最終話 「バスカルでの最終日」

「では、あの施設の人間は、猿の密猟をしていたと?」

 コーエル村長がバークたちからの報告を聞き、怪訝な表情を浮かべる。

「密猟なんて、やましいことをやっていたから、見つかって自暴自棄になったんだろう」

 バークがとりあえず予想で、そういうことにしておく。

 若い村長は、この展開にあまり乗ってこないで、ふぅんと、つまらなそうに一蹴した。

「で、その施設にいた人たちは?」

 あまり熱心な印象を感じさせず、冷たくコーエルが尋ねてくる。


「犯人の男たちは、そのまま建物に火を放って、証拠隠滅を計り逃走したよ」

 ここでバークが嘘を報告する。

 施設にいた三人はほぼ確実に死んだのだが、逃走したということにしたのだ。

 自分たちとは関係ないとはいえ、人死に案件なのだ、正直に報告したらややこしい展開に巻き込まれかねなかった。

 ここは嘘で濁しておくのが、賢明と判断したのだ。

 当然、これまたややこしい展開になりそうなので、施設の人間が怪物に変身したということも、バークたちは黙っていることにした。

「俺たちも、密猟者に殺されかけたよ」

 アートンが大きくため息をつく。


「村としては、今ここで警察沙汰になったら面倒じゃないの? 猿の駆除はまだ終わってないんじゃないの?」

 アモスが村長に訊いてくる。

「だよな……、どうしようか」

 一瞬、若者らしい言葉使いでコーエルが、眉間に指を乗せて考え込む。

 そして、「そうですね」といい、バークに向き直る。

「われわれは、あなたがたが昨日何をしたとか詮索しません。だから、この一件は黙っています。何もなかったことにしていただきたい」

「何もなかったことというと、どういうことですか?」バークが質問する。

「山の奥で、そんな事件はなかったということです。密猟者などいなかった。そういうことです」

 キッパリとコーエル村長が答える


「あら、完全に隠匿しちゃうわけね。でも、あたしは賢明な判断かと思うわ」

 村長の執務室でタバコを吸いながら、アモスが村長の判断を肯定する

「お褒めいただき光栄です。今、この村に捜査と称して、部外者の警察に入り込まれるのは好ましくないのですよ。本命の猿の駆除が、まだ終わっていませんからね」

 そういうコーエルの背後では、森の中で行われているであろう、猿駆除の銃声がとどろいていた。


 リアンたちが宿泊していた宿に帰ってくる。

「あの村長にしたら、猿駆除のほうが今は重要事項ってことか。でも、そのおかげで俺たちも面倒な展開を回避できるってことだ」

 バークがやや疲れ切った表情で、宿に入る。

 宿の女将さんが、笑顔で迎えてくれた。

「目的の花は、存在を確認できたし。一応クレッグの依頼はこれで大丈夫だろう。咲いていた証拠もここにあるし」

 アートンが、押し花を挟んだメモ帳を見せてくる。

「あれだけ自生していたら、今後存在も広く知られることにもなるし。幻でもなんでもないだろうしな」

「パルテノの部下たちが、めちゃくちゃをしないことを祈るばかりだな」

 バークが、軽く神に祈る仕草をする。


「でもさ、あそこで襲ってきたアレって、ほんとなんだったんだろうな?」

 アートンの言葉にリアンが強くうなずく。

「あんたが、あそこで襲われたっていうバケモノね」

 モクモクと、タバコの煙を吐きだしながらアモスがいう。

「あんただけなら信じられなかったんだけど、リアンくんも見たのよね?」

「うん、見ました。ヨーベルが見たら、よろこびそうな狼男でしたよ」と、顔を手でなぞるように、狼男の大きく割けた口を表現しながらリアンが話す。

「俺だけだと信じてくれないのかよ」

 アートンが、不満そうにアモスにいう。

「当たり前じゃん、何いってるの? アホか?」

 アモスから、煙を吹きかけられるアートン。


「でもさ、リアンくん意外とすごいのね! 躊躇なくバケモノ轢き殺すなんてさ!」

 アモスが、タバコをもみ消しながらリアンを絶賛する。

「ううう、僕としては、あれが本当に人でないことを祈るばかりです……」

 リアンは身体を縮めて、オールズ神官のように祈る仕草をする。

「あれは人じゃないよ、大丈夫だって。確実に人を害する怪物だったよ。リアンは俺の恩人だよ、ありがとな」

 アートンがリアンにサムアップ。

「は、はい、あの時は無我夢中で……」


「人をはじき飛ばすスキルまで習得するなんて、リアンくんの運転技術はさらに向上したわね」

 アモスがクククと、笑いながらそんなことをいってきたので、リアンは困惑の表情を浮かべる。

「あっ! みなさんお帰りなさい!」

 ヨーベルが、宿のひとり息子のポイと一緒に、宿のドアを開けて現れる。

 ヨーベルはうれしそうに、リアンたち仲間とひとりひとり握手して回る。

 たった一晩離れただけだが、ヨーベルはリアンたちとの再会を心からよろこんでいた。


「目的のミッションは達成できたんですか?」

 そう尋ねてきたので、アートンが押し花にしたのを見せてあげる。

「おお~、これが噂の花ですね! 本当に虹色ですね~」

 ヨーベルが、目を輝かせて押し花を見る。

「ヨーベルには、あそこで起きたことはいわないほうがいいですよね」

 リアンがバークに耳打ちする。

「そうだな、そのほうがいいだろう。彼女がよろこびそうな狼男がいたわけだけど……」

 バークがそうこっそり話す。

「狼男といいました?」

 耳ざとくヨーベルがバークに訊いてくる。


「気のせいだよヨーベル」

 リアンがそういうと、ヨーベルはそれ以上追求してこなかった。

