3話 「巻き込まれ」
「着替えてきました~。これで少しは動きやすいかと思います」
ミアリーが服を着替えて出てくる。
前着ていたワンピースは脱ぎ、今はヨーベルのズボンを貸してもらい、それを履いている。
上着は、以前アートンがサイギンで謎の女からもらった、黒猫がプリントされたシャツを着ている。
肩から大事そうに黒いポーチをかけていたミアリーが、恥じらいながら立っている。
「よりによって上着それかよ。もっとマシなのなかった?」
アモスがブーイングをする。
「なかなか可愛らしいと思ったんですが?」
「あんたのセンスは、やっぱりおかしいわね。まあ、いいわ。しばらくこれでいなさい。」
アモスがミアリーに軽く手刀を落とす。
この行為に、すっかりミアリーも慣れたようだ。
ヨーベルが、それをうらやましそうに眺める。
「ミアリー!」
船を操舵していたバークが、声をかけてくる。
バークは、アートンから船の操縦を習っていた。
「はい、なんでしょうか?」
「きみはミナミカイの市長だったり、軍人だったり市議にも顔が効くってことなんだね」
「はい、お父様との縁で、知り合いは多いほうだと思います。みなさんとてもいい人でしたので、きっと力になってくださるかと。なので、エンドールに制圧されていたキタカイにいたよりも安全かと思います」
ミアリーがそう教えてくれる。
「それは助かるよ。じゃあ、そろそろフォール陣営に飛び込む準備でもするか。ミアリー、その時が来たらよろしく頼むよ」
バークが舵を握る手に力を込める。
「はい、みなさんは、わたしのお屋敷の使用人さんたち、ってことでよろしいんですよね」
「あたしは、家庭教師ってことにしてよね」
アモスがそんな設定を口にする。
「はい、了解です」ミアリーがうれしそうにいう。
「アモスちゃんは、何を教えられるんですか?」
ヨーベルが尋ねる。
「人生を楽しくする、いろんなことを教えられるわよ。リアンくんも教えてあげようか?」
「え、遠慮しときます……」
アモスの挑発的な言葉に、困惑したようにリアンが応える。
「好き勝手やってりゃ、そりゃ楽しいだろうな」
ポツリとアートンがつぶやく。
「生意気なヤツに対する、口の聞き方を矯正するのも得意よ」
アモスがニヤニヤと、アートンに向けて笑顔を浮かべる。
ばつが悪そうにアートンが、アモスからの視線を無視して、バークに操舵のレクチャーをする。
「止めとけって、お前じゃアモスには勝てないから突っかかるなって」
バークが、アートンにいうと彼は顔をしかめる。
「オーケー、アートン、操縦はだいたいわかったよ。ありがとな」
バークはアートンに舵を渡す。
そしておもむろに、信号用の照明を手に取る。
そして前方のフォール海軍に向けて、カチカチカチと信号をフォールに送る。
リアンはそんなバークの様子を興味深く見ている。
バークの滑らかな、信号の送る姿にリアンは感心する。
次いでミナミカイ方面を見る。
こちらに向かってくる、艦隊の姿が見える。
後ろを確認すると、エンドール側はまったく動く気配がない。
「エンドールさん、全然追いかけてこないですね?」
ヨーベルが不思議そうに話しかけてくる。
「きっと下手に追跡してきたら、フォールと戦闘することになるかもれないからね。うかつに、追跡できなかったんだろうね」
リアンはそういうと、ポケットの中から飴玉を出してくる。
「ヨーベルも、ひとつなめますか?」
好意でリアンがよこした飴玉を、ヨーベルは受け取ったが口に入れることはなかった。
「そういえばですよ~。この下って海底の遺跡があるんですよね?」
もらった飴玉を手でもてあそびながら、ヨーベルがカイ内海に沈むという、海中の遺跡の話題を口にする。
「そうだったね」と、リアンが不安そうに窓の外を見る。
「昼間に来ても、やっぱり沈んでる遺跡は見えないのかな?」
「遺跡は、かなり深いところにあるみたいですよ」
リアンが、ティチュウジョ遺跡のパンフレットを取りだしてくる。
水深は百メートルを超えるとパンフレットには書かれていた。
「この下にあるのか……」
リアンは窓の外の海を眺めて、えもしれぬ恐怖を不意に感じ取る。
なんだか、波が急に荒くなってきたような感覚を、リアンは覚える。
船が大きく揺らぎだしているのだ。
「なんだろう? また嵐でも来るのかな?」
不安そうにリアンがいう。
バークの信号に、フォール軍が応えてきたようだ。
フォール軍の船団から、同じようにライトを使った連絡が届いた。
「やっと返答が来たぞ。こちらに向かってくるようだ」
バークがうれしそうに教えてくれる。
すると、急にガクン! と船体に衝撃が走る。
「ど、どうした?」
バークが不安な表情になる。
「アートン! また何がしたの?」
アモスが理不尽に怒鳴る。
「知らないよ! なんか急に……。波が、高くなってくる感じだ……」
アートンも異変を感じ取る。
「みんな、いちおうどこかに捕まっているんだ!」
バークがそういうと、またガクンと衝撃が走る。
何かが船体にぶつかったような衝撃だった。
「おい! 今のなんだ!」
「何かにぶつかった?!」
リアンが海面を見るために、手摺りに手をかけて下の海をのぞき込む。
「リアン! 危ないよ!」
バークがリアンを注意する。
「みんな一カ所に集まろう!」
バークの提案に、全員が素直に従う。
すると、今までで一番大きな衝撃が船に走る。
軽いリアンが、その場で少し飛び上がる。
ヨーベルがリアンに駆けよってくる。
「リアンくん、大丈夫ですか?」
「僕は平気です、ミアリーは大丈夫?」
リアンはミアリーを気にかける。
「だ、大丈夫です!」
ミアリーは手すりに、必死にしがみついている。
「なんだこの波と揺れは!」
操舵しているアートンの、悲痛な叫びが船にこだまする。
「なんなのよ! また何かに襲われてるっての!」
アモスも叫ぶ。
「俺たち船に乗ると、こういう目に合う運命なのか?」
バークが、苦笑いを浮かべながらいう。
「そ、それは、なかなか笑えない冗談だぜ」
アートンが操舵しながら同じく苦笑い。
そんな時、アートンが思わず驚いて舵を切る。
「うわあああ! なんだこれは!」
突然、前方に巨大な壁面が海面から現れたのだ。
舵を切って船が大きく曲がる。
なんとか衝突を避けれたが、前方にまた壁が突きでてくる!
そして、ドン! と衝撃が船体に走る。
海面から巨大な建造物がせり上がってきたのだ!
なすすべもなく、リアンたちを乗せた船は、せり上がってきた壁によって、上空に持ち上がってしまう。
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