12話 「コーリオの花」
炎上する建物を背景に、バークたちは車の中でそれぞれの情報を共有していた。
後部座席にはアートン、バーク、そしてふたりの神官見習いがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「気になる書類を、見つけたんだよな」
ここでバークが、先ほど拾った燃え残った書類を取りだしてきた。
「投薬による、動物の知性向上実験についてねぇ? 気になる文言だな。ここの連中が行っていた、実験の書類だが……」
「動物って、ひょとして猿のことかなぁ……」
リアンがバークに話しかける。
「この辺一帯で狩りをするとなると、対象はやっぱりそうかも知れないな」
バークが書類を眺めながらいう。
「そもそも、あの狼男は何だったんだ……。ここの研究結果で、生まれた存在なのか?」
アートンが、リアンが車で吹き飛ばした怪物を思いだす。
「俺はそいつを見てないんだが、狼男のバケモノなんて、ハーネロンとしか思えないよな?」
バークが考え込む。
「野良ハーネロンなら、マイルトロンでけっこう見つかっているよ。そいつもきっと、ハーネロンの眷属なのかもしれないね……」
パローンが、そんな情報を教えてくれる。
「でも、ハーネロンって知性がないって話しだろ? 俺を追いかけてきたのは、なんか知性があるような感じだったぞ」
アートンが思いだすようにいう。
「わからないことを、あれこれ考えたって無駄よ。それにもう殺したんだし、狼男の話しはどうでもいいじゃん。でもヨーベルの反応が気になるから、あの娘には話してやろ」
そういって、アモスはクスクス笑う。
「しかし、猿の知性を上げて、どうしようっていうんだろうな? 証拠隠滅を計っていた男の狼狽ぶりから、相当ヤバい実験してたみたいなのは判断できるが……。あの男、自ら命を絶つなんて異常すぎる反応だよな……」
バークが腕組みをして考え込む。
「まさか、バスカルの村の猿が人を襲いだしたのも、ここの実験と関係するとか?」
アートンが、自分なりの予想を口にする。
「そんなことして、なんの意味があるのよ。でも、ここの人間が何らかの違法行為に手を染めていたのは、間違いないわね」
アモスがそういい、タバコの煙を吐きだす。
「ここの研究員って、何人いたんでしょうか?」
運転席のリアンが尋ねてくる。
「狼男と自殺したって男、それと狼男に殺された男の計三人のはずだよ。」
パローンが教えてくれる。
「じゃあ全員死んだってことね。なんにせよ真相を知る人間は、もうひとりもいないってことね。今じゃ、何もかも炎の中よ。真相は知る由もないわね。だからあれこれ考えたって、しょうがないわよ!」
アモスが燃えて焼け落ちた建物を眺めながら、考察をしようとしているアートンとバークを牽制する。
先手をアモスに打たれ、アートンとバークは困ったような表情になる。
リアンの運転する車が、観察所の外れにやってくる。
「うわぁ! これはすごいな」
バークが驚いたように声を上げて、車から出てくる。
一面の花畑が、夜の闇の中に現れたのだ。
炎上する観察所の炎の熱さと煙にむせそうになるが、リアンたちは車から降りてくると、その花畑に見とれてしまう。
コーリオの花のモデルとなった花が、一面に咲きほこっていた。
花びらに虹色のグラデーションを施した花は、神々しさを感じさせる。
広い範囲で一面ビッシリと咲き誇り、どこが幻の花なのかと思うほどだった。
「これだけの花が咲いていることを知ったら、きっとヨセイジャ司祭さまもおよろこびになるだろうよ」
パローンがうれしそうに、花を目の前にしている。
「花は、持って帰らないんですか?」
リアンがふたりの神官見習いに尋ねる。
「これだけあるので、一輪ぐらいはいいかと思ったが、こんなへんぴな場所で一生懸命咲いている花の健気さを前にしたら、なんだかかわいそうな気がしてね」
ネーティブが花を採取しない理由を述べる。
「何よそれ、ヨーベルが気に入りそうなセリフね。あいつがいたら、好感度上がってたかもな。なるほど、あんたらは持って帰らないのね。あたしらはどうするの? チルってヤツは、欲しがってたんじゃないのか?」
アモスが、空になったタバコの箱を握りつぶす。
「ふたりが採取しないっていうのなら、俺たちもそのほうがいいだろう。見つけたこの花畑のことを教えさえすれば、クレッグも満足すると思うよ。これだけ群生しているのを知れば、ヤツもきっとよろこぶよ」
アートンが、花の甘い匂いを嗅ぎながらいう。
「これだけ咲いているのがわかれば、もう幻の花じゃないですね。そういえばこの花自体が、コーリオの花って訳じゃなかったんですよね。あくまでも、モデルになった花ってだけなんですよね」
