2話 「賊の報告」
キタカイのエンドール軍は慌ただしかった。
クレシェド市長の娘が、さらわれたというのだ。
スワック中将は部下たちから届く報告を、ひとつひとつチェックしていた。
スワックは大好物の、ボールいっぱいのアイスクリームを片手に抱えている。
「閣下! 勝手に船で、追跡しようとしていた連中を拘束しました。ゴスパンとメンバイルという連中らしいです」
部下がスワックにそう報告してくる。
「どういう連中なんだ?」
「なんでもチル中尉という、北地区の検問をしていた士官らしいのですが、彼らがいうに、その上官が殺されたというのです」
「殺された? チル中尉という人物がか?」
「そう話しております」
「で、その犯人を追跡しようとしていたと?」
「はい、にわかには信じられませんが……」
「そのチル中尉の殺害犯と、クレシェド市長の令嬢をさらったのが同一犯というのか?」
スワックの信じられないという表情を受けて、部下も困惑する。
「詳細は、ゴスパンとメンバイルという男から今聴取している最中です。ハッキリするまでには、もう少し時間がかかるかもしれません」
部下の言葉を聞きながら、スワックは食べていたアイスクリームのスプーンを口にくわえる。
その部屋では、キタカイ市長のクレシェドが青ざめていた。
屋敷の執事のジェドルンも同席していた。
彼らからライ・ローが話しを訊いていた。
同席している人間の中に、ニヤニヤとした顔つきのロイ・ロイステムスがいた。
ロイは自分の仲間を引き連れて、クレシェド市長の聴取に参加していた。
コソコソと耳打ちし合っている、ロイの不気味な笑顔がクレシェドは気になって仕方がない。
この男は先日の会食で、娘のミアリーに対して嫌がらせ的な言動を、取った男として認識していたクレシェド。
「なるほど、大体理解しました……。やはり狂言誘拐でしたか」
執事のジェドルンの言葉を聞き、ライ・ローが納得している。
「お嬢様の為を思って、あの場ではそういうことにするしかなかったのです」
ジェドルンがそういうと、ハンカチで目頭をぬぐう。
「あの娘さん、やっぱりいいキャラですね! ハハハ! 絶対追い詰めたら、いろいろ楽しいことをやらかしてくれる、タイプの女の子と思っていましたよ。さすがですね! できれば僕の前で、その癇癪を見せてもらいたかったものです」
ロイがうれしそうに、笑い飛ばす。
「で、同行したのは、お屋敷の使用人たちなんですね?」
ライ・ローがジェドルンに尋ねる。
ジェドルンはやや間を開けて、「はい、そうです」とここで嘘をいう。
本当は使用人ではないのだが、ここでは使用人ということにしておいたのだ。
そういったジェドルンは、クレシェドと軽く視線を合わせる。
「一気に五人も一緒に同行するなんてね。そんなにも人数必要だったんでしょうかね? ミアリーお嬢様のカリスマ性に、惹かれているのでしょうかねぇ。おかしな人は、人を引きつけるものを持っていますからね。僕ら同様ね」
ロイがうれしそうに話す。
「で! ここでわからないのが、あれだよね。チルだっけ? そいつが殺されて、その部下どもがいうには、その狂言誘拐を行った使用人と犯人が、同一人物らしいということだよね。これはいったいどういうことだい? 訳がわからない構図になっているよ。容疑者のひとりが、アートン・ロフェスっていう男だというのは判明してるんだって?」
ロイの発言でライ・ローたちも考えこむ。
ライ・ローは、アートン・ロフェスという男の名前を、先日ストプトンから聞いたばかりだった。
なぜこんな短時間に、無関係とも思える事象に、ひとりの男が複数にわたる関係者として突然浮上してくるのか。
「チルという軍人が殺されていたのは、事実なのですよね?」
今はアートンという男のことは放っておいて、ライ・ローがロイに訊く。
「ここで嘘をいうわけないですよ。いくら僕でも、これ以上話しをややこしくしたりはしませんよ」
ニヤニヤとした表情で、ロイがコーヒーを一口すする。
「で、ゴスパンとメンバイル。これが、チルの直属の部下なのですが……。こいつらがいうには、殺害現場近くに怪しいヤツらを発見して、それを追跡していたらクレシェド邸に逃走したというのです。市長の話しでは、連中自分の屋敷の使用人といってはいますが……」
ヒュードがたくましい身体を椅子に小さく縮こませ、報告を受けた情報を再確認してくる。
「追いかける前のふたりの男、特にアートンという男は、どう怪しかったんだというんでしょうね? その辺りは、直接ゴスパンとメンバイル本人から訊くしかないでしょうね……」
