81話 「奇跡的な合流も」
ペンション入り口の、詰所の中をアモスが確認する。
ひとりがデスクの下で膝を折り曲げられ、もうひとりがロッカーの横のスペースに押し込められている。
さいわいなことに、ふたりとも目も覚ましていないし、よく確認しないとその姿も確認できない。
アモスはその手際の良さを感心し、改めてバークへの評価を高くする。
ネーブが夜になると、部外者を完全に追い払うという慣例は、バークたちにとってプラスになるのは間違いなさそうだ。
アモスが詰所の窓から見ると、バークがゆっくりと慎重に、ヨーベルを負ぶってこちらに向かっていた。
「あんたさぁ~」
アモスが窓から顔を出し、ニヤつきながらバークにいう。
「いったい、今夜だけで何人締めたのよ」
「仕方ないだろ、緊急事態だったんだから」
バークが出口に近づいてきたので、周囲をうかがいながら小声でいう。
「それに、この手際の良さ! ほんと、あんた何者なのよ? 秘密にしておきたいようだけど、その理由も別に、必要ないんじゃないの? 実際頼りになるんだし、他の連中もよろこぶでしょうよ」
アモスが詰め所の黒板にあった勤務表に、手際よく全員分「見回り中」の札をかける。
「その話題は、今はいいだろ……。それよりもそろそろ出口だから、周囲の様子見てくれないか? 出口は、詰め所の勝手口を使おう」
ヨーベルを背負って、息の荒いバークがアモスに頼む
「フフフ、りょ~かい。事務員さま」
アモスがうれしそうに、詰所の出口付近を確認しようとすると、急に聞き覚えのある声が聞こえる。
「アモス! バークさんも! ヨーベルも一緒なんですね!」
アモスがそっちを見ると、リアンがペンションの敷地の外にいて、鉄柵を握りしめている。
しかも、バカのアートンの姿まであった。
バークも彼らに気づいたようで、この偶然に驚いている。
「ネーブのほうは、放っておいていいのか?」
テロ現場付近を、警備していたエンドールの兵士たちが話している。
「ヤツらは、一度あそこにこもるとな……」
「そうそう、朝までお楽しみだよ」
「行ったところで、追い返されるのがオチだぜ」
「それに、一応ネーブ直属の、近衛僧兵もいるようだしな」
「実力は、どの程度か知らないがな」と、いって笑う兵士。
エンドール兵たちが、ネーブが根城にしているペンションをチラリと見る。
そこへ、上官がやってきたのが見えたので、敬礼をして迎える兵士たち。
エンドール兵士たちが、ペンションの入り口方面に背を向けて敬礼しつつ、異常がないことを報告していると、敷地内からリアンたちが出てくる。
リアンたちは運良く、エンドール兵にも見つかることもなかった。
野次馬たちは事件現場に注目していて、一切リアンたちに注目することもない。
ヨーベルの背中には、アートンが塔で出会った、謎の女から貰ったシャツを羽織らせていた。
僧衣のままでは目立ちすぎたので、アートンが応急措置的に羽織らせてあげたのだ。
黒猫がいっぱいプリントされたシャツを、アモスはしげしげと眺める。
「ダサいシャツ! どこから、このクソみたいなの持ってきたのよ! っていうか、呑気に買い物してたわけ! あんたは?」
アモスが、アートンにまた絡みだす。
「と、とりあえずだし、別にいいだろ……。シャツは貰い物なんだよ」
「誰からのよ!」と、アモスがすかさず突っ込んでくる。
「あんた、金持ってなかったわよね? まさか、やらかしたのか?」
アモスが何故か、ニヤリとうれしそうな顔をする。
「バカ、違うよ!」
アートンが、大声を出したのでバークが注意する。
リアンたちは今、薄暗い路地に入って歩いていたので、アートンの声が反響したのだ。
「す、すまない……」
アートンが慌てて謝罪する。
この辺りまで来ると、もうさっきの事件の喧騒とはかけ離れていた。
ヨーベルはスヤスヤ寝ていて、バークが彼女をずっと必死に負ぶっている。
暗い路地には、途中酔っぱらいが何人か道端で泥酔していた。
リアンは先頭に立ち、パンフレットの地図を見ながら先導していた。
「市庁舎通りから入った、この路地を真東に向かうと、宿の前の川にぶつかるはずです。このまままっすぐ進めば、きっと大丈夫ですよ。少し、距離はありますけど」
リアンが、パンフレットの観光案内地図を見ながら前方を指差す。
「さっすがリアンくん! 頼りになるわぁ。どっかのアホとは、大違いね!」
アモスが、アートンを真っ直ぐ見据えていう。
