11話 「施設の怪人」 前編

 一方アートンは、部屋のひとつひとつをチェックしていた。

 しかし、それといった発見もなく、廊下の奥の部屋の前までやってくる。

 その部屋のドアを開けると、そこには二階と地下に行ける階段があった。

「上か下か、どっちにするかな……」

 アートンが上に向かうか、下に下るかを考える。

 直感で、アートンは下に降りることにした。

 アートンが、薄い照明の灯る地下室に向かう。

「なんだか……、獣臭いのは気のせいか?」

 アートンは、下から漂う独特の獣臭さに気がつく。


 地下に降りると、そこはいくつものゲージが置いてある部屋になっていた。

 表の血溜まりの場所に放置していた、ゲージと同じものが置いてあった。

 いくつものゲージがあるが、中には何もいない。

 獣臭さからここのゲージに、何か獣を閉じ込めていたのだろうという予想はついた。

「どうして何もいないんだ? そういや、野生動物の観察をしてる施設だったよな。このゲージに、野生動物でも捕獲していたんだろうか。いや、この臭いからきっとそうだろうな」

 鍵の開いたゲージを、アートンが眺める。

 そのゲージをよく観察すると、獣の毛が残っていた。


 するといきなりだった。

「ぎゃぁぁっ!」という叫び声が地下室の奥から聞こえてきて、アートンは飛び上がらんばかりに驚く。

 アートンがおそるおそる、そっちに向かう。

 そして奥に人影を発見する。

 アートンが、ゲージの陰から奥の様子をうかがう。

 そして、そこでとんでもないものを見つけてしまう。

 巨大な毛むくじゃらの怪物が、部屋の奥にいたのだ。


 その怪物は、二メートルはあるような巨体だった。

 後ろ姿だが、人型をした巨大な獣人のような怪物に思えた。

 アートンは絶句する。

 おもわず女の子のように、手で口をふさいでしまう。

 床には、ひとりの人間が血を流し倒れていた。

 頭が完全に潰された無残な死骸が、獣人の足下に転がっている。

 死体は、先ほどの悲鳴の主かと思われる。

 獣人は言葉にならないうめき声を上げて、興奮しているかのように肩を上下に揺さぶっていた。


 すると、その獣人が後ろの気配に気がついて振り返る。

 後ろにいたアートンの存在を、獣人が察知する。

「うごおぉぉっ!」という、うめき声を獣人が上げる。

 あまりの音量に、アートンは今度は耳をふさぐ。

 振り返ったそれは、耳まで割けた巨大な口を持つ、狼の顔を持つ怪物だった。


 赤い目が光り、大きく開けられた口からは凶悪な牙がのぞいている。

 口からは煙のような湯気を吐きだして、よだれがダラダラと地面にしたたる。

 そんな怪物だが、首にはネックレスが掛けられているのか、体毛で覆われた胸元で光るアクセサリーが存在を主張していた。

 同じ三角形が三つ重なった幾何学的なアクセサリーだった。

 恐ろしさが度を超え、怪物を見るより、関係ないアクセサリーが印象に残ってしまったアートン。


 アートンは、慌てて来た道を逃げだした。

 毛むくじゃらの狼頭の怪物は何かをうめくと、逃げるアートンを追跡しだす。

 歩幅が広く、怪物は走らずに余裕を感じさせるように追いかけてくる。

「うわぁぁぁっ!」

 追ってくる! アートンは恐怖でパニックになりながら、降りてきた階段を二段飛ばしで走る。

 しかし、すぐ後ろに狼頭の怪物が迫っていた。

 アートンに、すぐにでも追いつきそうな近距離だった。

 必死に逃げるアートン。


 アートンは一階のもと来た道ではなく、上の階につづく階段を駆け上がって逃げる。

 やはり、すぐ後ろには怪物がいた。

 怪物が腕を伸ばせば、すぐにでもアートンを捉えられそうな距離だった。

「うわぁぁぁっ!」再度アートンが叫ぶ。

 怪物はアートンを至近距離に捉えたまま、そのまま追跡する。


 アートンが二階にある部屋に駆け込む。

 慌ててドアを閉めて、怪物から逃げる。

 安心したのもつかの間、ドン! とドアが激しくたたかれる。

 その時のショックで、部屋の机にあったオイルランタンが床に落ちる。

