて、負けでもしたら大顰蹙だろう。よほどの秘策があるのかもな。アモスみたいなこというが、俺も個人的にはこの海戦の顛末が気になってもいるよ」

「おいおい、おまえまでもかよ。帰路の安全を確保するのがお仕事だってこと、忘れないでくれよ」

 不安そうにアートンが眉を下げながらいう。

「わかってはいるが、この雑誌類では、情報に偏りがありすぎてなぁ。本当に必要な情報を、なかなか得られないんだよ」


「だとしたら、なおさらクレッグとの接触成功させないとな。あいつから得られる情報は、絶対役に立つはずだからな」

 アートンが、決意を込めたような表情でいう。

「その気概はうれしいが、深入りだけは気をつけてくれよ」

「って、おいおい!」

 アートンが窓から外を見て、席から立ち上がる。

「こりゃ運がいい! クレッグだ!」

 アートンが、窓の外を指差して叫ぶ。


「あの怪しい歩き方はあいつしかいないだろ。軍服じゃなくてもわかる、あの挙動不審な感じ。よし! 俺、すぐ呼んでくる! ここで待っててくれ」

 いい終わるや、アートンがカフェの入り口に小走りで駆けだす。

 アートンが、バークの制止を聞かずに店を飛びだしていく。

 バークはヤレヤレと思いながら、クレッグという男を探してみる。

 そして、それらしき男がすぐ見つかる。


 傘を差して、フラフラと歩き、商店のウィンドウに張りついて商品を吟味してみたり、停まっている車をカメラで撮影したりする男が目に入ってきた。

 道行く周囲の人々が怪訝な顔で、不審な動きをする怪しげな男を遠巻きに眺めている。

「う~ん、あいつがそうなんだろうな。なんかすっごく怪しいが、大丈夫なのかよ……」

 バークの中に、不安が湧き上がる。

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