71話 「似た者同士」 其の三
「え~とね……。どういえばいいかな?」
リアンは眼前の大海原を見ながら、言葉を捻りだそうとする。
浜辺には、いつの間にかカップルの姿が、多く見られるようになっていた。
「僕はそのね、ヒロトと似ているんだ……」
「それいうの二回目」
リアンの同じセリフに、ヒロトが冷たく突っ込む。
狼狽しているリアンを、呆れたようにヒロトは見る。
しかし、熟考しながら言葉を選ぶリアンを待っていると、ヒロトの中に少し不満も湧き上がる。
(この、なんの悩みもないような、周囲の人々からも認められてるヤツが、あたしと似てるですって? じょ、冗談じゃないわ! 何が似てるっていうのよ!)
ヒートアップしてきたヒロトは、こぶしをグッと握る。
「うん、僕もそうだったから……。結局、僕もね、現実から逃げているだけなんだから」
「……逃げてるだけ?」
ヒロトの問いに、リアンはコクリとうなずく。
「学校行かずに、あの連中と行動しているのって。あんたも、何かから逃げてるっていうの?」
リアンに対してヒロトが、湧き上がった怒りを沈めながら尋ねる。
「なんていうのかな……」
そういって、またリアンは熟考する。
再びのリアンの長考。
だけどここは我慢してやろうと思い、ヒロトはリアンの言葉を待つ。
「与えられた人生を、受け入れるだけの毎日って感じでね……。あれをしなさい、次はこれをしなさいって、何から何まで決められていてね。しかも、足りない部分は、こっちで補足しておくからとか、されちゃうしね……」
苦笑いをしながら、リアンはそんなことをいってきた。
その言葉を聞いた途端、ヒロトは我慢していた怒りを、一気に解放してしまう。
「ず、ずいぶん、贅沢な悩みね! あんたよくそんなこと、笑いながら平然といえるわね!」
ヒロトの怒りに震えた声と憤怒の表情が、リアンを激しくにらみつけてくる。
しかし何故かリアンは、怯むことなく自嘲気味なまま、海を眺めていた。
そのせいで、逆にヒロトが狼狽してしまう。
「うん、僕もそう思っててね……。若干……、いや、極度に自己嫌悪してる」
また冷笑するリアン。
ここでヒロトは深呼吸して、今のリアンに感情的になっても、無駄と判断して冷静になる。
「あんたは、恵まれすぎてる日常から、逃げたかったってわけね……」
自分でいってて、腹が立って仕方がないヒロトだが、なんとか怒りを我慢する。
「うん、内心ずっとそう思う、憂鬱な毎日があってね……」
リアンは、ヒロトの不快感や怒りの感情を無視して、自分のペースで話す。
「わかったわ!」
ここでヒロトが、怒気を含んだ声を出して、リアンを指差す。
「あんた、金持ちのボンボンね! 今まで苦労なんか、一度もしたことないんでしょ! その飄々とした感じ、間違いないでしょ! さっきのセリフで確信したし!」
ヒロトの指摘に、リアンは頭を掻いて困ったような表情をする。
「なるほどね! 退屈な日常から、抜けだしたかったね! それが……、あたしと同じだっていうね! だとしたら、まともに話しを聞いたの、馬鹿らしいことだったわ! あんたみたいなのに、あたしの何がわかんのよ! あたしの苦しみも知らないくせに! バカにすんな!」
ヒロトが一気にそうまくし立て、リアンをドンと押し返した。
今回のは明確な拒絶と、向こうに行け! という意思をリアンは感じた。
しかし、ここで怯むわけにはいかなかった。
ここまで会話できたのだから、この山場を超えたら、なんとかなるとリアンは思ったのだ。
「ゴメンよ……」
しかしここでも、リアンは下から目線で、卑屈に謝ることでしか会話の導入方法を知らない。
「でもね!」
ここでリアンは、あえて大きな声を出して、ヒロトとの距離を詰める。
ヒロトは、多少驚いて少し後ずさる。
ここでヒロトが、周囲からの視線を感じる。
周囲の人々が、リアンとヒロトの若いふたりの、カップルのような男女の痴話喧嘩を、興味深げに眺めているのだ。
その視線が気になり、ヒロトはいたたまれなくなり思わず駆けだす。
周囲の視線に注目されて逃げただけ、ということに気がつかなかったリアンは、慌ててヒロトを追う。
ヒロトは、猛ダッシュで再び、人気の少ない浜辺に走り込む。
それを追うリアン。
靴の中に、どんどん砂が入り込んできて気持ちが悪いが、ここでヒロトを逃がすわけにはいけない。
「僕もヒロトと、同じだったんだ!」
リアンが大声で、叫びながらヒロトを追う。
「僕もずっと! 違う世界に逃げたかったんだ! ヒロトが、あの人たちと一緒に行動していたようにね! だから僕も、ヒロトと同じだなんだよ! 今の仲間に出会って、何かが変わると期待してたんだ!」
