62話 「教会の下馬評」 後編

 バフロイ大主教。


 この人物が、現在のオールズ教会の最高責任者だった。

 しかしエンドール王国の人間だけでなく、グランティルに住む人間なら誰もが知っている事実があった。


 このバフロイ大主教、権力闘争の激化を抑制するために神輿として担ぎだされた、ほぼ無名の、位の低い、いち神官に過ぎない人物だったのだ。

 しかも本人には権力欲など何もなく、現在もエンドール中を漫遊していて、中央教会にはまったくよりつかない人物なのだ。

 そんな傀儡大主教という事実は、多くの人々が知っていることだったのだ。


 ほとんど教会内部で決定した事柄を、旅先で了承しているだけなのだ。

 まさに傀儡という名に恥じない人物だったのだが、本人は真面目にオールズの教えを布教し、いち神官としては尊敬されている偉人なのだ。

 彼が訪問した先には信者たちが押しよせ、信仰としての対象としては、申し分ない聖職者なのだ。

 別名「鈴の音のバフロイ」とも呼ばれ、彼の手にした鈴から奏でられる音色は、人々に安らぎと癒やしを与えるといわれていた。

 そんな名声だけ先行した人物を、教会幹部は表向きの最高責任者に祀り上げたのだ。


 そんな中、ネーブ主教は五主教のひとりとして、大抜擢されたのだ。

 実はそれほど、教会内で地位の高くない人物だったのだが、大富豪ということで教会のパトロンとしてネーブは影響力があった。

 しかもネーブは、政には無関心なバフロイ大主教が、わざわざ指名したほどなのだ。

 この両者には、面識があったというわけでもないのだが、教会に金銭的な面で多大な貢献をした人だし、「主教にしてやれば」とでもいったのではないか? とも噂されていた。

 それでもバフロイ大主教が、教会人事に口を出すというのは当時教会内部で衝撃だったのだ。


 話しを、バス車内のアートンとバークのふたりに戻す。

「それに聖職者が、実際に聖人ってことのほうが珍しいだろ?」

 バークがどこか、不敵な笑みを浮かべながらいう。

「あとの六不思議も気になるが、ネーブが本来主教になるような、人間じゃないってのはわかったよ」

 アートンが、やけに教会内部の詳しい人事を、話してくれたバークを眺める。

 バークはいちおう、ジャルダン刑務所に派遣されたオールズ教会の関係者らしいのは事実なので、知っていてもおかしくないのだろう。


 アートンが、車窓から多数のデモ隊を見つけ、市庁舎方面に暴言を吐いているのを目撃する。

「こんな場所でも行動するとは、なかなか根性のある連中だな」

 バークはこういうが、アートンは不快そうな表情をする。

「エンドールが、静観決め込んでるから、調子づいてるんだろ。正直、なんだかこういう連中は、好きになれないよ」

 アートンが元エンドール軍属らしく、デモ隊に否定的な意見をいう。


 市庁舎付近のデモ隊の数はかなり多く、太鼓を叩きながら単調で不快な、洗脳めいたリズムを延々刻みつづける。

「エンドールは出ていけ!」ドンドン!

「フォールを返せ!」ドンドン!

「侵略止めろ!」ドンドン!

「平和を返せ!」ドンドン!


 デモ隊は叫びながら、中指をこれ見よがしにおっ立てて、気狂いのようにわめいている猿のようだった。

 デモ隊の、頭の悪い抗議活動を直に見たアートンとバークのふたりは、ウンザリしたような気分になる。

 そんな低能デモ隊を制止しているのは、エンドール兵ではなくフォールの警察だった。

 当のエンドール兵士たちはデモ隊を気にもしていないようで、完全に警備をフォール警察に任せているようだ。

 アモスが、あの連中なんかに何もできるものですか! と、馬鹿にしていたのをアートンは思いだした。

 デモ隊のレベルの低さを見てアートンも、今回ばかりはアモスと同じように思えた。


 また市庁舎付近にはオシャレな店も多く、一般の買い物客の姿も見えた。

 夜もすっかり更けているというのに、どの店も煌々と照明を点けて営業をしていた。

 街の中心地にふさわしい賑やかさだった。

「ヨーベルのヤツ、気まぐれでも起こして、ウィンドウショッピングでもしてくれてたらいいんだけどな」

 アートンが、そんな冗談を口にする。


「それだったら、どんだけありがたいか……。しかし、今回彼女、僧衣を着込んで乗り込んだっていうしな」

 バークが苦笑いをしながらいう。

「仮にネーブとヨーベルが、面会したとしてだぜ。まさか、いきなり手出すなんてことしないだろ? いくらネーブってヤツが、ゲス野郎だとしても……」

 アートンが、見えてきたバスの終着点を窓から見つけ、また折り曲げた人差し指をガブリと噛む。


(アートン、妙な癖があるんだな……)


 バークは、アートンが人差し指を噛む悪癖を横目に、市庁舎同様この近辺で異彩を放ってる、灯台のような高い塔を眺めていた。

 ヨーベルの問題行動さえなければ、この妙な高い塔にも観光に来られたのかもな。

 バークがそんなことを思っていると、バスが終着地の市庁舎前停留所に到着した。

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