第9章 『不夜城、再び』
1話 「誘拐犯の船」
小型の船舶が、暗くなりだしたカイ内海を突き進む。
まだかろうじて、西の空には太陽の光が留まっている。
船を操作するアートンは、追っ手が来ていないことに安心して少し船の速度を落とす。
船舶はエンドールが支配するキタカイ海域から、フォールが占有するミナミカイ海域に進行する。
追っ手が来ないことで落ち着きだし、船内の他の乗員たちの表情も緩くなる。
アモスがつかつかとミアリーに近づくと、いきなりチョップを頭にたたき落とす。
いきなりの攻撃に驚いたミアリーが、目を白黒させる。
「さて! まずはどこから話してもらおうかしら!」
アモスがそんなことをいってから、操舵しているアートンをにらむ。
アートンは、その視線に気づかない振りをする。
「まずは順番前後するが、ミアリー! あんたからよ!」
アモスがミアリーにもう一度チョップを食らわせる。
そして銃をミアリーに返してあげる。
「どういうつもりだったのよ!」
アモスがさらに手刀を落とそうとしたのを、リアンがよってきて止めさせる。
「みなさんがピンチだと思って、勝手なことをしてしまいました。巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません……」
ミアリーが、しゅんとしながら発言する。
肩にかけていた黒いポーチが、ポトリと落ちる。
「あそこで、機転を利かせてくれたってのは理解できるよ。ミアリーのあの行動がなければ、俺たちエンドールの追っ手に拘束されていただろうよ」
バークが、ミアリーの行動に理解を示す。
「で、そこよ!」
アモスが大きな声を出す。
「なんであんたら、エンドール兵から追われていたのよ!」
アモスが、バークとアートンを交互に指差す。
リアンは、不安そうに話しを聞いていた。
アートンとバークが、チルに会いに行った時に遭遇した出来事を話しだした。
「じゃあ、やっぱりチルっていうヤツが裏切ったっていうの! 親友っていったわよね! アートン! どういうことよ!」
アモスが怒りの表情で、アートンに問い詰める。
「いや、裏切ったとかじゃないと思うよ」
すかさずバークが、助け船を出してくれる。
「なんで、そういいきれるのよ!」
「考えてみなよ。裏切るんだったら、もっと前からチャンスはあっただろ?」
バークがアモスに説明をする。
「例の花の件で、考え変えたかもしれないじゃない! こいつら使えね! って感じでさ」
アモスが若干無理があるような、独自の説を披露する。
しかし、いっていてアモスも、さすがにこれはないだろうなとは思っている。
「だからといって、急に追っ手を差し向けるわけなんかないだろ」
アートンが、かろうじて聞こえるぐらいの小声でそういう。
「お前はチルってヤツに会ってないから、そう思うかもしれないが。俺が会った印象では、あいつはそんなことするような……」
「あんたの人を見る目が、なかったんでしょ! じゃなければ、こんな現状になってないわよ!」
バークが話している最中に、アモスがピシャリとそう結論づける。
「エンドール軍から追われるって! とんでもない事態じゃないのよ! 今後の旅、どうするのよ!」
アモスが興奮したように、アートンとバークに怒鳴る。
困惑した表情でしか、ふたりは返答できない。
バークはまだ頭の中が混乱していて、冷静な分析ができないことをもどかしく思う。
「まあまあ、アモス、ここは冷静にいこうよ」
リアンが、怒っているアモスをなだめる。
「過ぎちゃったことは、もうしかたないです。クヨクヨするのはよろしくないですね~」
次にヨーベルが楽観的にいう。
いつも通りの感じ、彼女は事の重大性は理解できていないのだろう。
「でだ、船は完全にフォール領に進行してるわけだが、あてはあるのかい?」
バークが、不安そうにミアリーに尋ねる。
「それはご安心ください。わたしの恋人もいますし、そのお父様のレニエ提督とも面識がきちんとあります。他にもミナミカイでの知り合いの方は多いので、皆さんの不安は解消できると思います」
ミアリーが心配させまいと、銃を黒いポーチにしまいながら精一杯明るい声を出す。
「再確認なんですけど……」
ここでリアンが挙手をして発言する。
「ミアリーさんは、わざと狂言誘拐のようなことをして、僕らを追っ手のエンドール兵から、逃がしてくれたんですよね?」
「おおむねそういう展開です。勝手なことして、ほんとごめんなさいね」
ミアリーがリアンに謝る。
しゅんとして、本当に申し訳なさそうだった。
「ほんと、思い切ったことしたよなぁ……。でも、その機転で助かったのも事実だよね」
バークが後ろに広がる、キタカイの街並みを見ながらつぶやく。
「あたしら助けるためとかいってるけど、本当は恋人に逢いたいから、やったんでしょ?」
アモスが、ミアリーにニヤニヤ笑いながら追求する。
「つまり、あんたの勝手で、あたしらを犯罪者にしたってことよね?」
アモスの言葉に少し思うところがあるらしく、ミアリーはモジモジとする。
「やってくれるじゃない! まったくさ、あんた面白い子ね! ますます気に入ったわ!」
アモスがミアリーの頭を、くしゃくしゃとなで回す。
「お金なあとでお支払いします。みなさんが、お金になることなら、何でもするっていってたから……。わたしをさらって、彼のところまで連れて行ってもらおうかと」
ミアリーの発言に驚く一同。
「金のためならなんでもする、確かにそんなことはいったかもしれないけど、本気にするなよなぁ」
アモスが呆れたようにいい、タバコを一本取りだして口にくわえる。
慌ててヨーベルがやってきて、ライターで火を点ける。
このライター、バスカルの村でストプトンからもらったものだったのだが、ヨーベルは彼との約束をすっかり忘れている。
「勝利の白黒うさぎ亭」、バニーガールのきわどい衣装が表面にプリントされている。
「フォールの連中が、なんか動きだしてるわよ」
アモスが前方で慌ただしく、動き回るフォール海軍を指差す。
バークが船首付近にやってくる。
「本当だな……。ミアリー! こっ来てもらっていいか!」
バークがミアリーを呼びよせる。
「連中、君に任せて問題ないか?」
「はい、大丈夫です。きっと、レニエ提督にお話しできれば、わたしたちのこと受け入れてくれると思います」
バークにそう説明するミアリーの顔は、興奮からか紅潮している。
「じゃあ、フォール軍はあんたに任せれば、安心していいのね?」
アモスが、ミアリーにもう一発手刀を後ろから落とす。
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