13話 「リットとハーネロの関係」
リアンたちはフォードの館を後にして、街でミアリーの誕生日のプレゼントなんかを買ってから、カーナー邸に戻ってきていた。
「今日はすごい体験をしたような、濃い一日でしたね」
リアンがミアリーに話しかける。
「はい、まさかテンバールの遺跡へ行けるようになるなんて、すっごいことです。これだけでも、わたしにとっては、じゅうぶんすぎる誕生日プレゼントですよ」
ミアリーがうれしそうに、リアンに笑いかける。
「まさかほんとに、ハーネロ絡みに巻き込まれるとはね……」
バークが新聞記事をチェックしながら、ため息をつく。
「あたしがネーブのところで書いたラクガキ、あながち間違っていなかったかもね」
「なんだよ、いたのかよ……」
いきなり隣に現れて、タバコの煙を吐きかけてくるアモスに、バークがうんざりしたようにいう。
「あら、驚かないわね。慣れてきたのかしら?」
アモスがいきなり出てくるのに、バークは確かに慣れてきた。
「ネーブの件もエンドールの連中、ハールアムが犯人だと思ってくれるかもしれないわよね。実際にザイクロの力を使う連中が、キャストに出てきたんだからさ。結果的に捜査を撹乱できたじゃない。きっとヨーベルの件も有耶無耶にできるわよ」
「それはどうかな……」
アモスの言葉に懐疑的なバークが、記事をめくりながらいう。
「なんでよ?」
「考えてみろよ。逆に、ヨーベルがハーネロ神国の一員だったんじゃ、と疑う連中もでてくるかもしれないだろ。お前が余計な落書きしたせいで、エンドールにさらなる疑惑を与えた形にもなるだろ。俺らがハールアムだと疑われるなんて、より一層最悪の状況じゃないか……」
バークがうんざりしたように、腕を組んでアモスの顔を見る。
「フン! 心配症ね!」
「お前が何も考えないだけだろ!」バークがすぐさま反駁する。
「だいたい、ここのオッサンやミアリーたちが、協力してくれるってことになったんだしさ。そんなにビクビクしてる必要もないでしょ。フォールの政府筋が力貸してくれるっていうんだし、何を不安に思うようなことがあるのよ!」
タバコを揉み消して、アモスがバークの顔をにらむ。
「何あんた? ミアリーたちがあたしらを裏切って、エンドールに引き渡すとかまで想定してたりするの?」
アモスの言葉に、ミアリーがピクリと反応する。
「そんなわけはないだろ」
「ふうん……」
「な、なんだよ」
アモスの怪しい目つきと言葉に、バークがやや身構える。
「素直に人を信用するタイプなのね、うちのリーダーさんは」
「ミアリーたちまで疑っていたら、こんなとこでゆっくりできるかよ。不安があるとしたら、お前だよ」
「ほう? あたしが何か企むとか? 面白いこと考えてるようね?」
アモスがもう一本、新しいタバコを取りだしながらバークに笑いかける。
「違うよ。そういう意味じゃないよ」
「じゃあ、どういう意味よ」アモスがバークに不愉快そうに尋ねる。
「せっかく協力してくれてる人たちに対して、お前は失礼が多すぎるんだよ」
「まあ、そんなことしたかしら?」
アモスの返答に、大きなため息をひとつ落とすバーク。
「自覚がないってのは、相当だな。あんた本気ですごいよ、皮肉じゃなくてマジでそう思うよ」
バークが困惑の表情で、アモスの剛胆さを褒める。
「もし出会った人たちが、気分を害するようなことがあったら、どうするんだよ。別に淑女のようにしてろとはいわないが、せめて余計なひとことで相手を刺激するのは自重してくれよ。俺たち身内なら大丈夫だが、初対面の人にあれはハラハラするんだからさ」
バークが諭すようにアモスにいう。
アモスはニヤニヤと笑いながら、タバコを旨そうに吸うだけだった。
「あっ、バークさん、調べてみましたよ」
そこにリアンが、新聞記事の束を持ってバークに話しかける。
「リアンくん、このオッサン酷いのよ」
バークに話しかけてきたリアンに、横やりを入れるようにアモスがいう。
「ど、どうしたの?」
「あたしの態度が悪いから、改善しないとパーティーから追いだすぞ、とか脅してくるのよ」
アモスが煙を吐きだし、不敵な笑みを浮かべながらリアンに話しかける。
「でも態度悪いのは事実だし、直せるなら直すといいよ」
アモスに、リアンがはっきりいう。
アモスは「あら?」っと意外そうな顔をする。
「バークさん、やっぱり載ってないですよ」
アモスをスルーして、リアンがバークに記事を返す。
「そうか、となるとやはり情報を制限してるんだろうか……」
バークが記事を受け取ると、腕を組んで考え込む。
「何よ、何の話ししてるのよ?」
話題に取り残されぬように、アモスがバークに尋ねる。
「ネーブ主教が殺された記事を読んでたんだけど、そこにハーネロ神国の影を示唆するような記事があるかどうか調べていたの」
リアンがアモスにそう教える。
「あら、そうなんだ。ハールアムのことを調べさせていたの?」
