63話 「市庁舎前にて」 後編
「ヨーベルのことも心配だが……。俺としては、アートンが一番不安だよ、本来一番見つかっちゃいけないのは、おまえなんだぞ」
バークは不安ながらも、さっそく海辺のほうに歩きだしてヨーベルを探索する。
目についたアクセサリー店を、バークはまずはさり気なくのぞき込んでみる。
「すみません、このお店に背の高い、女性のオールズ神官なんて見かけませんでした?」
捕まえた店員に聞いてみるが、見かけなかったという。
店員に礼をいい、バークは次の店に向かう。
軒を連ねるブティック、時計店、靴屋といった店舗にも同じように尋ねたが、結果はどれも一緒だった。
「この界隈、店が多すぎるな……。俺が提案したものの、シラミ潰しで捜索してたら、朝になっちまいそうだ」
頭をかきながら、肝心な時にいいアイデアが浮かばない、自分の無能ぶりをバークは呪う。
「ヨーベルが興味を持ちそうな店を、ピンポイントで調べてみるか?」
そのほうがバークには、なんだかいい考えのように思えた。
しかしよく考えれば、ヨーベルの本命は、ネーブ主教に会うことなのである。
なのに、そこに向かったという可能性を最初から放棄して、全然見当違いの探索をしていることに、バークはまだ気づいていなかった。
アモスが「あんた意外と頭悪いんじゃない?」とバークに対して指摘したが、この時の視野狭窄状況のバークがまさに、彼女の指摘したそれだったのだろう。
しかし、バークは考えを改めることなく、前方に見えた大きな観光案内板を見つけそこに走る。
観光案内板のすぐ裏にある芝生には、デモ隊が疲れて座り込んでいた。
まるで、仕事をやりきった充足感に満たされている、そんな彼らを無視してバークは案内板を見る。
ウンザリするほど、この界隈にはショップが多い。
ここから当たりを引くのは、相当難易度の高いことに思えた。
ここでようやく、アートンに提案したショップのシラミ潰し作戦は、無謀だったかもとバークは思いだす。
半ば絶望に囚われだしたバークが、地図をひたすら眺めて考える。
せめてヨーベルが、立ち向かいそうな場所の目星でもつけば……。
祈るような気持ちでバークは地図を見るが、バークの視線は市庁舎そのものに収束される。
「うむむ……。そうだよな……。市庁舎に向かうってのが、一番確立が高いんだよな」
ここにきてようやくバークもその事実に直面して、この探索は無駄だったのではと思いはじめる。
うなだれたバークだが、その時衝撃が走った。
「こ、これはっ!」
バークが指差したのは、地図の大部分を占める大きな敷地だった。
「サイギンリゾートペンション」と、いう文字が飛び込んできたのだ。
それは、市庁舎の隣に位置する、広大な敷地を持つペンション群だった。
バークは、今朝リアンと話していたことを思いだす。
確か国営紙で、あられもない姿を撮影されて、見開きでその醜悪な全裸を晒していたネーブ主教が、買収したというリゾート企業がここだったはずだ。
見開きに反して真面目な一面では、ネーブが倒産寸前のこのリゾート会社を買収して、絶賛されていたはずだ。
その紙面に載っていた、ネーブが破廉恥な姿を晒していた建物こそ、このペンションじゃないのか?
バークは例の記事を思いだす。
破廉恥なネーブの姿が写った写真には、背後に市庁舎の姿が写り込んでいた。
そこから撮影場所が特定できるのではないか?
そして、その建物の予想はすぐにつく。
ペンション群で、一番大きな敷地を持つ建物が、それではないだろうかと考える。
テラスにあるプールが撮影場所だとしたら、背後に市庁舎が写り込んでもおかしくないのだ。
バークの中で、まるで天啓のようなものが閃くと同時に、不安も湧き上がる。
ここに連れ込まれたとしたら、すでにヨーベルはネーブの毒牙にかかってるのが、大前提ではないか。
しかし、捜索の手がかりをひとつ入手したバークは、今は最悪の展開を考えずに、そこへと向かうことを決意する。
ネーブは確かに女癖が悪いが、かといって命を奪うなどということはないのだ。
そこが、せめての救いだとバークは思う。
ヨーベルだっていい年齢をした女性だ、多少の覚悟があって行動したのだろう。
バークが一か八かの大博打で、ペンション群を決め打ちして目指すことを決心する。
アートンとの約束を破ることになるが、今は考えている余裕はなかった。
大きな鉄柵で閉じられた正門を、視界に捉えるバーク。
「あそこが入り口か……。詰め所には当然人はいるよな……」
詰め所の中で動く白い僧衣を着込んだオールズ教近衛兵をふたり確認した。
窓から見えるふたりの僧兵は、退屈そうにしている。
「今は中にネーブいないかもしれないな。いるとしたら、まだ市庁舎だろうか……」
バークは、聳え立つ市庁舎を見上げながらつぶやく。
「だとしたら、ヨーベルも市庁舎にいる可能性が高いな。でも……」
そこまでいってある考えが閃く。
「ネーブがことをはじめるとしたら、絶対奥にあるペンションだろうな。だとしたら、そのペンションで張っていればヨーベルとも接触できるかもな。そうと決まればやるべきことはひとつだな。荒っぽいことはしたくなかったが……」
バークの中で決意が定まった。
ペンションの敷地は広大だが、バークが見るに監視の目はザルな感じがした。
中に潜入しやすい場所を探しに、ペンションの周りを歩くことにした。
「ネーブのおっさん、頼むからヨーベルつれ込んでくれよ……」
そんなバークの後ろで、小さなふたつの人影が足早に反対方向へ進む。
バークは気がつかなかったが、それは早足で歩くヒロトと、それを無言で追いかけるリアンの姿だった。
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