悔しいが、アートンは何も反論できない。
「ところで……。ヨーベルは、平気なんですか?」
不安そうにリアンが、ここで初めてヨーベルの容態を訊く。
もしかしたらという思いがあったので、リアンはなるべく触れないようにしていたのだ。
しかし、安堵からか思い切って尋ねてみたのだ。
「ああ、酔っ払って寝てるだけさ。さいわい、ネーブからも、何もされていないようだったよ」
バークの言葉に、リアンは安心する。
「そ、そりゃ良かった……」
同じくアートンも、安堵のため息をつく。
「ああああっ!!」
すると突然、アモスが大声を出す。
狭い路地に、アモスの声が響き渡る。
驚いてアモスに注目する他のメンバー。
「あんたぁ! 宿に帰って、すぐ引き払う用意しとけっていったでしょ! あれ、ちゃんとやったのっ!」
アモスが思いだして、アートンに指を突きつける。
「あ、い、いや……。その、心配だったので……」
アートンは露骨に狼狽する。
そういえば、別れ際そんなことを、アモスから頼まれていたことをアートンは思いだした。
「……心配? だったのでぇ?」
アモスが凶悪な顔になる。
「てことは、まさか……。今までずっと、指くわえてあそこで、ウロウロしてたっていうの?」
アモスの口調は静かだが、確実に怒りを押し殺しているといった感じだ。
「い、いや、そのな……。俺も、あのあといろいろあってな……」
アートンが慌てながら、汗を流してアモスに弁明する。
「あらあらぁ? 何があったって、いうのかしらぁ? ほんと、感心しちゃうほど無能なのね、あんたってさ? いわれたことすらできない、犬以下の脳味噌しかないわけ?」
アモスの言葉に、アートンは思わずバークを見て助け舟を期待する。
「アモス、よしなって! もう解決したんだ、宿に着いたらすぐに、準備に取りかかればいいだろ。そんなアートンばっか、責めてやんなて……」
バークの言葉に、アモスは彼を一瞥する。
しかし、アモスは再びアートンに向き直る。
そして、つかつかと彼の元まで歩いていくアモス。
「あ、あのな……」
感情を押し殺したような表情のアモスを前に、アートンがいい訳を必死に考えている。
「あんたさぁ……。ひょっとして、頭ん中に砂利か貝殻でも詰まってるの? その頭の中、見せてもらっていいかしら?」
アモスがポーチからナイフを取りだして、アートンに突きつける。
驚いてしまうアートンやバーク。
「おい、バカはおまえだ! な、仲間に対して、何してるんだよ!」
たまらず、バークが駆けよってきてアモスの前に立つ。
バークは、ヨーベルを背負ったままなので息が荒い。
「ヨーベルも、帰ってきたんだ。もうアートンのことは、責めてやるなって。頼むから、仲良くしていこうぜ」
バークがアモスに懇願する。
「そうだよっ! アモス! そんなのしまってよ!」
リアンも、アモスの袖を引っ張って止めにかかる。
「わかったわよ……。ちっ、命拾いしたな無能……」
アモスの冷たい言葉に、アートンは何もいい返せない。
「アモス?」
リアンが、アモスに声をかける。
リアンは、手をアモスに向けている。
「どうしたの?」
アモスがリアンには一転して、優しい口調になる。
「そのナイフ、僕が預かりたい」
「ウフフ、リアンくんの頼みでも、それはダメよ。あたしにとって、大事なモノなんだからね」
アモスがそういうが、リアンが困惑したように無言で訴えかけてくる。
アモスはここで、ようやくタバコを一本取りだす。
「リアンくん、火ある?」
アモスがそういうので、リアンはアモスのタバコに火を点けてあげる。
アモスは、アートンに向けて煙を吹きかける。
その屈辱的な行為にすら、アートンは文句もいえない。
その光景を見て、バークの中でアモスとアートンとの確執というか、力関係がヤバい感じになってきたのを実感する。
アモスが、「さ、帰りましょ」と、先ほどの凶相から一変して涼しい顔をしていう。
感情の切り替え方が見事だなと、バークは単純に感心してしまう。
先頭を歩く、アモスとリアンの背中を見ながら、バークがそれを追う。
「アートン、気落ちするなって。おまえならきっと、挽回できるチャンスもあるさ。だから、今は我慢しようぜ……」
バークがそう激励するが、アートンは無力感にさいなまれ無言でうなずくだけだった。
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