「ああ、そうだよ」とバークがうなずく。
アモスが記事をちらりと見て、タバコを吸う。
「記事のどこにも、ハールアム絡みの話題はなかったよ。ほら、これだけ面白おかしくレーナー教団のことを書いてるような新聞も。ネーブ主教の殺しに関しては、何もそれっぽい言葉がないよ」
リアンがそういって、ソファーに腰掛ける。
「おまえがやったあのイタズラ書き、普通なら、よろこんで記事にしそうなネタなのにどこもスルーか。となるとやはり、エンドールが隠してるんじゃないかと思ってね」
「ネーブ主教殺しも、ハーネロ神国に何か関係があると思ったんですよね?」
腕を組んで考え込むバークに、リアンがそう質問する。
「まあ、ちょっとな……」
そこでバークは、ある記事に目がいく。
その記事を、無言で目で追ってしまう。
「あの事件は、独断専行が過ぎたネーブさんに対する、教会の内部抗争が原因かと思っていました」
リアンが、用意してもらった飲み物を口に含む。
「現場にこのオッサンが、ハールアム参上とか落書きしたのよ」
「えっ! そ、そうなの?」
リアンがアモスの言葉に驚く。
「そうそう、捜査を撹乱してやろうってさ……」
そこまでいってアモスは、不愉快そうな顔をする。
「って、おい! バーク!」
アモスがバークに怒鳴る。
「ん? あ、すまん、何だ?」
「突っ込めよ!」
記事を読んで、呆けたようなバークにアモスの声が荒ぶる。
「それはお前だろ! とかいえよ!」
バークに、理不尽な突っ込みをアモスがしてくる。
困惑の表情を浮かべるバークが、ため息をつく。
「……アモス、そんなことやったの?」
リアンも呆れたようにいう。
「それで記事を調べてみてっていったんだね。ネーブ主教の件にハーネロ神国が関わっていないかって」
「まあ、理解が早いわね、偉いわ~」
リアンの頭をなで回すアモス。
「やあ、みなさん、夕食のお時間となりました。あと、食後お時間はありますか?」
そこへ執事のジェドルンが現れる。
「食後なんだっていうの?」と、アモスが訊き返す。
「もうひとりの客人、ケプマストさまとお話しされてみますか?」
ジェドルンが、いきなりそんなことを提案してくる。
「ケプマスト? 確か、ここの客のムサいオッサンだっけ? 別にあたしは興味ないわね」
アモスがタバコを吹かしながら、興味なさげにいう。
「こいつはまた、エンドールの王族さまに失礼なこといいそうだから、会わないほうがいいな」
「かもね!」
バークの言葉に、かぶり気味にアモスが断言する。
「興味ないヤツなんかと話すぐらいなら、別のことしてるわ」
アモスがくだらなそうにする。
「あっ! アモスは参加しないの?」
「リアンくん、なんか安心したような表情ね?」
「そ、そんなことないよ……」
アモスから視線を外してリアンがいう。
「じゃあ、まずはお食事でも。それが済んだら、またお呼びいたしますので」
ジェドルンが、リアンたちを食堂に案内しようとする。
「おや? ところでアートンさんはどちらに?」
その場にいないアートンの存在に気がつき、ジェドルンが尋ねてくる。
「アートンは、なんか向こうの作業の手伝いに行ってるみたいだよ」
バークが、アートンは改装工事の現場で手伝いをしていることを教える。
「アートンさまには、いろいろ屋敷のことを手伝っていただいて感謝しております。わたしのふたりの部下も、感謝の言葉を述べておりました」
ジェドルンがそういって頭を下げる。
「あいつは、そういった雑用になら役に立つわ。他は散々だけどね! ぶっ潰してもいいから、ここにいる間はタダ働きでもさせておいてよね。余計なことされちゃ、たまんないしね」
「その言葉、そっくりそのまま返してやりたい気分だよ」
うんざりしたように、バークがアモスにいう。
「ところでジェドルンさん、このニュースは本当ですか?」
バークが新聞記事を指差して、ジェドルンに尋ねる。
「おや? どれですか?」
バークの差しだしてきた記事を、ジェドルンが見る。
新聞記事には、行方不明だったレストア王子が、サイギンで保護されたという内容が書かれていた。
レストア王子は、フォール王国の王位継承権第一位の王太子で、クウィン要塞で対エンドールの指揮を執っていた人物だった。
若く聡明な人物で、フォール軍の士気高揚にその存在が大きく関わっていた。
クウィン要塞陥落の際に、その消息が不明になっていたのだ。
クウィン陥落の記事がほとんど出ないのと同じように、この話題もほとんど表に出てこなかった話題だったのだ。
記事は、再び現れたレストア王子のことを、僥倖だと書き記していた。
王子は今はエンドールに保護されて、警護を受けているようだった。
記事によれば近く国民の前に、登場してもらう算段になっているようだった。
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