15話 「ケプマストとの面会」

「お誕生日おめでとう。わたしからのささやかなプレゼントだよ」

 初めて会ったケプマストは、当初の予想に反して、とても紳士的な人物で温厚そうだった。

 厳つい髭を蓄えているが、その瞳は慈愛に満ちており、性格の良さを感じさせる。

 リアンたちだけでなく、ケプマストもミアリーに対してプレゼントを渡してくる。

 ケプマストのプレゼントは、木彫りのどことなく不吉な印象を与える人形だった。

 ケプマストは今夜会う人物のことを、カーナー市長から事前に聞いていたようだった。

 可愛らしいものより、ちょっと胡散臭い感じのものを好むといわれていたようで、だからこういう人形を用意したようだった。

「ありがとうございます」

 ケプマストの厳つい髭面に、若干引き気味のミアリーが丁寧に礼をいい、プレゼントを受け取る。

 そしてそれを見て、ミアリーがニコリとわらう。

 彼女好みな造形だったようだった。

「エンドールに昔から伝わる、武道の神だよ。興味がなければ、ゴミ同然のもので申し訳ない」

「そんな、とてもうれしいです。大事にさせていただきますわ」

 ミアリーは、ポケットからジャラジャラとしたキーホルダーの束を、黒いポーチから出してくる。

 そしてそこに、今もらった木彫りのアクセサリーを取りつける。


「すごい数ですね」リアンがキーホルダーを見ていう。

「今日だけで、仲間がたくさん増えましたわ」

 うれしそうにいうミアリー。

「みんながみんな、怪しげなキーホルダーを選んだものだね。俺も人のこといえないが……。でも、こういうので良かったんだよね?」

 ミアリーの、今日一日で一気に増えたキーホルダーを見て、バークが笑う。

 アートンが渡したキーホルダーは、そのまんま、「お誕生日おめでとう」と金属に加工されたものだった。

「これは今日、アートンさんたちが買ってくれた誕生日プレゼントなんです。ケプマストさまのもご一緒にさせていただきますね」

 ミアリーはニコリと笑い、キーホルダーの束をうれしそうにチャラチャラとさせる。


「はじめましてケプマストさま。ご高名はかねてより聞いています。我々は……」

「そんなに堅くならんでくだされ。普通に接してください」

 丁寧に話しかけてくるバークに対して、笑いながらケプマストがいう。

 ケプマストがバークの肩に手を当ててきたので、バークも緊張がほどける。

 その後、ケプマストにミアリーと一緒に、キタカイからやってきたことをバークは伝える。

 バークたちが、エンドールから来たということは、ジェドルンを通して説明を事前にしているとのことだった。

 リアンたちの身の上話をとても興味深そうに、ケプマストは聞いていた。

 途中いくつかケプマストからの質問もあり、それに回答するバークたち。

 やはりケプマストも、リアンの特殊な事情を心配してくれていた。

 市長のカーナーがそこに合流して、酒や夜食を囲むことに。

 とても豪勢な料理とワインが、客人たちに振る舞われる。

 今夜ぐらいはいいかと、アートンまでワインをもらう。

 食後はミアリーの誕生日のお祝いに、大きなケーキが出てきた。

 料理人たちが特別に作ってくれたケーキらしかった。

 美味しそうな甘いケーキを切り分けて、全員が残さず食べる。

