16話 「伝承の白竜と怪老」

「やっと着いたっ! みんな大変だよ!」

 アートンが教会にやってくるなり、そう怒鳴る。

「ん? どうしたんだ?」

 血相を変えて飛び込んできたアートンに対して、バークが尋ねる。

「オールズ神官が、この村に来たようだ! 俺たちを探してる可能性がある。表にいる連中だよ」

「ああ、その件か。あの連中は、お前が思うのとは違ったよ」

 バークが表にいる、先ほどの神官たちを見ていう。

 神官たちは大事そうに、奪った外套を自分たちのバンに運んでいた。


「えっ? そうなのか?」と、アートンがポカーンとした顔をする。

「別件で、今不快なことがあったのよ。あんただけ、それを体験していないのがムカつくわ。あとで八つ当たりさせてくれない?」

「な、なんでだよ……」と、アモスのものいいにアートンがたじろぐ。

「どうして教会の人が、みなさんを探してるんですが?」

 アシュンが不思議そうに、アートンの言葉に違和感を覚えて尋ねてくる。

「いや、なんでもないよ。ちょっと俺の早合点! ゴメン、今のは忘れてくれるかい」

 アートンが慌てたように、アモスのにらむような視線に狼狽しながらアシュンに説明する。


「ひどいね、車で入っちゃダメなのにさ……」

 リアンが向こうに見える、綺麗な砂浜に停めてあるバンを見つめる。

 バンは、白い砂浜に荒々しいタイヤ痕をつけていた。

 バンの周りには、村人に対して恫喝するオールズ神官たちの姿があった。

「アモス、我慢してよ……」

「わかってるわよ。大丈夫よリアンくん」

 悔しそうにアモスは神官たちを見つめる。

 鬱憤を晴らせないアモスは、近くにいた棒立ちのアートンに、見せつけるように舌打ちを食らわせる。


 すると、教会に備えつけていた電話が鳴る。

 村の役場と直通の、古いタイプの連絡手段だった。

 電話はニカイド開発以前に発明され、この世界での旧式の連絡手段として一時期爆発的に普及した。

 しかし、ニカイド開発後はそちらの通信システムに、ほとんど取って代わられた悲しい歴史が存在していた。

「えっ! キタカイの新規のお客さんが? しかも団体さん? 村を見てみたいって?」

 電話を取ったアシュンの目が輝く。

 先ほど見せた涙が、一瞬で乾いている。

「段取り? うんっ! すぐ行くから!」

 そういってアシュンは、リアンたちに手短に別れを告げると、バタバタと宿に帰っていく。

 その姿は、先ほどの一件などもう忘れ去ったような印象だった。


「実直でたくましい娘じゃないか、頭が下がるよ、まったく」

 バークが感心していう。

「あれは、自慢の孫娘ですよ」

「きっとあの娘がいれば、この村はお客さんがバンバン来ますよ」

 バークが笑顔で、ハイレル爺さんに語りかける。

「わしも、そう思っております。ガハハ」

 ハイレル爺さんがうれしそうに笑う。

 彼も先ほどの出来事の後とは思えない、気持ちの入れ替わり方だった。

「村のことは、村の人たちにすべて任せよう。俺たちが口出しすべきことは何もないよ。手を出すのはもっての外だよ」

「ふんっ! わかったわよ!」

 バークの言葉に、アモスは両手を挙げてつまらなそうに吐き捨てる。


「きゃあっ!」


 すると、建物の外でアシュンの声が聞える。

 リアンたちが、心配になって建物から出てみる。

 そして外を見て驚く。

 空を見ると、そこだけ妙に天気が悪かった。

 悪いというか青紫色になり、おぞましささえ感じさせる空模様になっていた。

 村の人々やリアンたちも、あまりの天候の変貌ぶりに驚いて、空を見上げて固まってしまう。

 そしていきなり、海面から光が立ち上がる。

 その光は、一筋の光線となって青紫の空に突き刺さる。

 なんとも不可解だが、幻想的な光のショーだった。


 すると雲を割って、上空から巨大な「竜」がゆっくりと現れてきた。

 青白い光をたたえた、鱗だらけの白い巨大な「竜」だった。

「竜」はそのまがまがしい大きな口から、白い息を吐きだしながら、長い胴をくねらせ大きな羽をゆっくりとはためかせ、空を舞っている。

 あまりに非現実的な光景に、その場にいた全員が絶句する。

 リアンたちも教会から出てきて、呆然とその異様な光景を見つめていた。

 竜の姿は、村のどこからも確認できた。

 工事現場の人間も、村の入り口にいた視察団の人々も、そして浜辺で威張り散らしていたオールズ教会の人間たちも、その巨大な竜を呆けたように眺めていた。

「な、なんだ~あ、あれは……」

「竜なのか……」

 教会で外套を奪い、帰ろうとしていたオールズの神官たちが、海上に浮かぶ竜を見上げる。


「あ、あれは? まさか……。伝承の白竜さま?」

 ヨーベルが頬を紅潮させ、感極まった表情でつぶやく。

 すると、どこからともなく老人の笑い声が聞こえてくる。

 声の主がどこにいるのかわからない。

 どうやら白竜には、ひとりの汚らしい衣装を着た、老人が乗っているようだった。

 手綱も持たずに竜の頭の上に座る老人は、フォフォフォと高笑うと、片手に持つ杖を軽く振るうと竜がグルルとうなる。

「フォフォフォフォフォ……」

 白竜浜辺に、竜の上に乗った老人の笑い声が響き渡る。

 そしてそのまま白竜に乗って、さらに外洋のほうに向けて飛び立っていく謎の老人。

 やがて白竜は見えなくなってしまい、青紫色だった空も、元の曇天模様に戻る。


 唖然としているヒュルツの村の人間たち。

 そしてリアン一同。

「すごい……。まさか白竜さままで、この目で見られるなんて……」

 ヨーベルの言葉が、リアンの耳に入ってくる。

「竜だけじゃなく、お爺さんもいましたよね……」

 リアンが、隣にいたバークにささやくようにいう。

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