ライ・ローはメモ帳に、尋ねておくべき重要な事柄として、その件をメモしておく。
「情報によると、以前からチルと出会っているような感じだったようです。その姿を何度か目撃していたそうですよ」
ヒュードが、報告書に書いてあることをライ・ローに教える。
「チルという人物の部下たちは、殺害現場を直接目撃したわけではないんですよね?」
ライ・ローの質問に、ヒュードがうなずいて応える。
「ここもどうにも解せないのですよね。現場を見られたわけでもないのに、容疑者が勝手に逃走したというわけですよね……」
「ゴスパンとメンバイルがいうには、向こうが一方的に逃走したというのです」
ヒュードが口元を緩めながら、やや笑いながら教えてくれる。
「逃げたらそりゃ追うよね、怪しいもん」
ロイが笑う。
ライ・ローが眉間に皺をよせて、書類を読んでみる。
調書には、チルがまだ生きていた時期に、ゴスパンとメンバイルがその容疑者らしき人間を、バーで目撃していたとあった。
「で、時間が経ってチルの部屋に行ってみると、死んでいた……。この容疑者たちが仮に犯人だったとして、殺害後も逃走せずにずっと同じバーにいたってことですか?」
ライ・ローが訳がわからないといった感じで、ヒュードに質問する。
「バーの主人に尋ねたところ、この容疑者らしき男ふたり組は、例の騒動が起きるまで店から出なかったとのことです」
ヒュードがそう教えてくれる。
「逃げる必要など、見受けられませんね? マスターの話しでは、彼ら店から動かなかったんでしょ? これでチル中尉という人物を、どうやって殺したというんでようね?」
フッカーが腕を組んで考え込む。
隣にいるアラルも、同じように考え込んでいる。
「解せないね~。なんだろうか? まるでその軍人殺害とは違う件で、やましいことがあって、逃走したって感じもするよね」
ロイがニヤニヤしていう。
「ですね、じゃないと、不自然すぎる行動ですね……」
ライ・ローも、ここはロイと同じように考える。
「あと、ストプトンくんから聞いた情報も加味してみれば、さらに混乱するような状況になりますね。ネーブ主教の前に現れた女神官がいうには、アートン・ロフェスという人物とも繋がりがあるんだよね? ここでもアートン・ロフェスだよ。ネーブ主教の元に現れた女神官、チル中尉殺害事件、そして先ほどの狂言誘拐。この三件いずれにもアートンという人物が関わっている……。これはいったい、どういうことなんだろうか……」
ライ・ローは眉間を指でグリグリと押さえながら、考えをまとめようとする。
その様子を、他人事のようにニヤニヤしながらロイが眺める。
「これでひとつ、おそらくですが判明した謎がありますね」
ライ・ローがメモ帳を見ながらいう。
「何が判明したんだい? まだまだわからないことが多いと思えるけど?」
ロイがライ・ローに尋ねる。
「狂言誘拐をしてまで、軍の追っ手から逃げた連中、彼らはネーブ主教の殺害事件に関わっているはずです。何故逃げたのか謎でしたが、今回逃げたアートン・ロフェスという男と、ネーブ主教に近づいてきたヨーベルという女性に接点があるということは、両者ともにネーブ主教の事件になんらかの形で関わっているはずです」
「なるほど! ネーブ主教の件で後ろめたいことがあったから、アートン・ロフェスは、チル少尉の部下たちから逃げたというわけかい?」
「そうです!」ライ・ローがロイを褒める。
「ストプトンくんが、カジノのあるホテルで、例の謎の女神官と再会を約束していたらしいが、果たして彼女来てくれるのかな? アートンという人物が我々が追っているのと同一人物だとしたら、狂言誘拐でミナミカイに、仲間の女神官も向かったことになる……。ストプトンくんは待ちぼうけ確実だね……。なんとか彼女と接点を持てたら、真相もわかりそうなんだけどね」
ライ・ローは自身の前に現れた、大きな謎に知的好奇心を刺激され、心の中では歓喜していた。
そしてライ・ローはちらりと、目の前で青くなっているクレシェドと、執事のジェドルンの様子をうかがう。
狂言誘拐ということは早々に認めたのだが、犯人がどういう人物なのかということには、頑なに口を割らないのだ。
(何かを隠しているのは間違いないだろうな……。それは、なんなんだろうか?)
ふさぎ込むクレシェド市長とその執事の様子を見て、隠し事なんてないと思わない人間はこの場にはいなかっただろう。
それほどまでにふたりは怪しく、挙動不審な状態になっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます