71話 「似た者同士」 其の二
「……もう、あたしは、どうにもならないわよ」
そういうやヒロトは、岩場に急に座り込む。
そしてまた、靴を脱いで舌打ちをしながら、ヒロトは中の砂を落とす。
少しイラついたように、靴を岩場でドンドン叩いて、中の砂を落とそうとしている。
そして、ヒロトは座り込んだまま、靴も履かずに市街地のほうを見ていた。
耳をすますと、反エンドール団体の抗議の声と、太鼓の音が微かに聞こえてくる。
本来なら、今夜は例のデモ仲間と一緒に、参加していた予定だったのだ。
それを聞きながら、ヒロトは一筋の涙を流す。
「だ、大丈夫?」
リアンが心配そうに訊いてくる。
「大丈夫なわけないだろ。あんたらのせいで、全部あたしの世界、ぶっ壊されたんだ。あたしのすべてを……、メチャクチャにしておいて、いまさらなんだよ」
そういってヒロトは涙を袖で拭う。
言葉に険しさがなく、拗ねたようないい方のヒロトをリアンは見る。
ひょっとしたら今話しをすれば、普通に会話が成立して、何かしら彼女の中に変化が芽生えるかもとリアンは思った。
だからといって、戦略的に言葉を選べばいいのだろうが、リアンの中の選択肢は常に「下から謝る」というものしかなかった。
ヨーベルやアモスには、けっこう話しかける際の選択肢も増えたのだが、ヒロトになると、まだまだおっかなびっくりなのだ。
「そのことは、ほんとゴメン……。だけど……」
自分でも思った通り、リアンは謝罪から入ってしまった。
「だけど何よ!」
語気は荒く視線を合わせようとしないが、ヒロトはリアンの話しなら聞いてくれるようだ。
座り込んだヒロトは靴を両方脱ぎ、もう片方の砂を落としている。
「あそこでの一件はね……。えっと、みんな、ヒロトのためを思ってのこと、だったんだよ。特にアモスが、ひどいことしちゃったけど……」
リアンの言葉に、ヒロトはしばらく考え込んでしまう。
どうやらリアンがいっているのは、ニシムラさんのアジトでのことなんだろう。
こいつ、話し本当に下手くそだなぁ、とヒロトは思う。
でも……。
必死になって、ここまで自分に語りかけてくる人間は、リアンがはじめてだった。
「アモスだって、やり方は良くなかった、かもしれないけど……。いや、あれは、うん、良くないか……。ああいう人、だってことで、諦めてくれると……」
リアンが、アモスのことを困り顔で弁明する。
「僕らも彼女の言動には、いろいろ困ってるところ、あったりして……。でも、芯がきちんと通ってる、というか、その……。行動力はすごいから、頼りにはなるんだよ……」
リアンは必死に、アモスのいいところを探すが、上手く言語化できない。
結果、どうも無理に褒めるところを探して、嘘をついているような印象を与えてしまう。
「フン! 脚が綺麗だとか、そんなやらしい理由でしょ!」
ヒロトがリアンに、軽口を叩くようなセリフをいってくる。
「あ、そ、そういえばそうかもね、でも、うんと……。綺麗な人なのは認めるけど、本当に怖い人だからさ。だから、あそこの場所で、穏便で済んで、ほんとホッとしてるんだよ」
リアンの言葉に、ヒロトが「穏便?」と訊き返す。
「あれが穏便ってなら、あんた相当あの女に毒されてるわよ。頼りになる怖い人って、どういう女なのよ。あの人が持ってた、あの刃物、まさかとは思うけど、あれで……」
「そうそう!」と、慌ててリアンがヒロトの言葉を遮る。
「意外と、優しい面もあるんだよ」
汗を流しながらいうリアンの言葉に、ヒロトは明確な疑惑の視線を向ける。
「あの女の優しいところ? ぜひ、聞いてみたいわね?」
ヒロトが少しニヤリとする。
「ずぶ濡れの子猫を拾ったとか、木に引っかかった風船を子供のために取ったとか、そんなヤツだったりするの? 悪党がちょっとでも善行すると、評価される風潮、あたし大嫌いなのよね!」
ヒロトの語気が少し強くなり、不満気にリアンにいってくる。
「ほら、あの場所で殴った人、いたでしょ?」
リアンがヒロトにいう。
「殴ったって……、優しさを、説明してくれるんじゃないのかよ……。まあいいわ……、そうね、ナオさん吹っ飛んでたわね」
ヒロトが、アモスに殴られた人の名前を口にする。
「あの人がヒロトの後に、アジトから出てきたんだけどね……。完全に憔悴仕切っていたけど、ヤケを起こすかも知れないでしょ。だからそれをしないように、見守っておいてって、頼んでおいたの」
リアンがアモスに、ナオという男の監視を頼んだことを話す。