リアンが、地面に落ちていた花びらを一枚拾い上げて、しげしげと眺める。
「これだけでも持ち帰れば、チルさんって人もよろこぶんじゃないですか?」
リアンは拾った花びらを、アートンに手渡す。
アートンがそれを受け取り、何を書いてるのか不明なメモ帳を取りだすと、それをページに挟んだ。
「ところで君たちは、あの建物で何があったんだい?」
バークが、パローンとネーティブに尋ねる。
「それなんだが、警察手帳の偽物を使って、警察関係者を自称したのが良くなかったんだろうな。手帳を見るや、銃を突きつけてきて拘束されたんだよね。それから地下の、あのゲージのある地下室に閉じ込められたんだよ」
「もう、有無をいわさずって感じだったよ」
困惑したように、パローンとネーティブがそう教えてくれる。
身分証として使った警察手帳の偽物を、ふたりの神官見習いは恨めしそうに見る。
「警察を自称なんかするからよ。素直に、神官見習いっていっておけば良かったのに、なんでそんなことしたのよ」
アモスが煙を吐きだしながら、ふたりの神官見習に尋ねる。
「モノ探しだったら、警察を自称したほうが手っ取り早いかと思ったんだよ」
「あと、使ってみたかったってのもあるんだよね」
パローンとネーティブが、照れくさそうにいう。
「何が、あるんだよね! よ。ほんと馬鹿じゃないの?」
アモスが、ネーティブに煙を吹きかける。
「何かヤバいものを、見たとかじゃないのですか?」
リアンが新しく入手した、狼男がしていたペンダントをいじりながら、ふたりの神官見習に訊く。
「まったく、心当たりがないよ。特に怪しいものを、見たってわけでもないしなぁ……」
「俺たちを牢屋に閉じ込めると、連中何か焦って口論をはじめてさ。そもそもこの場所に人がくることを、彼ら想定してなかったのかな?」
「そのあと、ひとりが狼男に変身して、もうひとりの男の頭をひねり潰したんだよ……」
パローンとネーティブが、目撃したことを話す。
「ここの連中の正体は、わからずじまいか……。また消化不良な展開だな。俺たち、こういう展開に縁が多いな。しかし、命が助かっただけでも良しとしとくか。目的の花も、見つけることができたんだしな」
バークが、渋い顔をしながら車に歩く。
バークたちは今夜はこの場所で、一晩を明かす予定だった。
ふたりの神官見習いも、自分の乗ってきたバンに戻り、そこで夜を明かすことにした。
翌朝、リアンたちは騒がしさで目を覚ました。
「いったい何事ですか?」
眠い目をこすりながら、リアンたちが車から出てくる。
そこには、オールズの僧兵がたくさんいて、リアンたちが驚く。
オールズの僧兵は花畑の中に入り込み、乱暴に花を乱獲していた。
「酷いことをするなぁ」と、リアンが悲しそうにつぶやく。
「おまえたちが、村長がいっていたヨセイジャの手の者だな」
僧侶のくせに、リアンたちに銃を突きつけながら誰何してくる僧兵がいた。
リアンは突きつけられた銃におののくが、目の前の僧兵にどこか見覚えがあった。
そして、以前サイギンで地元の住人と言い争いをしていた、凶悪そうな僧兵の長だということにリアンが気がつく。
片目に、血のにじんだガーゼをつけていたのを覚えていたのだ。
「ヨセイジャよりも先に、我らガミル聖堂騎士団がこの花を頂戴する。文句はないな?」
「文句あるに決まってる……」
寝起きで不機嫌なアモスの口を、慌ててリアンが手でふさぐ。
「神官さんに、逆らうわけにはいきません、どうぞご自由に」
こんな場所で、パルテノの手の者と揉め事になることを恐れたバークが、若干卑屈な感じでいう。
「ところで、あそこの燃え尽きた建物はいったい何だ?フォール大学の研究施設とかいう話しだが、何故燃えたんだ。知ってることを教えろ」
ネポロという名前の司祭が、訊いてくる。
アートンは火災の原因を知っていたが、ここでは正直に答えなかった。
話せば面倒なことになりそうだと思ったので、知らぬ存ぜぬを選択したのだ。
アートンたちの言葉を聞き、面白くなさそうにしてネポロは去って行った。
ネポロたちも花が本命なので、あまり必要以上にリアンたちを拘束、尋問してこなかった。
警察のまねごとをやるほど、彼らも暇ではないようだった。
「さっさとこの場から立ち去れ」といわれ、リアンたちはふたりの神官見習いとともに、バスカルの村に帰ることになった。
理解の及ばない、よくわからない展開になったものの、目的とする花の存在は確認できたのだ。
とりあえず目的は、達したといっていいだろう。
こうしてリアンたちのお使いクエストは、消化不良ながらいちおうの終了を迎えた。
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