2話 「ふたりの神官見習い」 其の二

「ん~……」と、同時に考え込むふたり。

「まあ、実のところいうと。早い話が、見習いの地位も、金で買った感じかな……」

 運転手のパローンが、そういったあと車を脇に止める。

 おや? とリアンたちが不思議に思う。

「ずいぶんぶっちゃけるわね、初対面の相手に。で、車を止めたのは、気分を害したから、降りろってことかしら?」

 アモスの言葉に、リアンが不安になる。

 急いでふたりに謝ろうかと思った。


「いや、違うよ、安心しておくれ。これを見てもらおうと思ってね。俺たちも、久しぶりに人と話すから、いろいろ話したいのさ。特におねえさんとの会話は、なんだか、すごく刺激的だよ」

 そういってパローンが、横にあった自分のかばんをゴソゴソ漁りだす。

 パローンが出してきたのは、立派な黒皮のカバーに収まった書類だった。

 書類には、オールズ教会のマークと、神官見習いの地位を拝命するような文言が書いてあった。

 パローンとネーティブの、ふたり分があるようだった。

「最初は俺たちも、軽い気持ちだったんだ。金で、この地位を買っておけば、これから便利と思ったんだよ」

 パローンが出してきた書類を、バークが後部座席からのぞき込んで確認してくる。


「神官って、金で買うような地位だったのか?」

 アートンが、素朴な疑問をいってくる。

「とある人が、売ってたんだよ。金さえ払えば、僧籍を用意してくれるってな。神官の地位は、さすがに高くて買えなかったが、僧兵や見習いなら俺たちにも手が出たんだよ」

「洗礼や修行といった形式的なこともなく、金さえあれば大丈夫でな。マイルトロンでは、俺らと似たようなことやってるヤツ、大勢いたよ。これからは、オールズ教会だってな」

 パローンとネーティブが、悪びれることなくいってくる。

「他にもこんなものもあるんだぜ」パローンが荷物を漁る。


 そして出してきたのは、手帳のようなものと何かの書類だった。

「なんだいこれは?」バークがそれを眺める。

「あれ? これって警察手帳じゃないですか?」

 リアンが手帳を見てそう驚く。

「フフフ、その通りさぁ」

 パローンがニヤリと、悪そうな笑みを浮かべる。

「警察手帳と弁護士資格の書状さ、もちろんどっちもダミーさ!」

 偽物をパローンは、得意げに見せつけてくる。


「そんなものまで売りだしてたのか、エンドールは」

 バークが目を丸くして、手帳と書状を見る。

「教会や警察、弁護士会までが、金でこういうのを売りだしてたんだよ。本国はどこまで把握してるのかは知らないが、売りにだされてるんだから金で買った次第さ」

 罪悪感など、まるでないようにネーティブが笑う。

「あんたらって、もう一回いうけど、聖職者絶対向いてないって」

 アモスの冷たい言葉。

「ハハハ、まあ、自覚はあるほうだよ……。最初は本気で聖職者になろうって思っていたわけでも、なかったからなぁ」

「身の保証を、金で買った程度の考えさ。だから向いてないってのは、概ね正解だから、特に突かれてもなんとも思わないよ」

 パローンとネーティブが正直に答える。


 結構、きわどいことを話しているようだが、ふたりはどこかうれしそうだった。

 話し相手、しかも女性が現れたことで、いろいろぶっちゃけたかったのだろう。

 あと、マイルトロンからここまで来たという、長旅の疲れの癒やしにもなったのだろう。

「でも、まあ、ある人に出会って。本気で聖職者目指しても、いいかなって思うようになってね。同時に、そのある人に、見たがっていたコーリオの花を、見せてやりたくなってね」

 パローンが書類を返してもらい、バッグにしまいながらいう。


「それで、コーリオの花を探しに、ここまでか……。けっこうな長旅だな、ご苦労さまだね。でも、幻といわれてる花だろ、このバスカルにも生息している可能性は、薄いかもしれないぞ。そこまでの旅を決意させるほど、魅力的な聖者さんなのかい?」

 バークがそう、ふたりの見習いに声をかける。

「あんたは、コーリオの花のことを、知ってるのかい?」

 ネーティブがバークに尋ねながら、自分のかばんから、重そうな分厚い本を出してきてめくりだす。

「ああ、オールズで聖なる花とされる、幻のってやつだろ? あれって実在したのか? 教義の中で登場してくるだけの、架空の花って思ってたんだが」


「コーリオの花のモデルになった、っていう花があるらしいんだよ。ほら、これさ。その花が、とある地域に自生してるらしくてね。学名が、なんちゃらというややこしいので、この地方では“ 猿の宝石 ”とも呼ばれてる花らしい」

 そういってネーティブが本にある、花のページを見せてくる。

「わぁ、綺麗な花びらの、お花ですね~」

 ヨーベルが、図鑑にあったその花を見て感嘆の声を上げる。

 花は、薄い桜色をベースにしていながら、花びらの一枚一枚に極彩色のグラデーションを先端部分に現しているのだ。

「虹色の花、みたいですね……」

 リアンも、図鑑を見て素直な感想を漏らす。


「その花を採取して、プレゼントされるんですか?」

「まあ、早い話が、そういうことですよ」

 ヨーベルの質問に、ネーティブの顔がほころぶ。

「ずいぶんボンボンのくせに、頑張るわね。人を遣わせたりしないのは何? 怠惰な自分に課す、修行か何かの一貫なわけ?」

 アモスが、そんなことを訊いてくる。

 確かに、道中危険も多いかもしれないのに、ふたりだけで向かうのは多少無茶な気もする。


「マイルトロンはね、生まれた身分によって縛られて、一生外の世界に出られない国だったんだよ。俺らふたりは、さっきいった通り商家の息子、その地位から逃れられなかったんだよ。でも、国が滅んで自由を得たんだよ。せっかくだと思って、外の世界を見聞するのも兼ねて、こうしてやってきたんだよ。教会の巡礼願いがあれば、自由にフォールまでもいけるからな」

 ここでパローンが、巡礼願いの書類を見せてくる。

「こういった書類も、すべて金で用意できるのさ。なんでも金で実現できる、資本主義ってのは、ありがたい限りさ」

 パローンがそういって、書類をかばんになおす。


「ふ~ん……。どうせ、花を渡したい相手っていうのも、女絡みでしょ? やっぱりあんたら、聖職者に向いてないわよ。野郎ふたりを惑わすとは、どんな魔性の女なのよ。うちのヨーベルと、いい勝負かもしれないわね」

 リアンが制止するのも効かず、アモスが思っていることをそのまま口にする。

「そ、そういうのでは、ないよ!」

「ムキになっちゃって、ほんとかしら」

 ネーティブの否定の言葉に、嘲笑うようにアモスがいう。


「ところでさぁ……。教会の地位を買ったとかいってたが、やっぱりネーブ主教からかい?」

 バークが尋ねる。

 すると、途端に無口になるふたり。

「ん? どうしたんだ? これ、触れられたくないところだったかい? だとしたら申し訳ない、あの人が似たようなことしてたから、そうかと思って、軽い気持ちで訊いてみたんだ。気分を害したとしたら、悪かったよ」

 意気消沈しているふたりの見習いに、バークが謝罪する。

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