 一瞬のうちに炎が、床一面に広がる。

 炎に焦るアートンが、部屋の窓に走る。


 アートンは部屋の窓に駆けよると、窓から外に脱出することを考える。

 窓に手をかけて、建物の屋根に飛び降りる。

 その瞬間ドアが破られ、怪物が迫る。

 一瞬、部屋に広がる炎にひるむ怪物。

 怪物がアートンのいた場所に、たくましい毛むくじゃらの腕を伸ばす。

 間一髪で、アートンはその手をかわす。

 屋根の上を、アートンがガチャガチャと足音を立てて走る。

 後ろを振り返ると、怪物は窓を乗り越えて屋根に出てきてアートンを追跡しようとする。

 怪物は明確に、アートンを追ってきている。


 アートンは屋根の端まで来ると、足を止める。

 高さは二階ほどだが、地面が暗くてよく見えない。

 恐怖に打ち克つように、その場から思い切って地面に飛び降りる。

 着地と同時に、足に激しい痛みが訪れる。

「いったい、あいつはなんなんだよ! まさかの狼男だってのか?」

 アートンが足の痛みに耐えながら、建物から離れる。

 向かう先は、川辺にあった血溜まりだった。

 そこに捨ててあった銃を入手して、怪物と対決しようと思ったのだ。


 びっこを引きながらアートンが、目的の血溜まりの銃に走る。

 ドンという音がしてそっちを見ると、屋根から降りて、悠々とした姿の狼頭の怪物が迫ってきていた。

 遊んでいるのか不明だが、アートンに向かって迫るさまは余裕綽々といった感じだった。

 その間も、ウゴウゴと何かをうめいている怪物。

 まるで知性があるようだ。

 それはアートンに語りかけているようでもあった。


 アートンが倒れ込むように、血溜まりの側にあった銃を手にする。

 アートンは銃口を怪物に向ける。

 迫る怪物に向けてアートンは銃を放つ。

 しかし怪物はその銃撃を、巨体をものともせずに、軽くスウェーしてかわす。

 アートンは驚くと同時に絶望する。

 銃弾はたった一発で、カラになってしまったのだ。

 カチカチと、むなしい音が銃から発せられる。

「畜生! 一発だけ? もう弾切れかよ!」

 アートンは弾のない銃を、怪物めがけて投げつける。


 その銃を、軽くキャッチする怪物。

「ウゴゴゴウゴ……」

 アートンに迫る怪物が、また何かを語りかけてくるようだった。

 狼頭の怪物がアートンの側までやってくると、そこに急発進する車の音が聞こえた。

 アートンと怪物が同時に、音のする方向を見る。

 すると一台の車が、こちらに猛スピードで突っ込んできた。


 ヘッドライトの光で、怪物が一瞬ひるむ。

 そこへ車が、猛スピードで突進してくる。

 ドン! という音をさせて、車が怪物を轢き飛ばす。

 アートンを追っていた狼頭の怪物は、車にはじき飛ばされ奥の川に吹っ飛ぶ。

 川に吹っ飛ばされた怪物は、流されて下流に向かう。

 川はしばらく行った先が滝になっており、その滝に飲まれていく怪物。

 アートンは間一髪で助かった。


 車から、リアンが慌てて降りてくる。

「アートンさん! 大丈夫でしたか!」

 車から出てきたリアンが、アートンの側に駆けよる。

「リアン! 助かった! ありがとう!」

 痺れる足をさすりながら、アートンがリアンに礼をいう。

「アートンさんが危険だと思って、勢いでやっちゃったけど、さっきの人じゃなかったですよね?」

「ああ! 怪物だったよ! 人じゃない、だから安心していいぞ」

「ああぁ、良かった……」

 はじき飛ばした対象が人じゃないことを知って、リアンは安堵の声を漏らす。

 そしてリアンは、その場にへたり込む。


「なんであんな怪物が、いるんでしょう? まさかハーネロンとか?」

 さっきの怪物を、リアンはハーネロ戦役に登場するバケモノかと思っている。

 不安そうに腕をさすっていた。

 リアンの全身が総毛立っている。

「狼男だなんて、ヨーベルが聞いたらよろこびそうなヤツだったな……」

 アートンが、つぶやいて安堵のため息をつく。

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