「……あんた、あの場で、あの女が何したかもう忘れたの?」
ヒロトが、呆れたようにリアンにいう。
「犯行けしかけるようなこといって、殺したら寝てやる、とかいって挑発したじゃん。それを、間に受けるような人じゃないとは、思うけど……。とてもじゃないけど、優しさなんか微塵も感じないわよ。あんた、あの女と長いこと居すぎて、感覚麻痺してるんじゃないの?」
ヒロトの言葉に、リアンは苦笑いが出てくる。
「完全に、否定できないね、ハハハ……」
「ハハハ、じゃないわよ。あんた、やっぱ……」
ヒロトはしばらく考えた後、小さく何かをつぶやく。
しかし、そのつぶやきをリアンは偶然耳にしてしまった。
(人が良すぎるか……、そうなのかな……)
リアンは、ヒロトのつぶやきを聞き、考え込んでしまう。
「監視するとか、いってるけどさ!」
いきなりのヒロトの大声に、リアンはドキリとする。
「あの女、厄介払いとかいって、ナオさんのこと、こっそり殺したりしないの? 銃を見ても、ちっとも怖がってなかったし! あの女のナイフの持ち方とか、手慣れすぎて絶対あれ、人殺した経験あるでしょ」
ヒロトが、リアンにやけに近づいていってくる。
「い、いや、まさか……」
ヒロトの追求に、リアンは困惑して後ずさったせいで、せっかく縮まったふたりの距離感がまた離れてしまう。
「人は、絶対に殺してるわよね……」
ヒロトが、眉間に皺をよせて訊いてくる。
リアンは、ジャルダン島脱出の際に見た、凄惨な殺しの現場を思いだして生唾を飲む。
しかし、リアンは首をフルフルと振って、事実を強引に否定する。
「……目が泳いでるのよ、あんた嘘下手すぎ。まあ、いいよ……。もう全部、どうでもいいことだいね。あたしにとっても、ナオさんにとってもさ」
ヒロトが諦めたような表情になって、岩場の上で靴を履くと立ち上がる。
そして、ゆっくりとまた、浜辺の方向へ向けて岩場を降りていく。
「ねぇっ! けっこうここ、危ないと思うの! 手を引くとか、そういう優しさは見せてくれないの!」
ヒロトが、リアンに向き直りそんなことをいう。慌ててリアンが、ヒロトのところに飛び降りる。
いきなり目の前に飛び込んできたリアンに、ヒロトは目を丸くする。
リアンにとっては、こんな岩場程度の高低差、ないのも同じだった。
「ゴメンよ、えっと……」
ヒロトが無言で手を出してくるので、リアンはそれを軽くつかむ。
そして、ゆっくりとヒロトの手を引いて、岩場の高低差の低いところへ導く。
「いきなり話し、変わるんだけどね……」
「何よ?」と、リアンに対してヒロトが少し赤面しながらいう。
繋いだ手が暖かく、ヒロトは照れ隠しからか口調が厳しくなる。
「あんたほんと、話しの流れとか考えられないのね。で、今度は何よ?」
「うん、その……」と、リアンはヒロトの手を引きながら考える。
「上手く関連づけられたら、いいなとは思うんだけどね……」
「まあいいわ、何よ?」
ヒロトの言葉に、リアンはしばらく真っ暗な海を見る。
海に漂う発光体は、サイギン湾を航行している船舶なんだろう。
「僕なんかがいうのは、すごく失礼なのかもしれないんだけどね」
「……何よ。結構もう、失礼なことしまくってるけどね」
ヒロトの言葉に、リアンはアハハと乾いた笑いをする。
「僕はね、実はヒロトと似てるんだ……」
「似てる……?」
「ハハハ、ほんと失礼ないい方ね。あんたと、あたしが似てるって? じゃあ、その理由、聞いてやろうじゃない。話してみなさいよ……」
ヒロトがそういうと同時に、リアンとヒロトは岩場からまた浜辺に立っていた。
海を見ているリアンの横顔をヒロトは見る。
いつの間にか、リアンとヒロトは隣通しになって歩いていた。
しかも、リアンはまだ手を離しやがらない! ヒロトが急に、ソワソワモジモジしだす。
「うん、僕もそうだったから……」
「いつも結論から入るのね!」
リアンのセリフに、呆れたようにいうヒロトだが、視線が繋いだままの手にいってしまう。
「もういいわよ、さっさと話しなさいよ!」
「ゴメンね、こういうしゃべり方しかできなくって……」
リアンはヒロトに謝罪してから、腕組みして考え込む。
そのせいで、ヒロトと繋いでいた手が離れてしまう。
「あっ!」と思うヒロトだが、あえて何も口に出さないようにした。
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