 ヨーベルが聞いたらよろこびそうな話題だけに、リアンは黙っているのがちょっとかわいそうな気がした。



 その日の夕方、パローンとネーティブがリアンたちの泊まる宿にやってくる。

 久しぶりにヨーベルと再会して、パローンとネーティブがうれしそうだった。

 表情を崩し、頬を紅潮させながらヨーベルと話すふたりの神官見習い。

 彼女の短く切った髪を、言葉を尽くして褒めていた。

「警察沙汰には、あのお若い村長さん、意地でもしないつもりのようだよ」

「村の駐在さん青くなっていたが、今はやはり、猿駆除を優先させるってことみたいだよ」

 村長のところに、挨拶をしてきたパローンとネーティブがそう語った。


「じゃあ、あそこは完全に放置するってことなのね。人が死んでるのに、まあ勇気ある決断だこと」

 アモスが不敵に笑いながら、村長の判断をたたえる。

「あそこで、あんたたちが見つけた書類を、試しに村長に渡してみたんだがね」

 パローンが、バークが見つけた焼け残った書類について話す。


「施設の連中が仮に悪事を働いていたとしたら、事件性の発覚は避けたいところでしょう。だとしたら、この一件は、これ以上突く必要はないでしょう。連中にとっても、証拠隠滅が必要だった案件だったのでしょう。そこにいた三人なんて、最初からいなかったということにすればいいのです」

 パローンとネーティブが、村長が語った言葉を聞かせてくれる。

「ほんと冷徹な坊やね、あの村長さん」

 アモスがニヤニヤしながら、タバコを吸う。

「でも、それならそれでいいじゃないか。村のことは村で任せよう」

 そうアートンが強くいい、この話題について打ち切る。

「そうだな、俺たちも面倒な展開は、これ以上はゴメンだしなぁ」

 バークもアートンに同調する。


「そうね、チンケな田舎村だったけど、なかなか面白いイベントだったわ。最初はお使いクエストかよ! と思って乗り気じゃなかっただけに、展開の意外性に正直ビックリよ」

 アモスがタバコを揉み消しながら、満足そうに語る。

「この村、あたしはけっこう満足したわ。じゃあ、さっさと帰りましょ」

 アモスがそう宣言する。

「あんたたちが、キタカイまで乗せて帰ってくれるんでしょう?」

 アモスがふたりの神官見習いに訊く。

「ああ、構わないよ」

「キタカイまでで、いいんだよな」

 リアンたちは、パローンとネーティブと一緒に、キタカイに帰ることになっていた。


「ところで、ふたりは残念だな、せっかく目的の花を見つけたのに、パルテノに横取りされただろ」

 バークがふたりの神官見習いにいう。

「自生しているということが、判明したんだ」

「お見せできなくなったのは残念だが、この情報を持ち帰ることで、およろこびになられるだろう。パルテノなんかに手柄を奪われるのは、本当は癪だけどね」

くやしそうにいうネーティブだが、表情はそれほど暗くなっていない。

「あの~……」

 そこにヨーベルが入ってくる。

「なんですか~」

 たちまち顔がニヤける、ふたりの神官見習い。


「これって、その花の種ではないでしょうか?」

 ヨーベルがいきなり種を出してくる。

 この種は、昨夜餌をあげていた仔猿がよこしてくれたものだった。

「昨日、村の紹介パンフレットを読んでいたら、これ、コーリオの花の種として紹介されていまして」

「えええ? どうしてこんなものを?」

 リアンたちも驚く。

「これは確かに、そうですよ!」

「ここに来る前に、何度も調べたので間違いないです!」

 パローンとネーティブが、種を受け取って驚く。


「どうしてあなたが!」

「ひょっとして本当に女神では!」

 どさくさに紛れて、パローンとネーティブがヨーベルの手を握る。

「さらっと、口説きにかかるな」といって、アモスがタバコの煙をふたりの神官見習いに吐きだす。

「ヨーベル、こんなのどうしたの? どこで手に入れたの?」

 リアンが尋ねてくる。

「え~とですね。昨日ですね……」

 ヨーベルがそこまでいいかけると。


 窓の外から、すごい獣の悲鳴が聞こえてくる。

 キィキィと聞こえるそれは、猿の鳴き声のようだった。

 ビックリしてリアンたちが窓を開けて、その悲鳴の聞こえる場所を見る。

 そこでは、ホイ親子がよろこんでいた!

「やった! かかったよ父さん!」

 ホイの息子のポイが、よろこんでいる。

「でかした!」と、ホイが息子の頭をなでてあげていた。


「この前からここに、何度も来てたからひょっとしたらと思ったら! 見事にかかりやがったな!」

 ホイがそう怒鳴る先に、罠にかかり吊るしあげられている仔猿がいた。

 仔猿はキーキーわめいている。


 その様子を見て、リアンたちが言葉をかけるのを迷う。

 すると、おもむろにポイが前に進み出て仔猿の前に立つ。

 そしていきなりポイは銃を取りだして、仔猿を撃ち殺す。

 吊るされたまま仔猿が、頭を吹き飛ばされて息絶える。

 その様子を見て、ヨーベルが絶句する。

「ざまあみろ! クソ猿どもめ! ポイよくやった!」

 興奮したように、ホイが息子の行動をたたえる。

「連中に対する、いい宣戦布告だな!」

「クソ猿め、ざまぁだね!」

 血に酔ったようなホイ親子は、盛り上がる。


 その様子を、リアンたちは無言で見つめるしかできなかった。

 恨めしそうに、頭を吹き飛ばされた仔猿の死体がブラブラ揺れていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る