63話 「市庁舎前にて」 前編
市庁舎ホテル周辺は、当然だが警備が今までになく厳しかった。
エンドールの要人たちが全員終結しているのだから、当然といえば当然の警備陣容だった。
今まで街で、ほとんど見かけなかったエンドールの正規兵が銃を手にして、市庁舎周辺を厳重に警護している。
アートンは自分の知らないうちに、軍に正式配備されたであろう装甲車を発見して若干テンションが上ったが、今はそれどころではないと思い自分に喝を入れる。
バークも一緒に市庁舎前に来て、その警備の厳重さに固唾を飲む。
しかし、バークはむしろエンドール兵の警備以上に、周囲の人々のほうが気になった。
反エンドールのノボリを高々と掲げ、口々にエンドール兵に罵詈雑言を投げかける、愛国主義者たちの狂気じみた行動。
行きのバスから見た連中と似たような奴らだが、まるでそいつらのコピーかと思うほど、別のデモ隊までもが、同じような行動をして騒いでいたのだ。
あの太鼓をたたく、統一されたスタイルはどこの誰が伝えたんだろうなと、バークは失笑すらする。
デモ隊の数は相当数おり、いくつもの組織が思い思いの場所に陣取って、露骨にエンドール排斥を訴えている。
しかしデモ隊には、いっさいエンドール軍たちは反応せず、フォールの警察が前に立って警備に当たるという状況も変化なかった。
エンドールにとっては、デモ隊という連中は、まるで空気のような存在なのだろう。
あまりにも異様な光景だったので、バークは付近に存在したカフェの店員にこの状況を尋ねてみる。
どうやら占領後からつづく、すっかり定番化した見慣れた光景のようだった。
派手なデモ隊が騒ぎ、エンドール軍がそれを無視する。
デモ隊はフォール警察が警戒して、野次馬たちが興味本位でその光景を眺めにくる。
時々マスコミがやってきて、デモの様子を撮影していくこともあるという。
すっかり定番と化した、市庁舎付近の変わらない日常風景だというのだ。
しかも、デモ特需というのがこの一体の商店では発生しているらしく、現状を付近の商店の人々も、実は歓迎していたりするというのだ。
バークはそんな話しを聞き、なるほど商魂たくましいなあと感心するが、アートンはソワソワと焦燥している。
ヨーベルの身を心配するアートンの反応こそ正しいのだろうが、バークはあまりにも異様だったこの近辺の雰囲気に、まず興味が勝ったのだ。
しかしここは、そういった興味本位よりも、やはりヨーベルの身の安否である。
バークもようやくアートン同様、ヨーベルのことを心配しだす。
「今まではあまり見かけなかったが、この周辺にはさすがにエンドール兵が多いな……」
いまさらアートンが、わかりきったことをいう。
「ああ、相当警備が厳重だな……」
キョロキョロと怪しまれないように、市庁舎付近の警備をバークは眺める。
「ヨーベルは、市庁舎にいるネーブに会いにいく、とかいってたらしいが。本当に、そんなこと可能なんだろうかな。追い返されるような、気もするんだが……」
まるで、自分の希望を口にしているようなアートン。
「ヨーベル、怖気ついて引返してくれてたら、ありがたいんだがな。これだけの警備を前にして、あの娘もあの建物に向かうとは思えない」
アートンがまた希望的観測をいうが、少し説得力もある。
アートンが指差した市庁舎の正面入口付近は、特に厳重に警備がされている。
そこを警備するエンドール兵が、無関係者を通すような隙など、どこにもないように思えた。
ヨーベルが、あの物々しさに臆して引き返すことも、じゅうぶん考えられたのだ。
「となると……」
バークは、周囲をあまり目立たないように見回す。
「ひょっとしたらヨーベルのやつ、この辺りをまだウロウロしてるかもしれないな」
バークも、なるべくアートンに習い楽観的な考えをして、最悪の展開は考えないようにした。
「だよな……。そうであって欲しいよ……」
終始狼狽気味のアートンが、声を押し殺したようにつぶやきながら、キョロキョロと路地裏や店舗をのぞいたりしている。
それをさっそくバークが注意する。
ここでエンドールの連中に目をつけられるような、挙動不審ぶりは避けておけと。
さいわい、デモ特需とかいう馬鹿げた景気の良さが、この近辺には存在するので、有象無象の野次馬と同じように行動しておけば怪しまれない。
野次馬らしき人間には、労働者風の酔っぱらいがいるし、学生風の連中も多い。
男女比も同じぐらいで、デモ隊やエンドールの正規兵をバックに、記念撮影をする観光客のような連中までいる始末だった。
ここで必要以上に狼狽して、人目を引くような愚行は絶対に避けるべきだった。
今この状況なら、意外とヨーベルの捜索も容易だとバークには思われた。
バークは、必要以上に焦っているアートンを落ち着かせた。
そして、ふた手に分かれて市庁舎周辺を、まずはぐるりと捜索するということになった。
最初から、市庁舎にヨーベルは入っていないという前提での、バークの思慮の浅さが露呈したが、ここでは仕方ないかもしれない。
バークの説明で、アートンもかなり落ち着いてきた。
「確かに、いくらヨーベルでも、そこまで馬鹿ではないだろう」
しかしアートンは、見事にヨーベルという女性の、バカさ加減の見積もりの甘さを、そのあとすぐに後悔することになるのだった……。
「俺は、こちら方面から調べてみるよ」
バークが海岸方面の商店街を抜けながら、そこに立ち並ぶショップを重点的に、 ヨーベルを捜索することを提案。
「了解した、じゃあ俺は反対側を……」
アートンが指差したのは、デモ隊やエンドール兵の警備が厳しい地区だった。
「アートン、市庁舎に入っていないという前提で、ショップ中心で調査頼むぞ。ジャケットを羽織っていたとはいえ、目立つオールズの僧衣を着た女性なら、目撃情報も多いかもしれない。市庁舎方面は、警備が厳重だから、近づかないほうがいいぞ。特におまえは、本来一番見つかってはいけない、立場なんだからさ」
アートンが、本当は脱獄犯に当たることを指摘してバークが忠告してくる。
「わかってるよ、安心してくれ」というアートンだが、未だにソワソワとしていてバークの不安が募る。
「とりあえず、この市庁舎をぐるりと回って、またここで合流しよう」
バークがそう提案する。
奇妙な円盤のオブジェが壁に突き刺さっている、「未確認飛行物体倶楽部」なる奇妙なダイニングバーをバークが指差す。
店内から、聞いたこともない怪音波のような音楽が流れてくる。
ひときわ、この一帯で目立つショップなので、目印として迷うこともないだろう。
「わかった、じゃあおまえも頼んだぞ!」
アートンがそういって一目散に走りだす。
「……おいおい、そんなに飛ばすなよ。怪しまれてとっ捕まるとか、ヘマ打たないでくれよ」
バークはアートンの、危なっかしい弾丸のような、直情的な行動力に不安を覚えるが、もうすでに彼の後ろ姿は消え去っていた。
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排斥を排泄と書いていた自分。長くそのままでした。恥ずかしい><
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