71話 「似た者同士」 其の一
リアンとヒロトが、すっかり暗くなった浜辺を歩いていた。
浜辺に建てられた街灯の明かりが、薄明かりながら、ふたりの足元を照らしている。
ビーチには、まだ小さな子供を連れた家族が多くて比較的賑やかだった。
キャンプファイヤーの周りを、子供たちがキャッキャと走り回っていた。
どこかからの団体さんだろうか、子供の衣装が全員同じだった。
リアンは賑やかで暖かそうな一団を見ながら、一定の距離をキープしつつ、ヒロトの後ろ姿を無言で追っていた。
リアンは、ヒロトを探すために街をしばらく歩き、彼女を発見してから、この浜辺までずっと追いかけてきたのだ。
ヒロトは、リアンが自分を見つけたことに気づいているようだ。
しかしリアンを無視して、ずっと街を黙々と歩いていたのだ。
特に撒いてやろうという考えもなく、ヒロトは最初からリアンなんていないものと思って歩いていた。
そのうち絶対諦めて、どこかに消えると思っていたのだが、未だについてきているのだ。
しかもヒロトに対して、声をいっさいかけてこずに追走するだけなのだ。
いい加減ヒロトはイライラしていたが、なんだかここまでくると、根比べのような感じになっていた。
ずっと、ストーキングしてくるリアンが話しかけてくるまで、ひたすら歩いてやろうと思っていた。
しかし、かなりの距離を徒歩で歩いていたので、ヒロトの息も荒くなる。
しかも砂浜に来てから、やけに歩きにくく、靴に砂が入ってきて気持ちも悪い。
チラリと後ろを見て、リアンの姿を確認するヒロトが舌打ちする。
そんなリアンの後方にはサイギンの夜景と巨大な市庁舎、そして浜辺にまで敷地を有する、ペンション群の高い塀が見える。
ヒロトが市庁舎にやってきたのは、別に何かを企てていたというわけでもなかった。
ただ、なんとなく歩いていると、自然とここにやってきたのだ。
一方リアンも、ヒロトが良からぬ企みを持って市庁舎付近に来たわけではないと、なんとなく直感していた。
今は彼女の気持ちが落ち着いて、歩くのを止めるまで待とうと決めていたのだ。
妙なところで、根気のあるリアンの行動だった。
何度か声をかけようかと思ったが、きっと落ち着くまでは、今は何をいっても無駄だろうとリアンは遠慮していたのだ。
「……ずいぶん、遠くまできたなぁ」
リアンは浜辺を歩きながら、改めて間近で見上げる市庁舎の大きさに驚嘆する。
なんだかんだで、リアンがヒロトに対して、無言でひたすらストーキングできていたのも、周りの景色が目新しかったというのもあったのだ。
特に海に関しては、山育ちのリアンにとって、やはり惹かれるものがあったので、ヒロトの尾行が苦痛でもなかった。
市庁舎のすぐ側には、オールズ教の荘厳な旗をたなびかせたペンション群が見える。
浜辺方面はあまり警備も厳しくないようで、エンドール兵士よりも、フォール警察の姿が目についた。
市庁舎越しに、以前から気になっていた高い展望台のような塔も見える。
あそこにも行ってみたいな、ヒロト向かわないかな? なんてことをリアンは思う。
もちろん冗談だが、ヒロトはかなり歩調のペースが落ちてきている。
最初の頃は、それなりに早足だったのだが、今は砂浜に足を取られ、かなり難儀しているように歩調もゆっくりだった。
そろそろリアンも覚悟を決めて、ヒロトに声をかけることを考えだす。
砂浜の真ん中に突然現れた、サメの群れをモチーフにしたオブジェを眺めながら、リアンはヒロトを追う。
数十本の鉄柱が立ち、その上に鮫の彫刻が、串刺しになっているかのように設置されている。
さながら、空を泳ぐ鮫の群れの中に迷い込んだような、錯覚を覚えるオブジェだった。
やけに芸術性の高いオブジェだなと思っていたら、「遊泳禁止! サメ目撃情報有!」の警告文が立てかけられていた。
そういう用途で造られたオブジェだということを知り、リアンは少しクスリと笑う。
ちょうど、サメのオブジェの間を縫うようにヒロトが入っていく。
鮫の支柱の間でヒロトは立ち止まると、鉄柱に手をかけて無言で靴の砂を落としだす。
(やっぱりもう、声かけたほうがいいかな?)
