15話 「命懸けの制止」 後編

「もういいだろっ!」

 アモスが、自分を押さえつけていたバークを払いのける。

 同時に、リアンが慌ててアモスの身体から手を離す。

「どういうつもりだったのよ! いきなりやってきた連中に、好き勝手やらせて!」

 アモスが、怒りをバークにぶつけるように怒鳴る。

「ヤツらはオールズ教会の人間だぞっ! もし下手に反抗でもしてみろ! この村、どうなるか、わかったもんじゃないだろ!」

「だからって、好き放題やられっぱなしってどういうことよっ!」

「よく考えてみろよ! この村のことを! これからこの村は、エンドールの支配下で生きていくんだ。そうなればオールズ教会も関わってくる。もし連中に、目をつけられてでもしろ。観光地化という新しい生き方を目指していたこの村に、どんな不利益が降りかかるか、考えればわかるだろ! あそこでは、我慢するしかなかったんだよ!」

 アモスに若干怯えて身を引きながら、バークがそういう。


「ハイレル爺さんの土下座を、無駄にするだけじゃないんだ。この村の全員、将来、すべてが、終わってしまうことになったんだぞ!」

「それぐらい、いわれなくてもわかるわよ!」

「おまえは、絶対わかってないよ!」

「わかるわよ!」

「わかってないから、奴らに反抗しようとしたんだろ!」

 バークとアモスがいい合いをする。

「おふたりとも、ケンカはよしてくだされ」

 土下座からゆっくりと立ち上がり、ハイレル爺さんがふたりの言い合いを仲裁する。

 リアンが、心配そうにハイレル爺さんに駆けよる。

 アシュンは、奥でまだつっぷして泣いていた。

 ヨーベルがそれをなだめる。


「アモス……、バークさんのいう通りだよ、ここは悔しいけど我慢しよう……」

 アモスは、リアンがいってもまだ怒りが収まらない様子だった。

「ねえ、アモス。ひとつお願いしてもいいかな?」

 ここでリアンがアモスに向き直り、真正面から彼女の目を見ていう。

「なぁに? あいつらのことを忘れろと?」

「それも、もちろんなんだけど……」

「他に何かあるの?」

 アモスの言葉に黙り込むが、リアンの視線は彼女をじっと見つめる。

 何か決意を込めたような、強い印象を感じさせる。

 やや間があって、リアンが口を開く。


「アモス自身や僕たちに……、その……。何か良くないようなことが、起きようとしたとしても、その、我慢して欲しいんだ……」

 リアンがいいにくそうにポツリという。

 目に込められた決意の色は濃いが、言葉はどこか弱々しい。

「ん? どういうことかしら?」と、アモスがリアンに訊き返す。

「何でもかんでも、強引に、力任せに解決しようとするのを止めて欲しいんだ……。アモス、女の人なんだし、そういうのは、やっぱり良くないと思うんだ……」

「リアンくんは、いったい何をいってるのかしら?」

 アモスがリアンの言葉に、首をかしげる。


「いつも持ってるナイフ、手放して欲しいんだ」

「はい? ……これのこと?」

 アモスは、ポーチに装備していた鋭利なナイフを取りだす。

 いきなり現れた物騒なナイフを見て、ハイレル爺さんとアシュンが絶句する。

「僕たちは、みんなといっしょに帰りたいと思ってます。でも、だからといって、途中出てくる障害を、強引な方法で解決しようとするのは、僕、嫌かもしれない。どんな障害であれ、人を不幸にするようなことは、あってはいけないよ……。そんなことされてまでして、この旅を僕はつづけたいとは思わない……」

 リアンが、少しずつアモスから視線を逸らしながら、弱々しい声でいう。

「つまり、どういうことかしら?」

 アモスがリアンに、やけに優しそうな笑顔を見せるが、手にしたナイフがまがまがしい。


「そのナイフを捨てろ、じゃないと、お前とは一緒に帰りたくない。……ということだろ。察してやれよ」

 バークがそういってきたので、アモスが彼をジロリとにらむ。

 いわれなくても、アモスも理解はしていたことだった。

「おまえ、さっきの連中に、何か報復してやろうとか考えてなかったか?」

「僕も、それが気になりました……」

 ふたりにいわれ、アモスは黙る。

 ふてくされたように鼻息を漏らすと、ナイフを持ったままアモスは腕組みをする。


「アシュンたちには可哀想だったけど、ここは絶対に、我慢しないといけない場面なんだと思うの。腹が立ったから仕返ししてやるとか、そういう考えは持たないでほしいんだ」

 リアンが逸らしていた視線をアモスに戻し、このセリフはハキハキとした言葉でいう。

「おい、アモス」と、バークがいう。

「何よ……」

「リアンがこういうってことは、おまえとの旅を、諦めたくないってことでもあるんだ。おまえは、まだそれでも自分の感情を抑制せずにいるつもりか? もしそうだとしたら、あのネズミみたいな男のいった通り、知性のない下等生物以下のメスゴリラだぞ」

「……あいつ。そこまではいってなかっただろ」

 アモスが不快そうにバークにいう。


「僕は、できたらみんなと、これからも旅をしていきたいんだ……。だから……」

「わかったっ! わかった、わかったわよ! これが怖かったのね。悪かったわよ! なるべく使わないようにするわよ!」

 アモスは手にしたナイフをポーチにしまい、空になった両手を挙げて降参したようにいう。

「約束して欲しいんだけど、なるべくいろんなことにも、我慢するようにしてくれるとありがたいです」

 リアンが、しまわれたアモスのナイフを目で追いつついう。

「約束するわよぅ。だからリアンくん機嫌直してよ」


「あの……、そちらもお話し済みました?」

 アシュンが、ヨーベルに抱き抱えられるようにやってきた。

「すまないね、こっちまでちょっともめちゃって……」

 バークがアシュンに謝る。

「ううん、こちらこそ、お客さんに嫌な気分にさせちゃったから……」

「問題ないよ、お爺さんも平気ですか?」

 バークがハイレル爺さんに声をかける。

「ああ、わしは大丈夫じゃよ。土下座などしたのは何十年ぶりか! どうでしたかの? わしの全身全霊の謝罪っぷりは?」

 そういって、ハイレル爺さんは豪快に笑う。

 床に打ちつけた額が、うっすら充血している。


「それに、こちらにも非があったのは事実ですからな」

 ハイレル爺さんがガハハと笑う。

「教会の人、すごく怒ってました……」

 ヨーベルが不安そうにいう。

「これから大丈夫でしょうか……」

 リアンも心配そうにつぶやく。

「なあに、命を獲られるようなことまでは、されんでしょう。管理していた責任者として、責任はきちんと果たしますよ。謝ることで済むなら、わしは何度でも、額を地面に打ちつけますよ。それが、この村のためでもありますからね。そう、クヨクヨしなくてもよい、よいっ!」

 ハイレル爺さんが、不安を豪快に笑いとばす。

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