リアンの言葉を聞いて、ヒロトが走るのを止める。
そしてかがみ込んで、肩で息をしながら呼吸を整えて、追いかけてくるリアンを見る。
「ど、どうういうことよ?」
すぐに追いついたリアンに、ヒロトが苦しそうに尋ねる。
リアンとヒロトは、しばらく浜辺で隣り合わせになり息を整える。
荒い呼吸音が波の音にかき消されて、ふたりは冷静になりだす。
「あの連中に出会って、どうだっていうのよ?」
ヒロトが、荒い呼吸でリアンに尋ねてくる。
「う、うん……。そうしたら、なんだかいろいろあって……。ひ、非現実的な、い、今の僕があるんだ」
熟考をまったくせず、思いつきでしゃべるリアンの言葉は意味不明だった。
「あんた、肝心の部分端折りすぎて、サッパリ話しが見えてこないのよ!」
ヒロトが呆れたように突っ込む。
「ハハ……、説明が難しくって……」
リアンがまた、例の卑屈な笑いを浮かべるが、すぐに真顔になる。
「話したくないわけじゃ、ないんだよ。ここまでしておいてさ。話さないなんて、ありえないでしょ?」
「……当然よ」
ヒロトが、口を尖らせてリアンに抗議する。
リアンは深呼吸すると、まず靴に入った砂を綺麗に落とす。
それを見ていたヒロトも、同じ行動をする。
「ひょっとしたらね……」
靴を履きながら、リアンが軽い口調でいってくる。
「第三者から見たら僕も、ヒロトと同じでさ……。今の状況から、強引にでも引き剥がされないといけない身、なのかもしれないんだよね……」
リアンの言葉を聞き、彼がいった「自分と似てる」という言葉の意味を、ヒロトは少し理解した。
「そんな僕が、ヒロトに対してあんなことしちゃって。本当に、悪かったって思ってるんだ。あそこで怒られていたのは……。実は僕であっても、なんにもおかしくない状況なんだ。それぐらいの行動を、実は僕もしてたりしてるんだよ……」
リアンが靴をきちんと両方履き、そうヒロトにいう。
「あとね……」
リアンは、ここでいつもの長考をして、慎重に言葉を選びだす。
ヒロトは、今はリアンの言葉を黙って待つことにした。
「学校に行って、普通の生活に戻れば。何とかなる、だなんて……。安易にいったけどさ」
リアンが下を向いて、悲しそうにいう。
「そんな簡単な問題じゃない、ってことだってのは。本当なら、わかってあげるべき立場だったのにね。それが、あんな展開になっちゃって……。本当に無責任な発言だったって、僕すごく後悔してるんだ。そのことは、本当にゴメンよ……」
リアンがまた頭を下げて謝罪したのを見て、ヒロトはすぐ側の、手頃な丸太で造られたベンチに歩いていく。
丸太のベンチに腰掛けたヒロトが、大きなため息をつく。
リアンはヒロトを追いかけると、丸太のベンチの前に立つ。
そして、呼ばれてもいないのにヒロトの隣に腰掛ける。
また靴の中の砂を、叩いて振り落としているヒロトは、チラリとリアンを見ていう。
「あんたは、歩き方も上品だものね。お坊ちゃんは、砂程度で動じるなとか、教育受けてるの?」
リアンの顔すら見ず、ヒロトは皮肉そうにいう。
ヒロトの皮肉に動じることもなく、リアンは腰掛けたまま、外洋に向けて航行する貨物船を目で追う。
(ズネミンさんは無事、仕事終えられたのかな?)
そんなヒロトとは無関係のことを思い、ズネミン号より二回り以上は大きな貨物船の行き先を想像する。
あの貨物船は、あのバケモノに襲われるようなことがないといいな。
リアンは、オリヨルの怪獣の姿を思いだして戦慄する。
「ねぇっ! 話しかけてるんだけど!」
ヒロトの声で、リアンは我に返る。
リアンはまた、いつもの空想癖が出てきてしまっていたようだ。
同時にそれは、ヒロトはもう安心とリアンの中で、一応の決着が着いたと感じたからだった。
慌ててリアンはゴメンよと謝り、ヒロトの顔を見る。
リアンに見つめられ、急に赤面したヒロトは、すぐに「フンッ!」と横を向く。
どうしてリアンに、こういう反抗的な態度を取ってしまうのか、ヒロトにはわからなかった。
これまで経験したことのない、社会や学校や家族といった、共同体に向けての不満ではないのは確かだった。
じゃあ、なんでこいつにも、こんなにツンツンしてんのよ……。
ヒロトは不貞腐れながら、自問自答をしていた。
そしてヒロトは、また考え事をして、上の空になっているリアンの横顔を見る。
今度は何も怒りもわかず、ヒロトはベンチの上で三角座りをして、リアンと同じ貨物船を黙って目視していた。
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