はじめて見せた、ヒロトの立ち止まっての行為を見て、リアンが少し考える。
リアンも、サメのオブジェの側にやってくる。
警告文と人喰いサメをモチーフにしながら、オブジェのサメたちはどこかみんな愛嬌のある顔をしていた。
やけにユーモラスさを売りにしたようなオブジェなのだ。
ここでリアンは、さっきの警告文を改めて見てみる。
なんだか、やけに手作り感満載の粗悪な立て看板で、警告文もよく見ると字が汚かった。
「ひょっとして、これイタズラで立てたのかな?」
なんとなく、話しのきっかけになったかもと思ったリアンがそういうが、ヒロトはもう先に歩いて彼の声は届いていなかった。
ヒロトはサメのオブジェを抜け、その先にある岩場に向かって歩いていた。
ゴツゴツとした岩場にやってきたヒロトは、登れる場所を探しているようだった。
高低差のある岩場を、ヒロトは一生懸命に登ろうとしている。
危ないなぁと思いながらも、リアンはなるべくヒロトの側によらないように見守っていた。
ようやくヒロトが、一番大きな岩場に登頂するのを見届けたリアンが、そのあとを追いかける。
ヒロトが苦労していた岩場を、リアンは山猿のようにスルリと登り、山頂に立つと大きな大衆酒場が建っているのが向こうに見えた。
同時に、ヒロトがリアンの意外な身軽さを見て、驚いたような顔をしている。
岩場の上に立つリアン、そして、それを眺めるヒロトの視線が蔑むようになる。
今までになく、一番ふたりの距離が縮まっていた。
ヒロトの視線に、リアンは少し照れた笑いをする。
「……あんたさ。いつまで追いかけてくるんだよ」
ここでようやくといっていいほど、ヒロトがリアンに対して、当たり前過ぎる声をかけてきた。
ヒロトの声には、もうほとんど敵意は感じない。
リアンとアモスの前から逃げた時のような、激情的な感情はヒロトの中からはすでに消え去っているようだった。
涙も乾き、普通の年頃の女の子のようだった。
何せ数時間、ずっと追いかけまわされていたのだから、感情の昂ぶりも消えているだろう。
「ほら、きちんと家に帰るまで、放っておけないからさ……」
リアンはそういいつつも、ヒロトに近づきもせず、一定の距離を空ける。
ヒロトはそんなリアンの態度にイラつくが、妙なヤツだという理由だけでは邪険になれない。
彼がなんだかんだで、自分のためにいろいろ考えてくれているのを、理解しているからだ。
こんなことをしてくれるのは、今のところこいつぐらいだったから。
くるりと振り返り、ヒロトはリアンに背を向ける。
「なんでそこまで、あたしにつきまとうんだよ! あんたのやってること、変質者みたいだぞ……」
ヒロトの変質者という言葉に、変な笑いが出そうになるが、リアンは我慢する。
「それはほら、心配だからだよ。本当に、何かしたらと思ってさ……。変質者のストーカーみたいってのは、実は僕も自覚してた」
そういってリアンは、照れ笑いを浮かべる。
「ここまで追いかけることになるとは、僕も想定外だったから」
「何よ! あんたなんかに心配されたってね!」
ヒロトは後ろを向きながら、リアンを見ずに怒鳴ってきた。
また感情的な声になってきているが、言葉にはそれほどとげとげしさを感じない。
こういう時には、どうすればいいんだろう? か、とリアンは考えてしまう。
リアンは、特にいつものようにオロオロすることなく、ヒロトの動向を見守っていた。
不思議と冷静な対応ができているのは、彼女との心の距離感が、まだかなり離れているからだろう。
傍観者に徹しているからこそ、リアンは客観的にこの状況を見られていた。
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