 ヨーベルが特に美味しそうに食べていたのが、リアンの印象に残っていた。

 カーナーに報告を兼ねて、今日フォードからお願いされた依頼の件を話すバーク。

 カーナー同様、ハーネロ趣味に傾倒していたフォードを、アートンとバークは適切な言葉を探して無理から褒めた。


 時間が経つにつれ、酒の力も手伝ってケプマストがポツポツと自分のことを話しだしていた。

 本来王族で、戦場に出る必要もない人物なのだが、自分の剣の腕を試してみたく、今回の戦役に参加したというケプマスト。

 最初は剣の腕前を披露できることに、ケプマストも幸福感を感じていたという。

「血と剣戟に酔い、殺人狂みたいな感じになっていたかもね……」

 後悔をつぶやくように、過去の自分の姿をケプマストは顧みる。

 人斬りを重ねていくうちに、強い後悔の念にさいなまれるようになり、自分の中の戦闘衝動が弱まってきたらしかった。

 作戦では常に先陣で、奇襲、突撃を率先してやり、ケプマストは自ら振るう剣で命の取り合いを繰り広げていた。

 彼は、直接的に人を殺める数が段違いに高かったのだ。

 そして、戦闘への熱が冷めてきだした時に、クウィンの要塞戦が勃発した。

 そこでの壮絶な戦闘で、さらに多くの人命が失われる。


「なんとか、この泥沼の戦闘を終わらせたく思ってね。単独で敵の陣に乗り込んでやろうと思ったんだよ」

 ケプマストが、ワインを飲みながら話してくれる。

 優しい瞳が徐々に曇ってくる。

「わたしは、ひとりでクウィンの絶壁を登ったんだよ」

 リアンたちが、ケプマストの言葉に驚く。

「あの断崖絶壁をひとりで登ったんですか?」

 バークが驚いて訊き返す。

 クウィン要塞の断崖絶壁は有名で、あそこを登るなんてこと考える人間が出てくるとは、思いもよらなかったのだ。

「ああ、クライミングは剣の修行をしていた時に、修練のひとつとして取り入れていたのでな」

 遠い目をしながらケプマストがいう。

「一週間かけて、上まで登り切ったんだよ」

 サラリとすごいことをいうケプマスト。

「登り切った先にあった駐屯地で、それは起きたんだよ」


 駐屯地に乗り込んだケプマストは、ひとりでその地の兵士たちと戦ったのだ。

 ケプマストの剣技の前に、フォール兵たちはバタバタと斬り殺されていく。

 三十人ほどを斬り殺した時に、ようやく我に返ったケプマストは驚く。

 この地を守っていたのは、まだ年端もいかない少年兵ばかりだったのだ。

 そんな少年たちを殺したことに、ケプマストは罪の意識に捕らわれてしまう。

 そして、ケプマストはその場で剣を捨てると、フォールに投降して自ら捕虜になることを選んだのだ。

 そして拘束された後、カーナー邸の客人として迎え入れられたのだ。


 ケプマストの、壮絶な回顧録を聞いていたリアンたち。

「じゃあ、もしかして、クウィン要塞が落ちたのは、ケプマストさまが直接的な原因なんですか?」

 アートンが、これまで謎のままになっているクウィン陥落について言及する。

「さあ、それはどうだろう。わたしがフォールに投降して、しばらくするとエンドール軍がクウィンを制圧したらしいが、わたし個人の行動で戦局が決したとは思えない。わたしが制圧した拠点は、小さなもので、そこが落ちたからといって、大きく戦局が変わるとは思えない。きっと別の要因があるだろう」

 ケプマストは、クウィン要塞の陥落に自分が関わっていないことを強調する。

 謙虚に遠慮しているのかとも思ったが、どうも本気でそう思っているようだった。

「じゃあ、結局クウィン陥落は謎のままか……」

 バークがポツリとつぶやく。

 心の中では、ケプマストがやはり大きく関わっていると思っていたが、当のケプマストが遠慮しているようなので、バークは強くその件を推すことができなかった。


「捕虜になってからは、自分が今まで殺めてしまった人物たちを思って懺悔したり、鎮魂を兼ねて木彫りの人形を作ったりしていたんだよ」

 ケプマストが木彫り人形を出してくる。

 ミアリーにあげたのと、同じぐらいの大きさの木彫りの人形だった。

「特に、クウィンで殺めた、まだまだ人生これからだという少年たちを思うと、涙があふれてくるんだよ」

 ケプマストがグッと涙ぐむ。

 そんなケプマストを見て、リアンは心に来るものがあった。

「実は僕の実家に兄がいるんですが、その人も剣術で世に出たいと思っていた、ケプマストさんと似たような考えを持ってる人なんです」

「そうなんですね~」

 隣に座っていたヨーベルが、場の空気も読まずリアンのほっぺたを突いてくる。

「リアンくんのお兄さんも、剣士さんなんですね~」


「銃ではなく、剣一筋で戦場を戦おうというのであれば、それは厳しいものになるだろうね。その兄さんにわたしから直々に危険だと、伝えてあげたいものだね」

 ケプマストがリアンにそう笑いかける。

「とりあえず、後悔いっぱいでしょぼくれモードなのね、あなたは」

 アモスがケプマストにそんなことをいう。

 アモスがまた何か挑発的なことをいうのではと思い、リアンたちが身を引き締める。

「ああ、人を殺しすぎた。できるものなら、戦場に出る前の真摯に、剣術を極めようとしていた時期に戻りたいものだよ」

 ケプマストのその言葉に、珍しくアモスは何もいわずタバコを吹かすのみだった。

「弱いわたしの心は、まだ戦闘を欲しているのか、ここの館の地下室にある展示された剣を見ると、またムクムクと戦闘衝動が蘇ってくる感じなんだよ」

 ケプマストは、この屋敷の地下にある甲冑のことを口にする。

「あれは、魔剣士エーリックさんの邪悪な念が込められた魔剣ですよ~。あんなの手にしたら、また殺人狂に戻っちゃうかもしれませんよ」

 ケプマストにクスクスと笑いながらヨーベルがいう。

 アモスではなく、ヨーベルが失礼な言動を取ったので、慌ててリアンがヨーベルに注意をする。


「おお、あれはやはり、それなりの曰くがあった魔剣でありましたか。危ないところでした。ひと目見た瞬間から、それを手にしてみたくてたまらない衝動に陥っておったのですよ。心に迷いがあるわたしなら、一発でその魔剣の虜になるかもしれませんね。気をつけましょう」

 ケプマストはそういうとまた軽くオールズ神に祈り、目をつむる。

「おや、そんなに危険な剣だったのですね。それほどまでとはわたしも思っておりませなんだ」

 カーナー市長が、ケプマストに笑いかける。

「市長は、どうやってあのコレクションを集められてのですか?」

 リアンがカーナー市長に尋ねる。

「きみたちが会った、例のフォードという人物が集めたのがほとんどだよ。彼の事務所に今日行ったんですよね? そこでも珍しいもの見れたでしょう」

「レーナーさんの木を見せてもらいましたよ~」

 ヨーベルが目を輝かせて、カーナーにいう。

「テンバールのザイクロが使ったという森の能力の片鱗を見れて、わたしは大満足でした!」

 興奮気味にいうヨーベルの頭に、アモスが手刀を落とす。


「しっかし、どうなってるんだろうか。ここにきてハーネロ神国の影が、濃くなっているような気がするなぁ……」

 バークが腕を組んで考え込む。

「謎のティチュウジョ遺跡に、魔剣士エーリックの装備品、そしてザイクロの森。さらにピーグロアドの遺跡と……。フォールという地だから仕方ないとはいえ、ハーネロ神国がらみ目白押しって感じだよね。まだまだ出てくるんだろうか?」

 不安そうに眉を下げながら、バークがつぶやく。

「是非とも出てきて欲しいですね~。わたしは大歓迎です。だってそのほうが物語的に面白いですよ」

 ヨーベルのそんな言葉に、何もいえないバークが苦笑いする。

 ハーネロ神国の話題になるとニコニコするヨーベルを見て、ケプマストは興味深そうに彼女を眺める。

「せっかくのミアリーの誕生会なのに、胡散臭い話題ばっかりね。でも、あんたはこういう流れのほうが好きそうね」

 アモスが、ワインを飲みながらミアリーに笑いかける。

 確かにミアリーは、終始ニコニコとしていた。

 彼女にとって、この誕生日パーティーはいいものだったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る